半竜人 ~ホルナの村~ 1
今回より第4章「半竜人 ~ホルナの村~」に入ります。
村中に溢れかえる『死体だった者たち』。
腐敗した死体は片目の眼球が眼窩から零れ落ち、左腕も肘から先が腐り果てて無いような状態で、あてもなく村内を彷徨い歩く。他にも顎が崩れ落ちた者など、多数の腐った死体達が闊歩していた。一方で、腐敗した肉すら削げ落ちて骸骨のみとなった死体は、鎧や盾に剣を持った、さながら骸骨戦士といった風貌でこちらも村内を徘徊している。
「何、コレ……」
メルのつぶやきに、アミィが答える。その表情は険しい。
「あれは、ゾンビとスケルトン。腐敗した死体がゾンビで骸骨の死体がスケルトン。ともに死霊魔法の『死人使い』で死体に命を吹き込んだもの」
「でも死霊魔法は禁忌とされているから、魔術師の中でも学ぶものはほとんどいない。アミィも私も本物を見るのは初めて」
アミィの言葉にエレアが続ける。その声も震えていた。
村の中は悪夢のような光景だった。
四人の左手前方では、木こり風の男が斧でスケルトンに切り付けるが、スケルトンは難なく手にした盾で受け止める。逆にスケルトンは右手に持った剣で正確な攻撃を行い、木こりは避けるので精一杯となってしまう。スケルトンの攻撃はとても『死体だった者』とは思えないほど素早さも正確さもあり、次第に劣勢となっていた木こりは、ついに腹部に剣を突き刺され致命傷を受けてしまう。
村の戦える者達がスケルトンの相手をする中、ゾンビ達は老人や子供を襲っていた。ゾンビの動きは遅くもっさりとしたものだったが、いかんせんその数が多かった。数十体はいるゾンビのバラバラな動きから逃げ回っているうちに村人達はやがて退路を塞がれ、逃げ場の無くなった一人の少年の肩口をゾンビの長い爪がえぐる。
「うわああん、痛い、痛いよおおおおおおおおおお」
肩口から中の肉が見えるほどの致命傷に近い出血をして泣き叫ぶ少年を、しかし周りの者達も助ける余裕はなく自分が逃げ延びるので精一杯だった。
「グニ! メル! ここは任せた!」
突如エレアが叫ぶ。
「エレア!?」
エレアは、自分でも驚くくらいに冷静に、現状を把握し、今自分が成すべきことは何なのかを導き出していた。
「これだけのゾンビとスケルトンがいるということは、どこか近くにこいつらを召喚した死霊術師がいるはず! 私とアミィでそいつを探す!」
「わかった! 行け、エレア、アミィ!」
即座にグニが反応する。そのグニの声が聞こえたかどうかわからないうちにエレアは村の奥へ向けて走り出していた。
「でも村の人達を助けないと!」
そう叫ぶアミィに、エレアではなくグニが叫び返す。
「一人一人に『治癒』をかけていたらアミィの魔法がもたない! それよりもエレアの言うように根源となっている奴を探してくれ!」
アミィはぐっと唇を噛んだまま一瞬だけ考え込んだが、すぐに決心してエレアの後を追っていく。
グニは続けざまにメルへ指示を出す。
「メル! スケルトンの相手は私がする。メルはゾンビを!」
「えー、ゾンビの方がぬめぬめしてそうで気持ち悪いよ~」
「だからだ。ゾンビにはメルの長槍は有効そうだが、スケルトンは全身が骨の鎧に覆われているようなものだ。私の星球連接棍のように叩きつける武器でないと有効打が与えられない」
そう言ってスケルトンの方へ目線を向けるグニ。メルも同じ方向を見る。村の青年が鋤をスケルトンの太腿の骨に突き刺していたが、骨の硬さに鋤が突き刺さらず、スケルトンには全く効いていないようだった。その光景を見て、しぶしぶ承知をしたメルが、しかしそうと決まると素早く近くにいたゾンビに切りかかっていく。
