特務隊 ~ユクリプス城~ 1
今回より第2章「特務隊 ~ユクリプス城~」となります。
あっという間に四人の目前まで降下してくる昇降城。
それまでの、空気を引き裂く轟音を鳴らしていた速度での降下から一転、接地は非常に静かであり、接地の衝撃による突風のようなものは一切発生しなかった。昇降が魔法の力によるものだと思わせる動きだった。
「すごい、一面岩の壁だね」
エレアがそう口にする。昇降城地区は、窪みの部分に収まったとはいえ、昇降城の地面は周囲の大地の地面からは10Mくらいの高さがあるため、周囲から見ると岩の壁が城壁のように昇降城を覆っているように見えた。昇降城に用事がある人間が一列に並んでいたのも、このような造りのために、入口以外の場所からでは、優秀な壁上りの技術を持った盗賊か空を飛ぶ種族でもない限り侵入が不可能だったからだ。
「並ぶの面倒だし飛んで入っちゃおうかなー」
その飛べる種族であるピクシーのメルの言葉に、アミィが慌てて答える。
「駄目よメル! これだけの大掛かりな魔術的な造りだもの、不法侵入するとどんな魔法の罠があるかわからないわ」
「わかってるよー、ただ言ってみただけ」
そう言って舌を出してくるりと一回転するメル。
そこに、グギギギ……という大きな音が聞こえてくる。並んでいる列の先頭付近に、昇降城地区から幅3Mほどの橋が架けられたのだ。人が持ち運ぶとしたらかなりの重さであろうその橋は、昇降城地区から自動的に下りてくる形で架けられた。おそらくこれも魔法の力によるものであろう。
「ではこれより検問を始めます!」
列の先頭付近にいる役人風の男の掛け声と共に、入城のための検問が始まった。しばらくは列が進むのをただ待つ四人だったが、ある程度列が進み、先頭が見えてきたところでエレアがあることに気付く。
「あの検問している人、魔術師だ」
「え、そうなの?」
聞き返すメルに対し、今度はアミィが答える。
「私達魔術師は、魔術師同士、お互いの魔力の波動が伝わるので、近くにいればお互いが魔術師だということがわかるの。もちろんエレアと私も常にお互いの魔力の波動を感じているわ。そしてその波動の強さはイコールその人の魔力の大きさなので、強い波動を感じるほど、その相手は強力な魔術師ということになるわ。あの検問している人、私やエレアよりもずっと強い魔力を持っているわ。おそらく私達の師匠と同じくらい」
「魔法による検査も行っているということか?」
グニの質問に対し、エレアが答える。
「ありえるね。相手の心を読む『読心』は魔力もたくさん使うから全員に使ってるってことはないだろうけど、『敵感知』って言ってその人が悪いことを考えてないかを調べる魔法なら魔力もそんなに使わないからもしかしたら使って検問しているかも」
そんなことを話している間に、四人の番が来た。想像していたよりも列の進みは早かった。検問の魔術師は、遠目だと役人風に見えていたが、実際近くで見ると目の色が左右で薄い金銀に異なるという魔術師的な容姿をしていた。エレアは綺麗な黒髪に碧眼とあまり魔術師的な特徴は無いのだが、アミィの透き通るような薄い色の金髪など、魔術師は全体的に色素が薄い傾向の者が多い。
「はい次の方」
「はい、こちらの書状を見せるよう預かってきました」
そう言ってアミィが師匠から預かってきた書状を検問の魔術師に見せる。メルとグニも一緒にぞれぞれが預かってきた書状を渡す。それぞれの書状を読んだ魔術師が、驚いたような顔を見せる。
「君たち、書状の中身は知っていたのかい?」
「? いえ、中身は見ないよう言われていたので見ていません」
質問の意味がいまいちわからないままエレアが答える。
「それでは、君たち四人が一緒に来たのは偶然なのかい?」
「うん、エレアとアミィはたまたまうちの酒場に泊まりに来たからだしグニとはついさっき道を聞かれて会ったばかりだよ」
メルが答えると、魔術師は苦笑しながら答える。
「これは凄いな……この偶然もソルフィーシア様の力なのだろうか。君たち四人とも書状の用件は一緒だ」
「えー!?」
用件が一緒だということに驚く四人。
「階段を上がると、右手側にレイラという名前の髪の短い女性が立っているから、レイラにこの書状を見せなさい。それで昇降城まで案内してくれます」
