決戦 ~王都リヴァルー~ 3
「決戦 ~王都リヴァルー~」の3話目になります。
いよいよ残すところ今回を含めてあと2話です。
一気に死霊術師との距離を縮めると、細剣で渾身の突きを放つエレア。死霊術師はそれを『死の剣』によって防ぐ。
魔力付与によって強化された細剣と魔力濃度を高めた『死の剣』との衝突によって青白い魔法の火花が飛ぶ。
エレアと死霊術師の剣撃は、互角の戦いを見せていた。余裕の表情を見せる死霊術師に対し、エレアは表情を変えずにひたすらに剣撃を加えていく。
一方、女王に対しては、アミィが懸命に『治癒』の魔法を掛けていた。傷口は塞がったものの、中々女王の顔色が良くならないことに、アミィの表情が焦りの色を見せる
「ユリナ」
女王が姫の名を呼ぶ
「はい、お母様」
「もし、戦況が変わってこちらの不利が決定的になった時には、あなたは裏の逃げ口から逃げなさい。あの道なら細いので死人達も追ってこられないでしょう」
その言葉に、姫が左手を胸に当て、懇願するような表情で答える。
「そんな、お母様! 私もこのエイリスの次期国王として教育を受けてきた身です。たとえ最後の一人になっても戦ってみせます。逃げたりなどできません!」
それまで姫に対して、どちらかというと育ちが良くて急な戦いに怯えているといった感想を持っていたアミィは、この姫の発言を聞いてやはりエレアの双子の姉妹なのだなと思った。
「アムネイシアさんのことは信頼しています。私もおそらく助かるでしょう。ですが、一国の王である以上、常に最悪が起こった時のことを想定していないといけません」
そう言って姫を見つめる女王。姫も真っ直ぐに女王の目を見る。
「あの魔術師は、我々エイリス王家の者の血の力を持ってクエイサの力を解放するつもりです。クエイサの力は、一つの町を丸ごと消し去るほどのものだったと言い伝えられています。絶対にユリナ、あなたがあの魔術師の手に落ちてはいけないのです」
その頃、グニは黒光りするスケルトン、骸骨騎士達と激しい戦いを繰り広げていた。
「でぁああああっ!」
気合と共に星球連接棍の一撃を与えた後、流れるような動きで体を一回転させて遠心力を増した二撃目を骸骨騎士に浴びせるが、骸骨騎士は冷静にそれぞれを盾によって防ぎきる。その訓練された動きから、おそらくは生前、名のある騎士だったのだろうとグニは思った。それならば尚のこと、自分がしっかりと倒して供養しなければならない。
一体の骸骨騎士と戦っていると、いつの間にかもう一体骸骨騎士が現れて、二体に囲まれる形となってしまう。グニは、盾で一体の槍の攻撃を防ぐと、もう一体の長剣での攻撃に対しては星球連接棍をぶつけ、連接棍の鎖の部分で長剣を絡め取る。
「ふっ!」
体重を乗せて盾で槍の骸骨騎士を押し倒すと、今度は空いた盾を前に構えて、盾ごと体当たりしてもう一体の骸骨騎士を壁際まで押し込む。
グニが斜めに右腕を引くと、長剣に絡めてあった星球連接棍がするりと抜ける。グニは真上から振り下ろすようにして、骸骨騎士の頭に星球連接棍を叩きつける。骸骨騎士は頭蓋骨を粉砕され、ゆっくりと動かなくなる。
すぐさま後ろを振り返るグニ。先ほどの押し倒した骸骨騎士が立ち上がっているはずだ。そう思って振り向くと、先ほどの骸骨騎士の他に、新たにもう一体の骸骨騎士がグニを取り囲んでいた。
「いいだろう、私が全員引き受ける」
グニは、構えを新たに骸骨騎士に向かっていく。
「てやぁああっ!」
メルが蝙蝠ゾンビの大群の中へ急降下していく。群れとのすれ違いざまに長槍を一閃。一匹の蝙蝠がふらふらと地面へ落ちていく。
