初任務 ~北東街道~ 2
第3章「初任務 ~北東街道~」の2話目となります。
ほぼ全力疾走に近い状態でこちらへと走ってきたゴブリン達が、向こうの視界でもこちら側を捉えたのか、速度を緩め、互いに声を掛け合いながら腰の短刀を抜く。ゴブリンの言葉は人間とは異なるため何を話したのかはわからなかったが、おそらく四人を敵と認識したのだろう。
四人の肉眼でもはっきりと姿形が見える位置までゴブリンが迫ってくる。
「これが、ゴブリン……」
その容姿を見てエレアがつぶやく。話にはよく聞くものの、本物を見るのはこれが初めてだった。ゴブリンは人間の子供ほどの大きさで、猫背のためにメルと背丈は変わらないくらいにも見える。話では部族毎に緑色だったり紫色だったりするという肌の色は赤茶色で体毛が無く、目や耳は人間よりも大きく、大きく釣り上がった口からは狼のような犬歯が覗いていた。身に着けているのは粗末な皮鎧で、右手には短刀、左手にはおそらく青銅であろう、錆で赤茶けた小型盾を持っている。
ゴブリンも、元はピクシーのような妖精族の一族だったという。しかし、古代魔法王国時代よりも前の、神話の時代である邪神戦争の際に、邪神の側に付いたために、その容姿も精神も醜く歪んでいったという。ゴブリン以外にも、邪神戦争の際に邪神側についた種族を総称して魔族と魔族以外の種族の者達は呼んでいる。魔族以外の種族でも種族同士の諍いや戦争は起こったりするが、魔族はそもそもが破壊と滅亡だけを望む、人間達とは相容れない存在であった。
「私とメルが前に出る。エレアはアミィを守って」
素早く指示を出しながら、グニが星球連接棍と中型盾を構える。それに合わせてメルがグニの右側に幅を大きめに取り、背中の長槍をくるくると回しながら構える。ゴブリン達に弓矢を構えているものがいないことを見て、アミィは『回避』の魔法を唱えることは止め、後方に下がった。短刀を投げつけてくることも考えて『回避』の魔法を唱えることも全くの無駄ではなかったが、魔力は有限のものである。万が一の時の『治癒』のために魔力を残しておこうとアミィは判断したのだった。そのアミィを庇うようにアミィの半歩前でエレアが細剣と左手用片手剣を構える。
「私が左の四匹を引き受ける。右の三匹をメルが」
そう指示を出すグニ。駆け寄ってきているゴブリンは全部で七匹だった。
「私が四匹でも大丈夫だよー」
そう言いながらも、素早く右手の三匹を同時に相手にできる位置に構えるメル。
「ハッ……!」
短い気合と共に、グニがゴブリンに向かって突進する。最も近くにいたゴブリン目掛けて、星球連接棍を真横から叩きつける。ゴブリンは小型盾で受け止めるものの、力の差で盾ごと真横に吹き飛ばされる。直接的な傷は与えていないものの、転倒させたのと衝撃でしばらくは動けないため、先ずは一匹を無力化したことになる。
ゴブリンも知性を持ち合わせているため、攻撃を受け難いよう、二匹同時にグニへと短刀で襲い掛かる。だが、グニはその動きを冷静に見極め、一匹の攻撃は身体を引いてかわし、もう一匹の攻撃は盾で受け止める。グニの場合きちんと盾で攻撃を受け止めれば体力差でゴブリンの攻撃程度では衝撃も受けない。
攻撃をかわされ、受け止められ、ゴブリンが様子を伺っている中、最初に吹き飛ばされたゴブリンが意識を取り戻し、怒りから猛然とグニへと突進してくる。グニは今度は下から足を狙うように地面すれすれに攻撃を繰り出す。ゴブリンが今度は吹き飛ばされないように屈んで両腕で盾を構えて受け止めようとするが、グニは攻撃が当たる寸前に腕を引き上げ、星球連接棍の先端の星球部分の軌道を変える。ゴブリンは急な軌道の変更に対応することができず、盾の上から覗いていた顔面に星球が命中、頭蓋骨を粉砕する。一撃でゴブリンが絶命したことは明らかだった。