「用件ってソルフィーシア様に謁見することなんですか?」
「後ろが支えているから詳しいことはレイラに聞きなさい。ここはもう通って大丈夫です」
エレアの問いにそう答える魔術師。エレアは後ろを向いて後続の行列を見ると、申し訳ない気持ちになって軽く会釈をし、素直に進むことにした。
「うわぁ、綺麗……!」
階段を上りきって昇降城地区へと着いたエレアの第一声がこれだった。
目の前には、遠くに壮大な巨城『天高きアイロア』が見え、そこに至るまでの道を色とりどりの花々が並べられた花壇が飾っている。
「あの方がレイラさんかしら」
アミィが、言われた通りに右手の方で髪の短い女性を探す。何十人もの役人風な男性が書類を片手に並んでいる中、一人近衛隊の騎士のような純白の鎧を身に纏った短髪の女性が立っていた。年齢は二十台半ばくらいだろうか、短く切り揃えられた金髪と、端整な顔付きは、纏っているのが鎧ではなくドレスであったなら貴族と思われても不思議ではない気品に溢れている。
「すみません、レイラさんですか?」
「はい、私がレイラですが」
エレアの問いかけに、女性が答える。
「下の検問所で、この書状をレイラさんに見せるように言われてきました」
そう言って四人分の書状をレイラに渡すエレア。レイラは書状の送り主の名前を見て思い当たるところがあったらしく、四人の顔を見回してから、もう一度書状の中身を読みに視線を落とす。
「ようこそ、昇降城へ。今回は可愛らしい四人組なのね」
そのレイラの言葉の『今回は』という部分の意味がわからず、エレアは首をかしげる。
「では『天高きアイロア』まで案内するわ。私に付いてきて」
正面階段から城までは、直線の舗装された道で繋がれていた。ユクリプスの市街地の整備された石畳の大通りも立派なものだったが、この道は、石の継ぎ目が見えない、完全に凹凸の無い道だった。
「私達ヴァルキュリネスは住む場所柄ドワーフ族の町にはよく行くが、ドワーフの町でもこんな継ぎ目の無い道は見たことが無いな」
グニがつぶやく。ドワーフは、山岳部に半地下都市を築いて生活している妖精族で、山間部に住むヴァルキュリネスとはそれなりに交流がある。優れた工芸工作技術を持ち、人間の町でも大都市の綺麗な石畳の道路や領主の石造りの城は、ドワーフ族に頼んで行うことも多い。そんなドワーフ族による優れた構築物を見慣れたグニでも、このような道路は見たことが無かった。
「この中央の道はソル様が魔法の力で作ったものよ」
レイラが答える。この時代、貴族や王族の名前を略して呼ぶのは失礼に当たるとされ、国によっては不敬罪に問われるところもあった。レイラがソルフィーシアのことをソルと呼んだということは、レイラ自身もやはり身分の高い人間なのだろうか。そんなことをアミィは考えた。
「遠くの方にお役所みたいな建物があるけど、本来はここが全部市街地になるんだよね」
ユクリプス以外の都市も見てきたメルが言う。たしかに、昇降城の直径1KMという大きさはそれだけで大都市の城壁の大きさであり、この中に市街地が形成されるのが普通である。ユクリプスは市街地がさらにその周りに発達しているため、昇降城地区の上は、外周上に並ぶように建つ役所風の建物を除くと、中央の城までの道の周りは色とりどりの花々が飾られた花壇が並んでいて、別世界のような美しさだった。
「綺麗でしょう。噴水も全部ソル様が造ったのよ」
花壇の合間には、大理石の彫刻による噴水が並んでいた。最近では町の象徴として彫刻から流れる噴水を置く町も大都市では見られるようになってきたが、ここまでの規模と彫刻の美しさは他では見ることができなかった。
「レイラさん」
「なあに?」
エレアの呼びかけに、レイラが答える。
「私たち、これからソルフィーシア様に会いに行くんですよね? 師匠からそう聞かされてますが」
「ええ、そうよ。みんなにはソル様に会ってもらいます。用件については直接ソル様の口から聞いてね」
「ソルフィーシア様ってどんな方なんですか?」
「んー、どんなって言われてもねぇ。統治者としても素晴らしいし、一人の女性としてもとても尊敬できるわ。私は魔術師じゃないからわからないけど、魔術師の人達は不世出の大魔術師だって言うわね。ともかく会ってみればわかるわ。ふふ、そんなに緊張しなくてもいいわよ。あれでけっこう話し好きなところがあるから、色々話ができるんじゃないかしら」
