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真実 ~学術都市バンドン~ 1

今回より第9章「真実 ~学術都市バンドン~」に入ります。

 うっすらと霧に覆われていたため近付くまでわからなかったが、バンドンの町の大きさはマジェスターよりも一回り小さいくらいだった。町全体が外壁に覆われている。外壁の古さからも、町としての歴史を感じさせた。

 外壁よりも小高い丘が町の中央にあり、そこには、領主の居城と思われる石造りの城と、巨大な建物が建っていた。おそらくあの建物が図書館なのだろうとアミィは思った。

 

 五人は町のすぐ近くまで来た。外壁に扉が付いており、門番らしき男が二名、槍を構えて立っている。グニが門番の男に話し掛ける。

「バンドンの図書館に用事があるので入りたいのだが」

 それを聞いた門番の男は、役人然とした態度で返答する。

「我が町の通行税は一人あたり十ガルだ」

「通行税?」

 今までそのようなものを取られたことがなかったのでメルが訊き返す。男は憮然とした表情でピクシー族の少女を見ると答える。

「お前達北グラディナダの田舎からの旅人か? 南グラディナダの町では入る時に通行税を取るというのが決まりだ」

 田舎と言われて頭にきたエレアが言い返す。

「でもキレーの町ではそんなの取られなかったよ!」

「キレーは港町だから特別だ。歴史も無いから通行税を取らずに商人を集めようとしている町だ。由緒あるバンドンはそのような真似はしていない。よって通行税を払う決まりだ」

 エレアとメルが押し問答を続けそうだったので、アミィがすっと前に出る。

「わかりました。それでは五人で五十ガルでよろしいですね」

「うむ、旅の冒険者のようだが街中では問題を起こさぬように」

 男の言葉にエレアが言い返そうとするが、アミィがすっと右手でエレアを制してそのまま門をくぐって中へ入る。


「それにしても感じ悪かったねーあの門番」

 メルが上羽根をぱたつかせながら言う。エレアもうんうんと大きく首を上下に振って同意する。それにアミィが答える。

「これが南グラディナダの雰囲気なのかもしれないわね。北グラディナダと違って歴史があるから、閉鎖的で権威的になるのかもしれないわ」

「北グラディナダではヴァルキュリネスが一人で歩いていてもここまで凝視されることはないのだがな。こちらにはヴァルキュリネス自体がいないのだろうか」

 先ほどから、道行く人達に、グニの大柄で真っ赤な髪と、空を飛ぶメルがじろじろと見られていた。好奇心というよりは、余所者を値踏みするような視線である。

「なんか街自体の活気もないよね。<学術都市>なんて言うから、グラディナダ中から学者や魔術師が集まるような町を想像していたんだけど」

 エレアが言う。正門をくぐって入ってきたのだからここが表通りなのだろうが、人通りはあまりなく、露店なども全然見かけるこは無かった。そしてたまに歩いている人々はグニやメルをじろじろと見るのである。

「ま、用事があるのは図書館だけだしさっさと行って調べちゃおう」

 そう行ってエレアは丘の上に見える建物に向かって直進していく。表通り自体に人通りがあまりなかったため、途中から路地裏に入っていってしまっていたことには気付かなかった。


 気が付くと、五人は人気が全く無い路地裏に迷い込んでいた。旅で色んな街を歩いた経験のあるグニがつぶやく。

「あまり治安の良さそうな場所ではないな」

 その言葉に反応したかのように、五人を前後から挟むような形で男達が現れた。数は前後それぞれ三、四人ずつ。全員が短剣や木刀などの武器を持っている。前方の一番体格の良い男が口を開く。

「おい姉ちゃん達、大人しく金目の物を置いていきな」

 メルがやれやれといった感じに首を横に振る。

「そっちの姉ちゃん魔術師なんだろ? 魔法の品とか持ってるな? 置いていったら怪我させずに帰してやるよ」

 その言葉はほとんど聞かずに、メルがグニの耳元に近付いて話し掛ける。

「どうする? 私が後ろでグニが前で良い?」

「ああ、問題ない。エレアが出るまでもない。私達二人で十分だ」

 そう言うと、グニは背中から武器である星球連接棍(モーニングスター)を抜く。メルも同じく、長槍(ピクシーブレード)を抜いて、大袈裟にくるくると回転させて構える。グニの星球連接棍の強力そうな見た目と、メルの長槍の手馴れた扱いに男達が動揺する。リーダーと思われる先ほどの体格の良い男が叫ぶ。

「うろたえるな馬鹿野郎! 相手は小娘四人と小さい妖精一匹だ!」

「一匹とは失礼しちゃうわね。本気で斬っちゃおうかしら」

 メルが怒った調子で言う。グニもいつ相手が襲ってきても良いように、星球連接棍と盾を構える。


 その時、五人の後方から声がした。

「おい、待てお前ら」

 叫んでいるわけでもないのに、その声はとても良く通った。後方にいた男達三人が振り返ると、そこには年齢が三十前後の、長髪に無精髭の男性が立っていた。

「なんだてめえは?」

 後ろにいたうちの一人が声を掛ける。持っている短剣を無精髭の男性へ向けるが、男性は全く恐怖心を見せない。

「こんなかわいい女の子に刃物ちらつかせて脅すなんて情けないなぁお前達」

 飄々とした感じで男性が話す。その雰囲気が男達の神経を逆撫でする。

「てめえふざけんな!」

 男の一人が短剣を振りかざして無精髭の男性に向かっていくが、男性はすっと最小限の動きだけでその剣撃をかわす。男性はやれやれといった感じでため息をひとつ吐くと、腰から細剣レイピア)を抜く。同じ細剣使いとして、エレアが男性の細剣に反応する。