鋤の攻撃が全く効かずに青ざめている青年に対し、スケルトンが長剣を振りかぶる。絶体絶命というところで、グニが後方から星球連接棍でスケルトンに殴り掛かる。気配を察する力はあるのか、後方を振り向こうとしたスケルトンの頭蓋骨に対して、星球連接棍の星球部分が襲い掛かる。乾いた音と共にスケルトンの頭蓋骨が粉砕される。しかし、普通の生命体なら即死であろう頭蓋骨を粉砕された状態でも、スケルトンは動きを止めなかった。動きが鈍くなることもなく、グニに襲い掛かってくる。それでも、頭部がなくなったためか攻撃の狙いが甘くなったため、グニは余裕を持って攻撃を盾で受け止め、星球連接棍の一撃で鎧に覆われていない太腿の骨を粉砕する。頭部と片脚を失ったスケルトンは、崩れ落ちると動かない骸骨へと戻った。
スケルトンを倒したところで、ざっと村全体を見渡すグニ。スケルトンとゾンビのおおまかな配置を確認すると、大声で叫ぶ。
「生きている者は東の大井戸の方へ逃げろ!!」
そして続けざまにメルを呼ぶ
「メル!」
「りょうかいっ!」
意図を理解したメルが、大井戸方面へ逃げるのに邪魔になりそうな位置にいるゾンビに向かって切りかかる。村の西側にゾンビやスケルトンが多いので、東側へ村人達を逃がし、西側で足止めするというグニの作戦である。
「てやっ!」
掛け声と共に、メルが長槍を一閃する。動きの遅いゾンビはほとんど無抵抗のままメルに切り付けられる。反撃に爪を振りかざすものの、動きは鈍重で素早いメルには全く当たらない。このように速さの差から一方的に切り付ける形となっているメルだったが、ゾンビの耐久力は高く、頭、首元、腕、肩口と切りつけてもその動きを止めない。
「うおおりゃああああああああ!」
およそその容姿に似つかわしくない気合の声を発しながら、メルが渾身の力でゾンビの胴体を切り裂く。五回目の斬撃によってやっとゾンビが動きを止め、砂のように崩れ落ちていった。
「次っ!」
一方的に攻撃し続けて反撃の心配は無いものの、いかんせんゾンビの数は多い。休む間もなくメルは次のゾンビ目掛けて飛んでいく。
一方、グニはスケルトンと対峙していた。先程の一体目は不意打ちの形になったためあっさり仕留められたものの、真正面からの攻撃に対しては、スケルトンはゴブリンとは比べ物にならない、ちょっとした人間の傭兵程度の技量を持っていた。攻撃は盾で防がれ相手の攻撃も鋭いためこちらもきちんと盾で防御する必要があり、攻めあぐねている状態だった。
「はああっ!」
勢いを付けて星球連接棍を軌道を変えながら叩きつける。スケルトンは盾で防ぎきることができずに盾の上を滑るように加速していった星球部分がスケルトンの頭蓋骨にめり込む。やや動きの鈍くなったスケルトンへ今度は真上から叩きつけるように星球連接棍の一撃を与え、二体目のスケルトンの破壊に成功する。休む間もなくグニは村人の退路を確保するため次のスケルトンへと向かう。
「あ~もうきりがないっ!」
そう愚痴を言いながらも、メルは怒涛の勢いでゾンビを切り付けていた。すでに十体ほどが崩れて灰と化している。村人の逃げ道を塞ぐようなゾンビは粗方排除したものの、まだ後方には二十体近くのゾンビが待ち構えている。
「いい加減終われ~!」
そう言いながらメルは次のゾンビに向かって飛んでいった。
一方、エレアとアミィはその中を村の奥へと走っていた。エレアの方が装備は重たいもののアミィは普段運動慣れしていないため、どうしても全力で走り続けるとだんだんとアミィが遅れていってしまう。ゾンビやスケルトンの合間を縫いながら走っている状態でアミィとの距離が離れるのは危険なため、エレアはアミィの様子を見ながら、一定距離以上離れないようにして走っていた。
「エレアっ……ハァ、ハァ」
全力疾走に息を切らしながら、アミィがエレアに語りかける。
「これって事故、だよね……?」
呼びかけに対しアミィの方を見たエレアだったが、問いかけに対しては返答することなく、ぎゅっと口を硬く結んで再び前を見て走り続ける。
