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出会い ~昇降都市ユクリプス~ 3

第1章「出会い ~昇降都市ユクリプス~」の3話目になります。

 二人がユクリプスに着いたのは、ちょうど陽が沈みかけた頃だった。活気溢れる街が、赤い陽の光に照らされて更に活気付いて見える。

「わー、ものすごい人の数! 今までユクリプスに来た時と全然違うよ!」

「明日、昇降城が降りてくるその前日だから、私達みたいに昇降城へ用事のある人達が各地から集まってきているんじゃないかしら」

 周囲を見回してはしゃいでいるエレアに、アミィが念を押すように言う。

「いい、エレア。たぶん『このまま街へ繰り出そう!』とか言い出すんじゃないかと思うけど、人が多いということは宿も見つけにくいということだからね。まずは最初に宿屋を見つけるわよ」

「うう、アミィには全部見透かされている……」


 日が沈みきる前に二人が探し当てたのが、街の東部にある大きな通りに面した、『薫る椎茸亭』という酒場兼宿屋だった。何軒か見た中では最も栄えていたのと、宿の部分が大きそうだったのが選んだ理由である。入口の扉を開けると、正面のカウンターに酒場のマスターらしき男性が調合酒を作っているところだった。

「すみませーん、マスター今晩二人部屋一つ空いてますかー?」

 エレアの問いかけに、歴戦の戦士のような強面で調合酒を作っていたマスターが、手を止めて笑顔になって返す。

「おう、お嬢ちゃん達運が良かったね! ちょうど最後の一部屋になっていたところだ。一晩二人で四十ガル。どうだい?」

 大きめの酒場だけあって、二人で四十ガルというのはそれなりの高額だったが、魔術師ギルドに所属して世間一般的には中間層から富裕層の間くらいにいる二人にとっては問題ない金額だった。

「うん、じゃ一部屋お願いします!」

「おう、じゃ奥の階段を上がった二階のすぐ左の部屋だ。荷物を置いたらうちの酒場で飲んでいきな! うちは酒も料理も自慢だぜ」

「ありがとう! そうします~」

 言われた通りに奥の階段へと向かう二人。一階の酒場は確かに食事中の人々で溢れかえっていた。焼きたての料理の美味しそうな香りも漂ってくる。

「うわ~、本当に料理美味しそう! 『薫る椎茸亭』っていう名前だから椎茸の料理とかあるのかな?」

「向こうには舞台もあるわね。演奏とかするのかしら」

 人込みを抜けて階段を上がった二人は、泊まる部屋に荷物を置き、鎧も脱いで街中を歩く服装になって再び一階の酒場へと下りていった。一階では、ちょうど舞台で旅の楽師による竪琴(リラ)の演奏が始まっていた。二人はちょうど空いていた二人掛けの丸机に座る。

「はーいそこの可愛いお客さん、ご注文は何にする?」

 そのとき、自分達の遥か上の方から声がした。最初、二人は座っているのだから上から声がするのは当然だと思ったが、それにしても人間が立ったときの口の高さよりも遥か上方からの声だった。二人が顔を上げると、そこには身長五十CM(セクメテル)程の、妖精のような少女が浮かんでいた。いや、実際そこに居たのはピクシー族と呼ばれる妖精族の少女だった。ピクシー族は上羽根に蝶のような一対の羽根、下羽根に蜻蛉のような一対の羽根の二対の羽根を持ち、普段は森で自分達だけの集落を作って生活している。養蜂の技術に優れ、ピクシーの作る蜂蜜は極上ということから、人間との交易もあり、文化的にも人間とほぼ変わらない生活を送っているが、それでもユクリプスのような大都会でもない限りピクシーと直に会うことはほとんどなく、もちろんエレアとアミィの二人も生のピクシーを見るのは初めてだった。

