初任務 ~北東街道~ 1
今回より第3章「初任務 ~北東街道~」に入ります。
翌朝。
昇降城から戻った四人は『薫る椎茸亭』で一夜を過ごし、日の出と共にユクリプスから北東へと繋がる街道を歩いていた。街道とはいっても舗装されているわけではなく、ただ人の足によって踏み固められただけの道である。
「せっかくのソルフィーシア様特務隊! の初任務なのに、地方のゴブリン退治とかなんか地味だなぁ」
そう言ってメルがくるりと後方に宙返りをする。ソルフィーシアから四人に命じられた任務は、ユクリプスから北東にあるホルナの村の近くに最近巣を作ったゴブリンを退治する、というものであった。
「別にこれで特務隊の仕事が終わりというわけでもないだろう。最初だから簡単な任務を任されたのではないか」
そう答えるグニ。
「それに、巣の大きさはわからないという話だった。もし大群だった場合にはゴブリン相手でも苦戦することもあるだろう」
「ホルナの村は牧羊がさかんで、もしゴブリン達がホルナの村への略奪を始めるとユクリプスへ羊毛やチーズが流れてこなくなるから大事な任務というソル様の話を聞いたでしょう? 地味とか派手とかは関係ないわ」
「むー、アミィは真面目なんだからー」
そう言って今度は前方へくるりと回るメル。
「それにしても」
エレアがつぶやく。
昼を過ぎ、四人は森の中を歩いていた。この辺りの木々は背丈が低く、森の中といっても日の光が遮られることはない。
「こういう森林地帯は野盗や魔族がいるから危険だ、って子供の頃孤児院で先生に習ったけど、そういうのが全然出ないのは、やっぱり私達以外の特務隊の人達のおかげなのかな」
「このあたりは森林といっても私が住んでいたような南の方の森とは違って木の背丈も低いしね。隠れにくいから野盗とかはいないと思うな」
そうメルが答える。たしかに旅人の不意を突くには、この辺りの木々は密度がそこまで高くはなかった。
「ところで、あと少しで日も暮れるだろう。森を抜けることは難しいから明るいうちに野宿のしやすそうな場所を見つけておかないか」
そうグニが提案をする。それに対しエレアが答える。
「私、『松明』の魔法を使えるから、日が落ちても歩くことは可能だよ。少しでも進んでおいた方がいいんじゃない?」
そこまで言ってから、あることに気付きはっとするエレア。
「でもそろそろ休まないとアミィがきついか」
空を飛んでいるメルはともかくとして、鱗状鎧、皮鎧を着慣れているグニとエレアに対し、アミィはゴブリンと戦うということで普段身に付けない薄皮鎧を纏っていた。成人男性ならそれほど重さを感じない薄皮鎧も、魔術師で少女の平均体力以下しかないアミィにはかなりの負担になっているはずだった。
「私なら大丈夫。辛くなったらきちんと自分から辛いと言うから。それまでは進みましょう」
そう答えるアミィ。エレアは、アミィが自分でこう言った以上は絶対にこちらから休もうと言っても聞かないことをわかっていた。
「よし、じゃ『松明』で灯りを付けて、進めるところまで進もう」
日が落ちてしばらくの間、四人はエレアが唱えた『松明』の魔法による灯りを頼りに森の中を歩いていた。夜は裏の太陽と呼ばれる光り輝く球体が空から大地を照らすが、裏の太陽は昼の太陽とは違い、日によって大きさや明るさが全く異なる。今日の裏の太陽は小さく明るさも少ないため、『松明』の灯りの範囲外は暗闇に包まれていた。
「このあたりは比較的地面も慣らされている。これ以上は明日に影響するしここで休まないか」
「ありがとう、グニ。ちょうどそろそろ休みたいと思っていたところよ」
グニの語りかけにアミィが答える。そのやりとりに、エレアは、グニはきちんとアミィの体力まで気にしながら歩いていたのかなとふと思った。
「エレアの魔法の光では暖かさは出ない。夜は冷え込むだろうから焚き火をして暖を取ろう」
野宿の経験が豊富なグニが提案をする。辺りに散らばっている小枝を集めて、焚き火を作ることとなった。グニが慣れた手付きで火起こしをする。