死霊術師とは、死者の身体や精神を操るという倫理的な面から一般の魔術師からは忌避され、またゾンビやスケルトンといった召喚する死者の外見の生理的嫌悪感も相まって、邪悪な精神を持った魔術師とされるのが、魔術師や魔術師と関わりのある者達の間での一般的な認識である。しかし、死霊術師の中には、死者の精神を読み取ることで、故人が生前に伝えられなかった遺言を伝えることを職業とする者や、そもそもの人の生と死とはどういった現象なのかについて探求するといった、特に邪な心を持っているわけではない者も少なからず存在する。アミィがエレアに問いかけたのは、今回のこの現状が、死霊術師が悪意をもって行っているわけではなく、悪意の無い死霊術師が魔法の失敗か何かで起しているものだと願いたい、ということだった。
エレアももちろんそうであると信じたかった。しかし、希望的観測だけで動くわけにはいかないということを、エレアは本能的に感じ取っていた。そのため、先ずは事実を確認することが最優先とばかりに歩を進める。
「エレア!」
「うん、アミィ」
まもなくして、アミィがまたエレアに声をかける。今度はエレアもそれに応える。
「かなり巨大な魔力の波動を感じる。あの奥の大きな建物からだ」
「村長さんの家かしら。でも待ってエレア、この波動、二つ感じるわ」
「え……、本当だ、波動が二つある。しかも両方ともかなり強い。アミィ、急ごう!」
二人は再び前方の大きな建物に向かって駆け寄った。立地的にも推測通りこのホルナの村の村長が住んでいる建物だろう。まもなくして、二人の視線に人影が入ってくる。一人は、黒い外套を纏った痩身の人物である。こちらに背を向けているため、男性か女性かはわからない。その人物に対峙するように、鍬を持った村人らしい男性が立っている。その後ろに少し離れて、初老の男性と、さらにその男性に隠れるように少女が立っていた。少女はエレアとアミィよりも少し年下くらいの十二、三歳といった外見である。
「波動はあの黒の外套の人間と後ろの女の子から感じるわね。どちらもかなり強力な波動だわ」
アミィのつぶやきに、エレアが応える。
「常識的に考えると黒い外套が死霊術師っぽいけど、死霊術師なら『若返り』で実年齢を誤魔化せるから、あの女の子が死霊術師かもしれない。少し様子を見よう」
すると、鍬を持った男が黒い外套の人物に向かって攻撃を加えようと駆け寄る。
「村長に手出しはさせんぞ!」
大きく振りかぶっての鍬の一撃を、黒い外套の人物は少し身体をずらしただけで避ける。エレアは、先のゴブリンとの戦闘でグニの戦いの動きを見ていたので、戦闘慣れしている人間の動きというものが以前よりもわかるようになっていた。黒い外套の人物の避け方に、魔法だけではなく戦いの経験もかなり豊富だということを感じ取った。
すると、黒い外套の人物はすっと鍬を持った男に近寄ると、男の肩にそっと手を触れる。その手が鈍く光ったかと思うと、急に男が呻き声を上げながら倒れ込んだ。
「ぐわっ、っが、ぁああ……」
「『死の手』……」
アミィがつぶやく。『死の手』は触れた相手の「生命力」そのものを奪い取るという死霊魔法の一つである。もちろん一般の魔術師は忌避して覚えることはない。
自分の足元でもがき苦しんでいる男を一瞥し、黒い外套の人物が声を発する。
「生憎、私は老人などには毛ほども興味が無くてな」
その声は、男性とも女性ともわからない、中性的な、しかし聞く者をぞっとさせる声だった。外套の人物は、その場に屈むと、もがき苦しんでいる男の腹部を鷲掴みにする。『死の手』のよる止めの一撃に、男はびくんと全身を痙攣させると、そのまま動かなくなった。絶命していることは誰の目から見ても明らかだった。
「ガス!」
絶命した男の名前を、村長であろう初老の男性が叫ぶ。その後ろで、少女は顔面蒼白になって震えていた。
「アミィ」
エレアがつぶやく。その声は、怒りに満ちていた。
「残念だけど黒だ。あの黒い外套の死霊術師は、悪意を持って村の人達を襲っている……!」
ということで、次回エレア&アミィと死霊術師との決戦です。
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