もう何度目かの突撃で、これまでに十匹近くの蝙蝠を倒しているメル。しかし蝙蝠は依然として数十匹が残っていた。そして、蝙蝠は学習能力があるのか、徐々にメルの突進に合わせて密集して牙で襲い掛かってくるようになっていた。
「次っ!」
今度はメルが下から急上昇しながら攻撃を仕掛ける。一匹を確実に仕留めたものの、皮鎧の隙間である二の腕に噛み付かれてしまった。毒は無いようだが、切り裂かれた皮膚からは血が滲み出る。
その傷を見たメルの表情が変わる。怒りの表情なのに、口元には笑みを浮かべる。それは、ピクシーという種族の血に眠る闘争本能だった。
「森の狩人ピクシーが、蝙蝠程度にやられるわけにはいかないんだからっ!」
メルが勢いを増して突撃を繰り返していく。
エレアと死霊術師の剣撃は続いていた。死霊術師が、均衡を破ろうと徐々に一振りが大振りになってきていた。その変化を、エレアは見逃さなかった。
「……っ!」
無言の気合と共に、一気に剣撃の速度を上げる。
「何っ!?」
そのあまりの変容ぶりに、死霊術師は明らかに動揺する。
アレックスの作戦だった。前と同じ敵と戦うなら、以前と同じ技術で相手を油断させてから、自分の本気を出した方が最初から本気を出すよりも効果的だと。
アレックスの読み通り、死霊術師は明らかにこれまでのエレアの剣技の技量に合わせて動いていたため、急激な変化に目も身体も動きが追いついていなかった。
「クッ」
細剣の一突きが死霊術師の左肩を掠める。『瞬間回避』は致命傷になるような攻撃を受けたときにのみ自動的に発動する技なので、切り傷を負った程度では発動しない。自らは攻撃を与える側にしか長い間立ってこなかった死霊術師が、左肩の痛みに顔を歪める。
その後も、エレアの攻勢は続く。アレックスに教わった足捌きから格段に動きが良くなったため、死霊術師の一撃を余裕を持って受け止め、そして受けた剣を払って相手の体勢を崩すことまでエレアはできるようになっていた。
「はぁああっ!」
エレアの気合を乗せた一撃が、死霊術師の頬を掠める。顔を傷つけられた死霊術師は、痛みよりもプライドを傷つけられたことから激昂する。
「おのれぇええええっ!」
死霊術師の怨念の声と共に、『死の剣』を持った右手ではない、空いている左手の手の平に火の塊が湧き上がる。『火球』の魔法である。火の球は一気に人間の頭大の大きさまで膨れ上がる。
「死ねえっ!」
死霊術師が至近距離からエレアに『火球』を投げ付ける。左手に火が起きてから投げ付けるまでの間は一呼吸の間も無かったため、エレアは野生の勘とでも言うべき咄嗟の判断でこれを避ける。
それまでエレアが居た場所を、猛烈な勢いの火球が飛んでいく。エレアは間一髪直撃は逃れたものの、その美しい黒髪は焦がされ、左頬の周りにも火傷を負ってしまう。しかし、その闘志は衰えるどころか、かえって増していった。
「はあっ!」
火傷の痛みももろともせず、エレアが突きを繰り出す。死霊術師は完全に防戦一方となっていた。エレアは、ここが勝負どころと感じ、ぐっと背中を丸めると、そこから一気に死霊術師に詰め寄る。
「はぁああああっ!」
アレックスから教えてもらった渾身の連撃を放つエレア。一撃目で死霊術師の体勢を崩し、二撃目で相手の剣を払い上げ、そして三撃目で相手の心臓を貫く。
しかし、エレアが三撃目の手ごたえを感じることは無かった。死霊術師が『瞬間回避』の魔法を発動させたのである。
「おのれ……」
部屋の隅に「回避」した死霊術師が、今までエレアと戦っていた方向を見る。しかし、そこにはエレアの姿はなかった。
グサリ――
