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序章

 例えば、誰かに「人は死んだらどこへ行くと思う?」と聞かれた時、小林雑音こばやしざつおんは「意味のないことを聞くな」と答えるようにしている。

『天国』や『地獄』、『神様の元へ行く』や『仏様になる』、あるいは『六道』や『生まれ変わり』、『そもそもどこへも行かない』など、この質問に対する答え方は色々あるだろう。その中のどれが正解というわけでもなく、また、どれが間違っているとも言えない問題である。

 ――確かめる術などないのだから、答えは存在しない。

 ――ならば、答える意味はない。

 しかし雑音がこのようなぶっきらぼうな返答をする理由は、こんな当たり前のことに因るものではなくて、もっと前の段階にある。彼が「意味がない」と言っているのは、この質問のさらに基本的なところだ。

 ――そもそも、そんな質問を尋ねる意味がない。

 ――それを疑問に思う意味がない。

 もし科学が、人類が初めてこの疑問にぶつかった時代よりもずっと前から十分発達されていたなら、一体どうなっていただろうか? 人間の意識が頭の中の電気信号でしかないことを初めから知っていたら? 死んでもただその機能が停止するだけだと知っていたら?

 現代で何よりも確かで信用のあるものとされている科学がそう言うなら、恐らく皆「人は死んだら何も残らない」という結論を最も信じていただろう。『天国』や『地獄』なんていう概念を思いつく前に、そういう答えを知っていたはずだ。そういう答えに納得していたはずだ。

 ただ、その順番が逆だったせいで、

 科学が出遅れたせいで、

 人はそんな疑問を持つようになってしまった。迷う必要などなかったはずなのに。悩む理由などなかったはずなのに。

「確かに科学はそう言ってるけど、でも死んだらこの『私』が本当に何もなくなっちゃうっていうのは、少し信じがたいよね。天国とかあってもいいんじゃない? むしろ私はあった方が嬉しいよ。そこで死んだおばあちゃんに会えるかも知れないし。きっと科学では証明できないところに、そういう天国とか地獄があるんだよ」

 例えば同じ質問に対して、雑音のクラスメイトである東香々あずまかがみはこのように答える。理屈ではなく願望という次元で、『天国』『地獄』という概念を肯定してしまっている。選んでしまっている。信じてしまっている。ちなみに、この時雑音が

「……君、天国に行けるつもりなのか?」

 と口走ってしまい、一秒後に半泣きで自分の頭のたんこぶをなでる羽目になったのは、また別の話であるが。

 しかしやはり、このような疑問は『天国』や『地獄』などという概念があるからこそのものなのだ、と雑音は考える。

 数学がなければ、文字式がなければ、階乗がなければ、人は『フェルマーの大定理』なんていう謎に直面することもなかったはずである。推理小説がなければ、さらには小説なんていうもの自体が存在しなければ、人はやたら複雑なフィクションの殺人事件に頭を悩ませることはなかったのである。『天国』や『地獄』なんていう概念がなければ、人は死後の世界について悩むこともなかったのである。

 結局、この類の謎というのは、元々存在するものではなくて人が生み出すものなのだ。あるべくしてあるのではなく、作られたから存在するのだ。

 だから、このような疑問を目の前にするたびに、雑音は不承不承と呟く。


「謎なんてものに、存在意義はないんだよ」

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