真実 ~学術都市バンドン~ 3
第9章「真実 ~学術都市バンドン~」の3目になります。
ユカヤが抱えてきたのは、『グラディナダ創世記』という名の本だった。
「お疲れ様、ユカヤ。ありがとう」
アミィがずっと『文字追跡』の魔法を使い続けて本を探し当てたユカヤを労う。そして、本を受け取るとぱらぱらと前のページから捲っていく。
「なるほど、『創世記』というだけのことはあるわ。邪神戦争時代に魔族に侵食されないように神の手によって大陸から切り離されたのがグラディナダのはじまり、という話から始まっているわね」
「へえ、グラディナダってそうやってできたんだ」
「まあ神話時代の話は後世になって作られた話であることも多いけどね」
素直に感心していたメルに対し、エレアが横槍を入れる。
「そうね、どうもこの本自体が歴史書というよりは後世になって作られた詩や戯曲と同じ雰囲気があるわ」
そう言いながらアミィは本を読み進めていき、ユカヤが見つけた該当のページに辿り着く。
「ここからが『紅玉』の記述があったページね」
その言葉に、皆がアミィの話に集中する。
「……いずこより来たりし光り輝く紅玉を持つ聖女、其の力を持ってこの地に王国を建てる」
「これって、クエイサの力を使える家系の魔術師が、グラディナダにやってきて王国を建てた、ということかな」
「普通に読み取るとそうなるわね」
エレアの解釈に、アミィが答える。
「えー、じゃエイリス王国を建てたのがクエイサの魔術師だったって話!?」
メルが驚いて訊く。それに対しアミィは冷静に答える。
「この王国がエイリス王国を指しているのかわからないし、この聖女と記されている魔術師がその後国王となったのか宮廷魔術師となったのかもこの本の内容だけではわからないわ」
「エイリス王国の歴史書を調べたらわかるでしょうか」
「ええ、その方向で当たってみましょう」
その後、ユカヤとアミィが書棚へ行って探してきたのが『エイリス建国記』という本だった。アミィが内容を読み進めていく。エレアとユカヤも脇から覗き込むが、字の読めないグニとメルはアミィが読み終わるのを待っている。やがて、アミィがグニの方へと顔を上げる。
「当たりだわ。こちらではクエイサや紅玉といった記述ではなく単に『特別な力』と書かれているけれども。エイリスでは代々特別な力を持った女王が治めて、建国当初は外敵との戦いにもその力を用いていたけれど、グラディナダ全体を治めるようになって戦争が起きなくなってからは、女王が力を使うことはなくなっていったみたい」
「今のエイリスも国王は女性だったな」
グニの言葉に、エレアが続ける。
「つまり、昔はエイリスの女王はクエイサの魔術師として力を使っていたけれど、長い年月の間にクエイサの存在は忘れられて、ただ女性が国を治めるという形式だけが残ったのか」
そう言うと、エレアは腰の皮袋から手鏡を取り出す。しかし手鏡は普通の手鏡のままでエレアの顔しか映していない。
「アミィ、今日って何の日だっけ?」
「黄の日ね。ちょうど昨日が白の日だったから、ソルフィーシア様への報告は次の白の日までできないわ」
アミィの返答に、エレアは一瞬険しい表情を見せる。手鏡の力でソルフィーシアと会話ができるのは昇降城が降りてくる白の日だけである。一巡り(一週間)に一日しかやって来ないため、次にソルフィーシアに報告ができるのは六日後になってしまう。
「一巡り待つなんてできないよ。私達で王城へ行こう!」
エレアが宣言する。しかし焦るエレアをたしなめるようにグニが話す。
「エレア、私達の受けている任務はあくまで調査までだ。それに、我々が王都へ行ってどうなる? 城の門番にこの話をしたとしてもまともには受け取ってくれまい」
「こっちの人達よそ者には冷たいしねー」
グニの言葉にメルも相槌を入れる。
「エレア、自分達でどうにかしたいのはわかるけれど、今回ばかりはこれ以上はどうしようもないわ」
アミィにそう言われても、納得できずにいるエレア。どうにかして行動を起こすことはできないか、思考を巡らせる。
「そうだ!」
エレアがあることを思い付く。グニの方を向いて話す。
「エイリスの貴族の人に正式に動いてもらって、私達はその予備として王都へ向かおう。これなら大丈夫だよね?」