一方メルは、ゴブリン達がジャンプをしても届かない高さの上空から、長槍を構えて急降下しての攻撃を繰り返していた。その姿は、ピクシー族の羽根である蝶や蜻蛉というよりも、蜂の一撃に近かった。
メルの攻撃は、グニのような圧倒的な体力差は無いため、ゴブリンの盾で受け止められてしまうと衝撃で吹き飛ばすということはできない。しかし、その圧倒的な速さの前に、ゴブリンは全ての攻撃を盾で受け止めることができず、次第に上腕部や頬などに切り傷を増やしていった。ピクシーブレードは普通の長槍と違い、先端部は剣のような刃が付いているため、突き刺すというよりは両手持ち剣のように振り回して切り付ける武器である。酒場での舞いのように、踊るように左回転、右回転と長槍を振り回す姿はエレアが一瞬戦闘中なのを忘れて見惚れてしまうほどだった。
メルの怒涛の攻撃についていけなくなったゴブリンのうち一匹が、狙いをグニへと変える。
「こんにゃろ、待て……」
追いかけようとするメルだが、残り二匹のゴブリンが一匹の意図を読み取り、メルの行く手に立ち塞がりしぶとく攻撃を仕掛けてきたため、それを捌いていたら一匹を逃してしまった。
グニは一匹を倒した後、もう一匹の小型盾を衝撃で吹き飛ばし、無防備になったその一匹に止めを刺そうとしているところだった。そこに後方からさきほどの一匹が攻撃を仕掛けてくる。グニと対峙していたゴブリン達はそれを見て、三匹同時にグニに襲い掛かる。
「くっ……!」
正面の三匹のうち盾の無い一匹を星球連接棍で薙ぎ倒し、残り二匹の攻撃を盾と鎧の硬い部分で防いだグニだったが、さすがに後ろからの攻撃までは防ぐことができず、右太腿の後ろのあたりに切り傷を負ってしまう。致命傷ではないものの、右足の強い踏み込みができなくなることで動きに影響が出てしまうことは明らかだった。
「グニ! 動かないで!」
その光景を見たアミィがグニに向かって叫ぶ。と同時にグニの方へ自分の右の手の平を向ける。一瞬アミィの手の平が光ったかと思うと、次の瞬間にはグニの太腿の傷が塞がっていた。アミィの『治癒』の魔法の効果であった。アミィは手をかざすという動作だけで単語を唱えなくても『治癒』の魔法を使いこなすことができた。
「アミィすまない! 助かる!」
そう叫ぶとグニは再び入れ替わった三匹と対峙する。だがゴブリン達はキィキィと生理的嫌悪感の走る声で会話を交わすと、ある行為に出る。二匹が同時にグニへ攻撃を仕掛けたかと思うと、残る一匹が大きくグニの左手へ走り出したのだ。
「しまった!」
グニがゴブリン達の意図を読み取るが、二匹同時の攻撃を受けているため動きが取れない。走り出した一匹は大きな円を描くように、後方にいるアミィの方へと向かっていった。アミィが治癒の魔法を使うということで先にアミィを殺そうとしてきたのだ。メルも一匹は倒したもののもう一匹の相手をしていてアミィの助けには回れない。
「ギギ!?」
アミィへと向かっていたゴブリンが奇声を発して立ち止まる。エレアがアミィを庇うようにゴブリンに向かって対峙していたからである。腰を落とし、右手の細剣をゴブリンへ向けて構える。
「キィーッ!」
何を小癪なとばかりにゴブリンがエレアに向けて突進してくる。短刀での一撃をエレアは左手の左手用片手剣でなんとか受け流す。以前の強盗と対峙したときとは明らかに異なる、確実に自分の命を狙ってきている一撃に、エレアは急激に自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。