「そういえばアミィも私も『発火』の魔法使えなかったね」
「初歩中の初歩なのにね。今度暇を見つけて覚えるようにするわ」
そんな会話をエレアとアミィがしているうちに、焚き火が出来上がった。『薫る椎茸亭』で貰ってきた干し肉を食べながら暖を取る四人。
「夜だが、焚き火を付けておけば野獣の類は寄ってこないと思うが、逆に魔族に狙われる危険性がある。交代で常に誰か見張りで起きていた方が良い」
そうグニが話すと、メルが真っ先に手を挙げる
「私はきちんと寝ないと翌日に響くのでパスでよろしくー」
そう言うとそのまま空中で横になる。横になるとほぼ同時かというような早さでメルの口からは寝息が漏れていた。
「まったくメルは……。二人はどうだ? 体力的に厳しいなら一晩くらいなら私が起きているが」
「いや、それはさすがにグニが大変でしょ。アミィは疲れているだろうから、私が交代で見張りをするよ」
そう答えるエレア。今夜は前半がグニ、後半をエレアが見張りをすることとなった。
「……ん」
エレアが目覚める。どれくらいの間寝ていたかはわからないが、まだ真っ暗で焚き火の灯りだけが当たりを照らしていた。その視界に、焚き火の灯りで元々真っ赤な髪が燃えるように光っているグニの姿が入る。
「ごめん、グニ。寝すぎたかな?」
「ああ、起きたかエレア、おはよう。いや、ちょうど夜も半分を過ぎるかどうかといったところだ」
エレアは身体を起こし、グニの隣に座る。
「ねえ、グニ」
「何だ?」
「グニはゴブリンと戦ったことがあるんだっけ」
「ああ、ヴァルキュリネスの住む山間部はゴブリンも巣を構えることが多いからな。何度も戦っている」
グニは、経験の豊富さから、ソルフィーシアより特務隊の隊長に選ばれていた。
「私とアミィは普通の魔術師だったから、魔族と戦ったことなんかはなくて。私も細剣を持っているけど、実際に人に向けて剣を振るったのは村にきた盗人を追い払ったときの一度だけ」
「不安なのか?」
「うーん、不安、なのかな?」
下を向きながら話し始めるエレア。
「グニは立派に戦えるだろうし、メルも一人で熊を倒したことがあるって言ってたから強いんだと思う。アミィは『治癒』や他にもみんなをサポートする色んな魔法を使うことができる。でも私は、細剣の腕前じゃグニやメルより劣るだろうし、アミィみたいに色んな支援魔法を使えるわけでもないから……」
「エレアに足りないのは経験だけだ」
そう言われて、エレアはグニの方を見る。グニは焚き火の灯りで燃えるように赤く光った目でエレアを見据えて続ける。
「今日一日の行軍の姿を見ていたが、重心の動かし方など、動きの良さには目を見張るものがあった。おそらく細剣の剣技も、経験を積めばかなりのものになるだろう」
その言葉に御世辞ではないものを感じ取ったエレアが、嬉しさと気恥ずかしさからまた下を向く。
「ありがとう、グニ。さあ、後は私が見張り番をするからグニはゆっくりと休んで」
翌朝。日の出と共にアミィとグニは目覚めたが、メルは案の定目を覚まさなかったため、エレアによる揺さぶりによって無理矢理起こされた。
「エレアの起こし方毎回酷すぎ~」
「文句があるならきちんと起きる!」
そんなメルとエレアのやりとりを笑って見ていたアミィがエレアに話しかける。
「それにしても、鎧を着たままの睡眠というのはこんなにも身体中痛くなるものなのね。エレアは大丈夫だった? 見張りもお願いしてしまったからそんなに眠れなかったでしょう?」
「平気平気、と言いたいところだけどやっぱり野宿だと身体が痛くなるね。やっぱりグニみたいに身体を鍛えないと駄目かなぁ」
「野宿は身体の鍛錬とは関係ないぞ。単に慣れの問題だ。そのうちエレアもアミィも普通に眠れるようになるさ。では行こうか」