「エレアさん、エイリスの貴族の人に知り合いなんているんですか?」
そう訊くユカヤに、エレアはにっこりと笑ってみせた。
四人に旅の支度を頼んで、エレアは丘の麓にある屋敷へと急いで向かった。入口の呼び鈴を鳴らすと、女中のオリエンダが玄関の覗き窓からこちらを見てくる。
「どちら様でしょうか」
「あ、エレアです。アレックスさ、アレックス様はいらっしゃいますか?」
「これはエレア様。どうなさいました?」
オリエンダに聞かれて、エレアはどう答えるか一瞬戸惑う。咄嗟の判断で、王家に縁のある貴族だと紹介されていたことを思い出し、こう切り出す。
「はい、王家に関して少し不穏な話を聞きまして。それをアレックス様にお話したいと思って来ました」
「まあ、王家の! それはそれは。お待ちくださいませ」
オリエンダは特に怪しむこともなく、アレックスを呼びに行った。しばらくして、入口にアレックスがやってくる。
「おう、エレアどうした。図書館の用事は終わったのか?」
後ろにオリエンダもいるこの場で話してもいいかと考え、エレアが話す。
「はい、そのことでお話したいことが。どこか二人きりになれる部屋はありますか?」
エレアは屋敷の中の来客部屋に通される。ユクリプス城内の部屋の調度品も美しかったが、この部屋の調度品も年季の入ったいかにも高価そうなものだった。
「どうする、葡萄酒でも入れるか?」
部屋に入ったアレックスが聞いてくる。エレアはすぐ本題に入りたかったが、断るのも失礼だと思い、返事をする
「はい、お願いします」
アレックスが慣れた手付きでグラスに葡萄酒を注ぐ。
「で、なんだ話って」
そう言って、アレックスの顔が一気に真剣なものになる。
「はい、私達がこの町に来たのは、『クエイサ』という魔術宝具について図書館で調べるためでした」
「クエイサ、聞いたことがないな」
「はい、クエイサは長い年月の間に伝説の存在となっていました。でも、文献を探した結果、その正体がわかったんです。エイリスの王家の血筋だけが発動することのできる宝具、それがクエイサだったんです」
「ふむ」
アレックスは特段驚いた様子もなく相槌を入れる。
「エイリス王家が不思議な力を持つっていうのは伝承や伝説といった形で貴族達なら知っている話だ。だが少なくとも俺の曽祖父の代まで遡っても、実際に王家がそんな力を使ったという話は聞いたことがない」
「はい、長い年月の間に、クエイサそのものは北グラディナダの遺跡に隠されるようになっていました。ですが、それを奪った死霊術師、死人使いの魔術師が出たんです」
その話にアレックスが敏感に反応する
「つまりエレア、君は俺にその死人使いの魔術師に気をつけるようエイリス王家に伝えに行って欲しいわけだな」
「はい、勝手なお願いを言ってしまってすみません。ただ、そいつは前にもクエイサを求めて村中の人を殺そうとした奴なんです。急がないと、王家の人にまで危険が及ぶかもしれないと思って……」
申し訳なさそうに下を向いて拳を握り締めるエレアに対し、アレックスが言う。
「いや、気にすることはない。そういうことなら俺が動くしかないだろう。この町の軍は領主、親父の管理下だ。俺が勝手には動かせない。私兵を率いて行こう。その魔術師の外見やどういう魔法を使うのか教えてくれ。万が一の為に俺も戦う準備はするが、実際は王城の人間に注意するよう伝えて帰ってくるだけになる可能性が高い。相手の特徴は正確に伝えたい」
「はい、外見は全身を真っ黒の外套で包んでいて、……」
一通りの説明をエレアが終える。
「よし、特徴はわかった。では俺は部下をまとめて旅立とう。エレア、君はどうするんだ」
「はい、私達も王都へ向かいます。何もなくただ無駄足になればそれに越したことはありませんが嫌な予感がするので」
「そうか」
「あ、アレックスさん!」
エレアがアレックスに話し掛ける。
「お願いついでで悪いんですが、馬を二頭貸してもらえませんか?」
エレア以外の四人は、旅の準備をした後、丘の麓にある屋敷の前に来るようエレアに言われていた。
「あそこじゃないかな」
メルが前方を指差す。
「すごい大きいお屋敷です」
ユカヤが感想を述べる。すると、まさにその屋敷からエレアが出てくるところだった。