「あなたピクシー……?」

「あら、ピクシーを見るのは初めて? ええ、私の名前はメリエル。メルって呼んでね。お二人さんは、魔術師かな?」

「え、どうしてわかったの!?」

 メルの返しにエレアが驚く。

「そりゃ、常連さんじゃないってことは明日の昇降城が下りてくるときに用事がある人だろうし、昇降城に用事があってこんな可愛らしい女の子二人組なら、普通は魔術師ギルド関係かなって推測は付くよ」

「ええ、私はアムネイシア。アミィと呼んで。この子はエレスティア。エレアでいいわ。メルの推察通り、二人とも魔術師で明日の昇降城に用事があってきたの」

「アミィ、エレア、よろしくね。土地柄、魔術師のお客さんは珍しくないけど、アミィとエレアみたいな可愛い女の子の魔術師ははじめてだわ。色々お話が聞きたいな! あ、二人とも注文は何にする?まだ何も頼んでないよね?」

「うん、ここのオススメは何?」

「そうね、今の時期だと椎茸と狼肉のシチューと七面鳥のローストかな。お酒はマスターのおまかせ調合酒がすっごい美味しいよ!」

「じゃそれでよろしく」

「はーい。マスター注文受けましたー!」

 そう言いながらメルがマスターの方へ飛んでいく。ピクシーの羽根はそれ自体で浮力を出すためのものではなく、種族の生まれ持った魔力で飛んでいるらしく、飛んでいく間、二対の羽根は羽ばたきをしていない。


 しばらくして、給仕の少年が二人分のシチューと大皿に七面鳥のローストを運んできた。シチューからは美味しそうな香りが立ち込めている。

「はーい、調合酒持ってきたよー」

 そして、メルが自分の胴体以上の大きさのあるジョッキを二つ、両腕に抱えて飛んできた。ピクシー族は、その小柄で華奢な見た目からは想像できない腕力を持っている。森では自分達の何倍もの大きさの豹や熊を狩る、勇敢な種族でもある。

「それじゃ乾杯ー!」

 自分はジョッキを持っているわけでないメルが乾杯の音頭を取る。

「かんぱーい。……、うわぁっ、本当に美味しいこのお酒!」

「でしょでしょー! うちのお店の自慢よ」

「シチューもとっても美味しいわ」

 エレアとアミィが酒と料理の美味しさに感嘆している姿を、メルは腕組みして得意そうに見ている。

「ねー、二人はどこから来たの?」

 メルの問いかけに、エレアが答える。

「ここから東に馬車で半日ほどの、スタンっていう名前の村なんだけど知らないよね? 特に特産品があるわけでもないし小さい村だよ」

「うーん、聞いたことないかなぁ。二人はどうしてそのスタンの村に住んでいるの? 魔術師ならもっと大きな都市に住んでるのかと思ったけど」

「私達二人の師匠(マスター)が『魔力付与』の道具を作る工房をスタンに構えているからなの。私達二人とも、マジェスターの孤児院にいたのだけれど、魔術師の才能があるということで師匠に引き取られて、今は二人で工房の手伝いをしているわ」

 今度はアミィが答える。マジェスターとは、ユクリプスの南東に位置する、ユクリプスを除けば北グラディナダ島で一、ニを争う大きな街である。二人は元々孤児院で育ったため、親に名付けられた本名を知らない。そのため、師匠のシルティスエルスに付けられたアムネイシアとエレスティアという名前が二人にとっての本当の本名も同然であった。アミィもエレアも実の親が誰なのかはわからないが、今の師匠であるシルティスエルスが親同然であり、二人は姉妹同然に育ってきたため、特にそのことを気には留めていなかった。

「メルこそどうしてここで働いているの?」

 今度はエレアが尋ね返す。

「私の場合は単なる好奇心かなぁ」

「好奇心?」

「うん、私好奇心旺盛というか、楽しいことが大好きなの。もちろん森での暮らしも楽しかったんだけど毎日同じことの繰り返しで刺激が無かったというか。それが取り引きの付き添いでユクリプスに来て、とにかく見たことのない物だらけで全部が刺激的で。もう私の居場所はここだ! っていう感じでそのまま街中飛び回って、ここの酒場で雇ってもらったの」