昨日、日が沈んだ後も『松明」の灯りで進んだのが幸いし、太陽が空の頂上に着く前には森を抜けることができた。まだ視界には入ってこないが、このまま平原部を進めばホルナの村に着くはずである。そして、左手前方遥か遠くにうっすらと見えてきた丘陵地帯に、ゴブリンが巣を作っているというのがソルフィーシアから教えられていた情報だった。
「メルは実際にゴブリンと戦ったことはあるのか?」
歩きながらグニが尋ねる。
「ゴブリンは無いけど、熊や豹なら森に住んでいたときに何度も倒しているよ。私狩りの腕前は良いって評判だったんだから! ゴブリンって熊や豹よりも弱いんでしょ? なら楽勝楽勝」
そう答えるメルに、グニが苦笑しながら返す。
「たしかにゴブリンは単体では熊よりも力は劣るし、豹のような敏捷性も無い。ただし、ゴブリンには人間並の知性がある。集団で行動し、敵の弱点を狙ってくるなどするから、単体では弱くても決して侮ってはいけない」
そう話すと、グニは背中から自分の武器を抜いた。長剣ほどの長さの棒に、鎖で棘の付いた球体が繋がれている。星球連接棍と呼ばれる武器である。振り回すと鎖による遠心力で先端の棘付き球体が加速し大きなダメージを与えることのできる武器であるが、その構造ゆえに扱いは難しい。
「そろそろ戦い方の方針を決めておきたいので、まずは皆の武器を知っておきたい。私の武器はこの星球連接棍だ。見ての通り、振り回して威力を増す武器なので、集団戦闘になった場合にはどうしても皆とは少し離れて戦う必要がある」
「私はこれだよ。ピクシーブレードって言ってピクシーが森で狩りをするときはみんな使ってる武器だよ」
そう言ってメルが背中から自分の身長以上の長さの長槍を抜く。
「私の、というかピクシーの戦い方は、一撃離脱っていって、相手の攻撃が届かない空中から急降下して攻撃、またすぐ空中に戻るというやり方だから、ゴブリンの巣に高さが無かったらちょっと戦いにくいかなぁ」
「私は細剣と左手用片手剣。我流だけど一応普通の細剣の戦い方のつもり。アミィの長杖は魔法の補助のためのものであって武器ではないから、アミィには敵を近づけさせないで」
エレアの言葉に頷くグニ。
「ああ、基本的に前衛が私とメルで、エレアとアミィには後衛で魔法の支援をしてもらう形になるだろう。二人はどんな魔法が使えるんだ?」
グニの質問にアミィが答える。
「私は相手の弓矢や投げた短剣などが当たり難くなる『回避』や、傷を負った時に治す『治癒』の魔法でみんなをサポートできると思うわ」
「私は巣の中が暗かったら『閃光』で相手の目を眩ませたり、『氷剣』で氷の剣を投げつけて相手を攻撃することもできるけど、『閃光』はタイミングを間違えると自分達も目が眩んじゃうし、『氷剣』は魔力をけっこう使う割に外したらおしまいだから、魔法を使ってサポートするくらいなら細剣で攻撃する方が戦力になるかも……」
「そうか、では……ん?」
「どうしたの? グニ」
何かに気付いたような仕草を見せたグニにアミィが尋ねる。
「いや、遠くの方で奇声が聞こえたような気が……」
そのグニの言葉に重ねるようにして、メルが叫ぶ。
「あー! 向こうから何かがやってくるよ。なんだろう、人でもないし動物でもないし……、あ、あれゴブリンだ! ゴブリンの群れがこっちに向かって走ってくるよ!」
「何だって!?」
メルは上空を飛んでいる分、他の三人よりも遠くまで見ることができた。間もなく、三人の視界にも遠くから走ってくるゴブリンの集団が入ってきた。
「私達を襲ってきたのかな」
そう聞くエレアに、メルが答える。
「いや、あれは襲ってきたというより、何かから逃げ出してきたみたい……」
そんな二人の会話を制すように、グニが右手を水平に掲げる。
「理由はともかく、じきにあのゴブリン達と戦闘になる。全員構えろ!」
そう叫んで、グニは背中の星球連接棍を抜いた。
というわけで、いよいよ次回四人にとって初めての戦いが始まります。
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