今度はエレアが細剣で攻撃を仕掛ける。こちらも相手を仕留めに、確実に急所を狙った一撃。しかしゴブリンはなんとか盾でその攻撃を受ける。ゴブリンも盾で勢いを抑えきれずに体勢を崩すが、エレアも自分の攻撃の勢いが盾で跳ね返ってきて、右腕が上へ流れてしまう。細剣は本来盾を持った相手を想定していない武器である。魔法による射撃攻撃により重鎧や大盾による防御が意味を持たなくなり、軽装による避けを重視した戦術において、相手への護身用武器として発達したものなので、盾で防がれるとその細い刀身では逆に自分の腕に突きの威力が跳ね返ってきてしまうのである。
エレアはなんとかゴブリンの盾に防がれないようにと、細剣の軌道を変えたり左手用片手剣で攻撃するよう見せかけるなどゴブリンを幻惑しようとするが、ゴブリンも相手が細剣しか持っていないとわかったために、がっちりと盾で防ぐよう構えて中々均衡が崩れない。幾度目かのエレアの攻撃で、ついにゴブリンに盾で完璧に防がれてしまい、エレアの右腕が大きく上方に跳ね上がる。その隙を見逃さず、ゴブリンが防御の甘くなったエレアに向かって突進する。
その時、ゴブリンの目の前に向かって雀が飛んできた。ゴブリンは慌ててその雀を追い払おうと短刀を横に振るが、短刀に触れた雀はすっと消えていなくなる。雀はアミィの『幻影』の魔法で造られたものだった。ゴブリンが、それが魔法による幻影だと悟ったときには、すでにエレアの細剣が目前まで迫ってきていた。
エレアの細剣がゴブリンの喉元を突く。実際に生物の身体を刀身が貫くのはこういう感触なのか、興奮した頭の中のどこかでそんなことを思いながら、エレアが細剣を引き抜く。ゴブリンは絶命していた。
「ハァ、ハァ、……アミィ、ありがとう、助かった」
「エレア! 良かった、エレアが無事で……」
ちょうどグニとメルも、それぞれの相手をしていたゴブリンを全て倒したところだった。グニとメルがエレアとアミィのところに寄って来る。
「みんな、怪我は無いか?」
グニの問いかけにメルがくるくると横回転しながら答える。
「余裕余裕、ゴブリン程度が相手じゃ怪我なんてしないよー」
「こっちも大丈夫。エレアが倒してくれたわ」
「それにしても凄いな、グニとメルは」
そうエレアが話し始める。
「私なんて一匹のゴブリン相手にアミィの魔法の助けを借りないと負けていた、殺されていたかもしれなかった。それに『殺さないと殺される』という状態で、ほんの少しの時間だっただろうけどもう動けないくらいに精神力を消耗したわ。大きな魔法を使ったときでもこんなに疲れたことは無いくらい。自分は全然だっていうことがわかった……」
「そんなことないわ!」
そんなエレアの言葉に、周りがびっくりするくらいの大声を掛けるアミィ。
「エレアが全然駄目だったら、今頃私もエレアもゴブリンに殺されていたわ。エレアの力があったからこそ、私が魔法で援護できる隙ができた。助けてもらったのは私の方よ」
「アミィ……」
そこにグニも言葉を添える。
「本来エレアのような突き刺す武器で盾を持った相手と戦うのは難しいんだ。それにさっき話したように『殺し合い』は初めてだったのだろう? ならば十分すぎる出来だ。私の初陣よりも立派だったと思うぞ」
「グニ、ありがとう」
「あー、グニの初陣ってどんなだったのー? 話聞きたいー!」
そうはしゃぎ始めるメルの横で、アミィは右手の拳を口元に当てて、考え事をしていた。
それに気付いたエレアがアミィに声を掛ける。
「ん、どうしたのアミィ?」
「あ、いえ。どうしてゴブリンがこんなところに現れたのかしら?」