「わかるなぁ。ユクリプスは本当に刺激的で楽しいことだらけだよね」

 自分も好奇心旺盛なエレアが目を輝かせながらうんうんと頷く。

「あ、次私のステージだ。ちょっと行ってくるね」

 舞台の方ではちょうど楽師の演奏が終わったところだった。

「メルが舞台に出るの?」

「そう、私の踊りはこの『薫る椎茸亭』の目玉舞台なのよ。二人もちゃんと見ててね!」

 メルはそう言うと階段脇の小部屋に入っていった。しばらくすると、先程までの普段着とは違う、レースの付いた舞台衣装に着替えて部屋から出てきた。手には自分の身長以上の長さの色鮮やかな布が先端に付いた長棒を持っている。


「さあ、次はうちの目玉! 踊り子メリエルの華麗な舞をお楽しみあれ!」

 そう言って酒場専属の楽師が木製弦楽器(リュート)の演奏を始める。アップテンポのリズムで鳴らされる木製弦楽器の音に合わせて、メルが舞台上を舞う。8の字を描くように宙を飛びながら、手に持った長棒を器用に回す。長棒の先端に付いた布が舞台上を鮮やかに彩る。

「うわぁ、綺麗……」

 アミィが舞台を凝視しながら思わずつぶやく。

 数曲の演奏が終わり、踊りきったメルが舞台の中央でぺこりとお辞儀をする。それと同時に酒場中から拍手が沸き起こった。

「ありがとうございました! みんなまだまだ飲んでいってね!」

 そう言って舞台から下がるメル。着替え部屋には戻らずに、そのまま二人の元に飛んでくる。

「どうだった? 盛り上がってたでしょ」

「ええ、とても綺麗だったわ。ね、エレア。……エレア?」

 エレアの反応が無いのでアミィがエレアの方を向くと、エレアが目をきらきらと輝かせながらメルを見ている。

「ねぇ、メル! ちょっと待ってて!」

 そう言うとエレアは急いで奥の階段を駆け上がっていった。エレアの急な行動に残されたアミィとメルが顔を合わせて首をかしげる。


 すぐにエレアが階段から下りてきた。その手には、横笛が握られていた。

「ねえメル! 私が笛を吹くから踊ってよ!」

 その行動にアミィが驚いて声を出す。

「エレア、横笛を持ってきてたの?」

「うん、だって師匠が帰りが遅くなるかもって言っていたから退屈しのぎにと思って。そんなにかさばらないし」

「エレア、横笛吹けるんだ?」

 メルの質問にエレアが照れ笑いを浮かべながら答える。

「うん、まあ我流だからそんなに上手くないけどね」

 楽器を演奏できる人間は、この時代まだまだ少なかった。演奏を学ぶには、大都市の貴族や領主が抱える器楽隊に入るか、旅の楽師や吟遊詩人に弟子入りするしかない。エレアは、以前にユクリプスに来た際に横笛の奏でる音色に感動し、勢いで市場で横笛を探し出して買い、そのまま工房で暇を見つけては独学で練習を重ねていたのだった。

「どう、一曲吹くから踊ってくれない?」

「いいよいいよもちろん!」

 そう言うとメルはエレアと一緒にステージの方へ向かう。その様子を心配そうに見つめるアミィ。

「はーい、皆さん! 今日は特別にもう一曲踊っちゃいまーす!」

 舞台上でメルがそう告げると、酒場全体が盛り上がる。その中を、舞台の隅に立ったエレアが横笛を構える。

 エレアが目を細めて集中し、横笛の歌口に息を吹き込む。曲は、この地方では有名な大地の恵みに感謝を示す歌である。なじみのある旋律ですぐに曲目を理解したメルが、その流れるような旋律に合わせて舞台上を大きく使って飛び回り、綺麗な旋回を見せる。エレアの演奏は独学にしては十分すぎる出来だったが、本業の楽師と比べるとさすがに拙く、所々音が擦れたり音程が不安定になったりしていた。ただ、あくまで舞台の主役は踊っているメルであり、観客がメルの踊りに集中できるという意味では合格点の出来だった。