そんな会話をしているうちに、巨城『天高きアイロア』が目前に迫ってきた。その異名の通り、上方の装飾が下からだと肉眼で確認できないくらいの高さの城は、左右対称の装飾が施され、こちらも魔法で造られたであろう、継ぎ目の無い大理石で覆われた壁面は日の光を受けて見事に光り輝いている。
「さあ、こっちよ」
そう言うとレイラが正門を入っていく。正門の兵士が一礼をする中を軽く右手を上げて答える様子に、やはりレイラは相当な身分の者なのだろうとアミィは思った。その割には話し方等に貴族ぶった感じはかけらも感じさせず、どちらかというと気さくで話しやすい印象だったが。
城の内部に入る。大理石の建物の中も真っ白な絨毯が敷かれ、どこまでも白く美しい城だった。広い通路を右手に進んだところで、レイラが立ち止まる。
「では私の案内はここまでです。この部屋で待っててね。ソル様は忙しいから、しばらく待つことになるかもしれないけど、くれぐれもこの部屋からは出ないように。いいわね?」
「はい、ありがとうございました」
そう言ってアミィが頭を下げる。ずっと魔術師として暮らして礼儀作法なんて勉強したことがないのに、こういうところはしっかりしているな、とエレアはいつもアミィを見て感心してしまうのだった。
「わあ、ひっろーい!」
そう言ってメルが部屋の中央へ飛んでいく。部屋はかなり広く、中央にあるテーブルには椅子が二十席も付いていた。ここでも純白のテーブルクロスが敷かれ、銀色の燭台が置かれるなど、白を基調としたデザインとなっていた。
「人間の城は初めてだが、ここまで白色に統一するものなのか?」
そう疑問を口にするグニに対し、アミィが答える。
「私もお城ははじめてだけど、これはソルフィーシア様の好みなのではないかしら。魔術師は白という色を魔力の源である神聖な色と捉えているから。ほら、私の外套もエレアのマントも白でしょ」
「そう言われてみれば今まで見てきた魔術師ってみんな何かしら白いものを身に付けていた気がするー」
部屋の端まで飛んでいって戻ってきたメルが言うと、それにエレアも続ける。
「たしかに私も白という色を見ていて落ち着くのは魔術師だからなのかな」
「そういうものなのか。私は山の中での生活が長いので、どちらかというと白は自然に無い色で落ち着かないのだが」
そうグニが答える。
その後、しばらく部屋の中の調度品などを見ていた四人だったが、やがてすることもなくなりテーブルの隅に四人で座るようになった。メルは座るというより椅子の上で上下にフラフラと飛んでいるのだが。
「……!?」
その時、エレアとアミィが急に何かを感じ取って立ち上がる。お互い顔を見合わせる二人。二人の急な行動にわけがわからないグニとメル。
「どうしたの二人とも? 急に立ち上がって」
そう訊くメルに、エレアが答えるようにつぶやく。
「ものすごい魔力の波動が近付いてきている……。ものすごいなんてものじゃない、とんでもない魔力だわ。魔力石の力を借りてもこんな魔力になんてなりっこない……」
「間違いないわ。ソルフィーシア様が来られているんだわ」
アミィが答える。アミィは事前に聞かされていた話から、ソルフィーシアが来る時にはその魔力の大きさから気付くだろうと心の準備はしていたつもりだったが、それでもこの波動の強さは想像を遥かに超えていた。
巨大な魔力の波動が部屋のすぐ外まで近付いてくる。と同時に扉を軽く叩く音がした。
ゆっくりと部屋の扉が開かれる。中に入ってきたのは、二十台半ばほどの女性だった。先ほどまで一緒だったレイラも美貌と気品を兼ね備えていたが、この女性はそのどちらも圧倒的だった。どんなに優れた彫刻家でも作り出せないような美貌と、立っているだけで威厳を感じさせる高貴さ。四人はただただ圧倒され、その女性に見入ってしまっていた。
「こんにちは、皆さん。はじめまして、ソルフィーシアです」
そう言ってソルフィーシアが微笑む。四人に対してソルフィーシアが浮かべた笑みは、それまでの威厳からは想像できないような、とても可愛らしいものだった。
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