そう言って散らばっているゴブリンの死骸を見る。本来争いごとが好きではない生粋の魔術師であるアミィは死骸を見て少し顔を歪める。
「たしかに様子がおかしかったな。もし我々を襲うつもりだったなら、森の視界の悪い中で待ち伏せしていたはずだし、せめて短刀に毒薬くらいは塗っておいたはずだ。ゴブリンとはそういう種族だ」
グニの言葉にエレアが続ける。
「つまり、毒薬を塗る時間も無かったってこと? そういえばメルが最初見つけたときに何かから逃げているみたいって言っていたよね」
「うん、こちらへ向かってくるというよりは何かから必死に逃げている感じに見えたんだ。そういえば、方角的には自分達の巣穴から逃げてきたのかな?」
「でも巣穴から逃げるってどういうことだろう? 私達より先にホルナの村の人達が自分達でゴブリンの巣を退治しにいったのかな?」
そのエレアの予想にグニが否定的な意見を返す。
「いや、ゴブリンの巣穴にはいくつもの罠が用意されているのが普通だ。私も巣穴から外に誘い出して戦うつもりだった。ゴブリンの巣穴が危険だということはいくら村人でも知っていることだろう。そんな無謀なことをするとは思えないが……」
そんな三人の会話を聞きながら、アミィは一人考えを巡らせていた。
「巣穴を襲ったのは危険を知らない無知な人間か知っていた上で行った人間のどちらか。無知な人間ではゴブリンを巣穴から追い出せるほどの力は無い。つまり危険を知った上でゴブリンを巣穴から追い散らすだけの力がある者。でも村の安全のためにゴブリンを倒しに行ったのなら全部退治して巣穴から逃がすようなことはしない……」
「アミィ?」
そんなアミィの独り言に気付いたエレアが声を掛ける・
「エレア、嫌な予感がするの。ホルナの村へ急ぎましょう」
「嫌な予感?」
「ええ、私の思い過ごしだといいのだけど、何か悪い方向で私達の知らない何かが動いているような気がするの」
「それって魔術師の勘ってやつ?」
そう訊くメルにエレアが答える。
「別に魔術師だからって勘がいいわけじゃないよ。でもアミィの勘というか予想は、昔から当たることが多いんだ」
「悪い予想だから、外れて欲しいのだけれど……」
そう話すアミィの肩にグニが手を置いて答える。
「ここで悩むよりも少しでも早く実際に行って確かめよう。アミィの思い過ごしならそれでいいし、実際に悪いことが起きているなら少しでも早く辿り着いた方が良い」
「そうね、みんな戦いが終わったばかりで辛いでしょうけど、村まで急ぎましょう」
しばらくの間歩くと、ほどなく遠方にホルナの村と思われる集落が見えてきた。しかし、何か様子がおかしかった。
「なんだろう、食事時でもないのに煙が上がっているような……」
一番目の良いメルがそうつぶやく。たしかに今の時間帯は食事時からはずれていた。火を熾すような時間ではない。
「あ、羊が村の外に逃げ出してる!」
このメルの言葉に、グニが敏感に反応した。羊は群れをなす性格の動物で、群れることなくバラバラに逃げ出すというのはよほど羊がパニックを起こしたということの証明だった。
「急ぐぞ!」
グニの言葉に、皆が駆け足でホルナの村へ近付いていく。やがて村の様子がしっかりと四人の目に入ってくる。
「何これ……」
メルが呆然とつぶやく。
ホルナの村は、肉が半分崩れ落ちたような腐った死体や、肉すら無くなった骸骨達で溢れ返っていたのだ。村人達の悲鳴の中、羊達が四人と入れ替わるようにすれ違いながら村の外へと逃げていった。
というわけで四人はゴブリンとの戦いから休む間もなく、ホルナの村での事件に巻き込まれていくことになります。
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