 曲が終わり、酒場中が歓声に沸く。その拍手の音や歓声を聞いて、エレアはなんともいえない充実感を感じていた。演奏の出来は自分では全然納得できていなかった。けれども、自分のやったことで周りのみんなが喜んでくれる、それが何よりもエレアには嬉しかった。

「良かった……」

「エレアー、良かったよ!」

 今度は部屋で着替えを済ませて普段着になって戻ってきたメルが、エレアの頭の周りを飛び回りながら褒める。それに対し、エレアは照れくさそうに指で頬をかきながら答える。

「いやー、ちゃんとした楽師の横笛に比べたら全然だったと思うけど……。でも、メルが気持ちよく踊れたのなら良かったかな」

「うんうん、全然問題なかった! 踊ってて気持ちよかったよ!」

「二人とも良かったわよ」

 メルの返しに、アミィにも褒められて気恥ずかしくなったエレアは、話題を変えようと注文をする。

「演奏したら喉が渇いちゃった。調合酒おかわり頂戴」

「はいはーい。アミィも同じでいいかな?」

「ええ、お願いするわ」

「マスター、注文入りましたー」

 そう言って飛んでいくメル。やがて、両腕にジョッキを抱えて戻ってきた。

「はーい、調合酒持ってきたよー」

「ありがとう」


「そういえば」

少しの間注文を聞きに飛び回っていたメルが、一段落付いたのか、二人の元に戻ってきて口を開く。

「二人は明日昇降城に何の用事で行くの? 魔術師ギルド関連?」

「それが、行く理由を教えてもらってないんだよね。私達の師匠(マスター)から書状だけ受け取って、これを憲兵さんに見せればソルフィーシア様に謁見できます、って。理由もわからないのにソルフィーシア様にお会いするなんてドキドキだよ~」

「え、ソルフィーシア様に会いに行くの? 私と一緒だ!」

「メルもソルフィーシア様に会うの!?」

 予想だにしていなかった返答に、驚いたアミィが聞き返す。

「うん、実は私も明日の昇降城が降りてきた時に、ソルフィーシア様に会いに行くように、ってうちの酒場のマスターから言われてるんだけど、アミィ達と一緒で、この書状を見せろの一点張りで絶対理由を教えてくれないんだよね」

「なんだろう、ソルフィーシア様に会う時には事前に理由を教えない決まりとかあるのかな?」

「そんなわけないでしょう。でもメル、そういうことなら明日一緒に昇降城に行かない? 多分迷わないとは思うけど、土地勘のあるメルが一緒だと心強いわ」

 アミィの誘いに、メルは二つ返事で返す。

「もちろん! 私も明日一人で長い時間列で待たされるの嫌だなぁと思ってたところ。アミィとエレアが話し相手になってくれたら退屈しないわ」

「じゃ明日はあまり並ばなくて済むように朝一番でここを出ましょう。そうと決まったら今日は早めに寝ないとね」

「えーアミィ、私もっと飲んでたいよぉ」

「だーめ! エレアお酒飲みすぎたら次の日絶対起きられないでしょう」

 そんな二人のやりとりを楽しげに見ているメル。

「まぁまぁアミィ、もう一杯くらい飲んでも大丈夫よ。エレア、次も調合酒にする?」

「うん、調合酒美味しいからもう一杯!」

「もう、しょうがないんだから……。メル、私はミルクでいいわ」

「はーい。マスター、注文入りましたー!」


というわけで二人の旅に新しくメルが加わることになりました。

ご感想等お待ちしています。宜しくお願いします!

次回更新は来週水曜日の予定です。

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