死霊術師は、最初その音が何なのかわからなかった。ゆっくりと下を向くと、自分の心臓に、細剣が突き刺されている。さっきまで遠くで戦っていたはずのエレアが、目の前で細剣に力を込めている。どれだけの速さで走っても、『瞬間回避』の一瞬では辿り着けない距離のはずである。
「『瞬間移動』が使えるのは、お前だけじゃないんだ」
そう言って、エレアがさらに奥深くまで細剣を突き刺す。
エレアは、死霊術師に『瞬間回避』で逃げられるのを想定の上で、『瞬間移動』の魔法を習得していた。覚えたてで呪文の詠唱をしなければ使うことができなかったが、エレアは実戦を想定して使い方を考え、そして考え出したのが、心臓を突き刺した瞬間に『瞬間移動』の呪文の詠唱を始め、死霊術師が『瞬間回避』から現れた瞬間を狙って詠唱を完成させる、という方法だった。
エレアが勢い良く細剣を引き抜くと、死霊術師の胸から大量の血が流れ出る。
「バカ……な……我は……また……」
その言葉を最後に、床に崩れ落ちた死霊術師は動かなくなった。
「こいつも、私と同じ赤い血が流れていたんだ。もっと違う生き方だってできたはずなのに……」
床に蹲ったまま動かない死霊術師を見ながら、エレアがつぶやく。死霊術師ということで急に息を吹き返す可能性も考えて、しばらくの間目を離さないでいたが、やがて完全に動かなくなったのを見て、エレアが肩の力を抜く。
「こいつの名前、結局わからないままだったな」
そうつぶやいてから、エレアは周囲を見渡す。死霊術師と戦っていた間は完全に決闘の状態だったため、周囲の様子がどうなっているのか全くわかっていなかった。
部屋の中には、少なからぬ近衛騎士達の死体も横たわっていた。それでも、エレア達が駆け付けて以降は皆奮戦し、傷は負ったものの命を落とした者は少なかった。
そして、エレアの方に見知った顔が近付いてくる。燃えるような赤い髪のヴァルキュリネス族の仲間グニと、小柄な身体に勇敢な魂を持ったピクシー族の仲間メルである。二人とも、これまでの戦いでは受けたことが無いくらいの、無数の切り傷を全身に負っていた。それでも、その顔には笑みが浮かんでいる。
「やったんだな」
グニの言葉に、エレアは静かに頷く。
「そうか、終わった……んだ」
そうつぶやいてから、エレアははっと気付いてある人物を探す。物心付いたときからいつも一緒の、自分の一番の友人を。
「アミィ!」
アミィは一段高い玉座の中央付近に座っていた。エレアが近付いてくるのを見て、アミィはいつもと変わらない笑顔で返す。
「お疲れ様、エレア。……良かった、本当に」
エレアは、アミィの声を聞いて泣き出しそうになってしまう。なんとか話をしないと、と考えていると、アミィの膝元に横たわっていた女性がゆっくりと上半身を起こす。
「女王陛下、まだ治癒の魔法は終わったばかりです。しばらくは安静にお願いいたします」
「ありがとう、アムネイシアさん。でも、寝たままでする話ではないですから」
その会話を聞いて、エレアがあらためてその女性を見ると、たしかにその女性には女王としての気品があった。着ているドレスも腹部が血で赤く染まってしまっているものの、見たことのないような高級な生地である。何より、自分と同じ黒髪に碧眼のその目からは、王としての風格が感じられた。
その女王が、エレアの方を向く。エレアは先ほどまでの泣きそうだった感情から一転して、女王に見られているという緊張から知らずに背筋をぴんと張って直立する。
「エレナ……、いえエレスティアさん。あなたにお話があります」
というわけで、決戦に勝利したエレア。
次週、「エピローグ」でアルディアナ・サーガの第1部は完結となります。
最後までお付き合い頂けます様、宜しくお願い申し上げます。
ご感想等頂けましたら幸いです。