「エレア!」
アミィがエレアに駆け寄っていく。
「あ、アミィ、みんな。今話が終わったところ。貴族の人には王都まで馬を出してもらえることになったから」
「エレア、貴族の人ってもしかして」
「そ、あの細剣使いのおじさん。快く引き受けてくれたよ」
そう言うと、エレアは屋敷の横道から二頭の馬を連れて来る。
「グニ、馬には乗れるんだよね?」
「ああ、一人で旅に出るときは馬で移動していたが」
「じゃグニとユカヤ、私とアミィに別れて馬に乗って王都まで向かおう。歩いたら何十日かかるかわからないし」
「え、ちょっと」
口を挟もうとするメルにエレアが答える。
「あ、メルは自分で飛んだ方が速いでしょ? 疲れるんだったらユカヤかアミィの上に座って」
「いや、私はいいんだけど、エレア馬乗れるの?」
それは他の三人も思っていた疑問だった。今までグニ以外が馬に乗れないということで、馬車か徒歩による移動をしてきたのである。
「ここに来るまでの間に、『乗馬』の魔法を覚えたんだ」
そう言って胸を張るエレア。
「だから、少しでも早く王都に向かおう」
二頭に分かれての旅は、夜遅くまで続いた。大柄なグニと、透明に隠してあるとはいえ尻尾の分も体重があるユカヤの二人の組み合わせには、大柄な方の馬が担当をした。もう一頭にはエレアが『乗馬』の魔法を唱えながら乗り、その腰にしっかりとアミィがしがみ付いていた。
先頭のエレアが全く休む気配を見せないため、馬を横に併走させてグニが話し掛ける。
「エレア! 今日はそろそろ夜営にしよう」
「私はまだ大丈夫! 少しでも先に進もう!」
「私達は大丈夫でも馬がもう限界だ! これ以上酷使すると使い物にならなくなる!」
そう言われて、馬の歩みを遅めるエレア。今日はここで夜営の準備を始めることとなった。
「エレア、そんなに焦らなくても、たぶん私達が行っても無駄骨になるだけだと思うよー」
遅い夜食を食べながら、メルが言う。
「無駄骨ならそれに越したことはないよ。ただ、万が一のときのために、少しでも急いでおきたいんだ」
そう話すエレアに、アミィが語りかける。
「エレアの気持ちはわかるけど、今回は馬の体力もあるから。明日からはこの子達のことも考えて進みましょう」
「うん、そうだね」
エレアは馬の顔に手をやる。
「ごめんね、今日は無理させちゃって」
「さあ、そろそろ寝る仕度をしよう」
グニの掛け声に、皆が寝る準備を始める。
それより十日ほどの旅の後、遠方に大きな都市が見えてきた。それまでに通った町は皆バンドンよりも小さな町だったため、その巨大さが強調される。
「すごいね、町の大きさだけならユクリプスと変わらないかも」
アミィの肩に腰掛けているメルが感想を言う。それに反応するようにつぶやくエレア。
「あれが、王都リヴァルー」
「でも、本当に何も起きていなかったらどうするつもり?」
今度はエレアの肩に飛び移ってメルが尋ねる。
「その時は当初の予定通り、アレックスさ、えっとバンドンから来る貴族の人に一緒に王城まで連れて行ってもらおう」
その会話が聞こえたかどうか、後ろを走っていたグニが馬の速度を上げてエレアの馬の隣に付ける。
「何か町の様子がおかしい気がする」
「え、本当?」
エレアは前方の王都リヴァルーを見遣るが、リヴァルーは城壁に囲まれて中の様子を窺い知ることはできない。
「これだけの町だ。外壁の門には出入りする商人達で溢れているのが普通なはずだ。あまりにも壁の外が静かすぎる」
「言われてみれば……」
その時、町の方から慌ててこちらへやってくる馬車があった。雰囲気的に商人の交易用の馬車に見えた。その馬車に乗っている商人も、馬の御者も顔を真っ青にしている。
「どうした!?」
その馬車に向かってグニが声を掛ける。すると、怯えきった表情の護衛の傭兵がグニに答える。
「ば、化物だ! リヴァルーの街中が化物だらけになっているんだ!」
「なんだって!」
エレアは、傭兵の返答に反応すると、それ以上は聞こうとせずに、リヴァルーへと馬を鼓舞した。
「あいつだ! 死霊術師が女王を狙っている!」
というわけで、いよいよ次話より最終章「決戦 ~王都リヴァルー~」に入ります。
ご感想等頂けましたら幸いです。
次回更新は来週水曜日の予定です。