「本当に情けない男達だ」

 そう言うと、男性はふわりと浮かび上がるようなステップから一気に三人の男の右手首を正確に突き刺す。一瞬の後、男達が手首を押さえて悲鳴を上げる。

「ぐああっ!」

「安心しろ、急所は外してある。一巡り(一週間)も大人しくしていれば治るだろうさ」

 男は飄々とした口調を変えずにエレア達五人の脇を通り過ぎると、今度は前方の男四人と対峙する。

 エレアは、自分の横を通り過ぎていった男性をじっと凝視していた。さきほどの細剣の剣捌きは、全然目が追い付くことができなかった。これほどの細剣の使い手を見るのは初めてだった。


「この野郎っ!」

 リーダー格の男を除いた三人が同時に無精髭の男性に切りかかる。今度も男はそれぞれの攻撃を見極め、正確に武器を持つ右手の手首を細剣で突いていた。今度は注意して見ていたエレアにもなんとかその攻撃が見えた。見えたと同時に、それがとても高等な技術を用いていることがわかった。

「さあ、あとはお前さんだけだぞ。どうする? 尻尾を巻いて逃げるんなら見逃してやるぞ?」

 男性の言葉に、リーダー格の男は、手にした片手剣を構える。

「他の奴らをやったからって調子に乗るなよ、この野郎!」

 そう叫んで片手剣を突き刺すようにだしてきた男に対し、無精髭の男性は細剣で片手剣を弾き、体勢の崩れた男に一気に近付くと足払いをして男を転倒させる。転倒した男が転倒の衝撃から気を取り戻すと、自分の首元に細剣の切っ先が向けられていた。

「俺ぁこの辺をよく散歩しているから、次に遭う時までには行儀よくなっていろよ?」

 無精髭の男性の言葉に、男達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「ありがとうございます!」

 男性に対し礼を言うエレア。

「まあ、あんなのだったらお嬢ちゃん達自身で十分追っ払えただろうけど、見知らぬ土地で面倒は起こさない方が賢明さ」

「ねえ、アミィ」

 エレアは横にいるアミィに声を掛ける。

「なあに、エレア?」

「アミィ達は先に図書館に行ってくれるかな。私は後から行くから」

「え、どうしたの、何か用?」

 驚いて訊き返すアミィに対し、エレアはアミィには返答せずに、目の前の男性に話し掛ける。

「あの、えっと」

「アレックスだ」

 名前がわからずに困ったエレアに対し、すかさず男性が名乗る。

「アレックスさん、私に細剣を教えてください! 私も細剣を使うんですが、アレックスさんみたいな見事な使い手を見たのは初めてなんです!」

 その言葉に、アレックスと名乗った男性は変わらぬ飄々とした感じで答える。

「俺は別に構わんけど、お嬢ちゃん達他に用があってこんな路地裏に迷い込んでいたんじゃないのかい?」

 その言葉に、エレアがグニに向かって話す。

「グニ。今後のためにもこんなチャンスは滅多にないと思うんだ。お願い」

 エレアの言葉に、グニは頷いて返す。

「ああ。己を鍛えるべき時に鍛えよ。ヴァルキュリネスの諺だ。夕方までには図書館に来るようにしてくれ」

「わかった。アミィ、ユカヤ。調べるのは最初は二人にお願いすることになっちゃうけどお願い」

 そう言って頭を下げるエレア。ユカヤが手と首を大きく振って返す。

「そんな、元々調べるのは私がやるつもりでしたから」

 アミィはアレックスの方を向いて話した。

「アレックスさん、エレアのこと、よろしくお願いします。この子、集中すると周りが見えなくなって無茶をしてしまう事があるので、怪我だけは気をつけてください」

「ああ、わかった。ただし、剣の練習だ。多少の打撲くらいは覚悟してくれんと練習にならんよ」

「それくらい全然大丈夫です!」

 エレアが目を輝かせて言う。そのエレアの表情を見て、アミィは不安を覚えると共に、逆に一種の満足感も得ていた。


 アミィ達と別れて、エレアがアレックスと共に歩いていく。途中、アレックスがしげしげと自分の横顔を見るので、エレアは気になって聞いてみる。

「どうしました? 私の顔になにか付いてます?」

 そう言われてばつの悪い顔をしたアレックスは、どう話したらいいものかと少し上を向いた後、エレアに聞く。

「なあエレア、君はどこかの貴族の令嬢かい?」

 その言葉にきょとんとするエレア。

「え、私そんな風に見えます?」

「いや、全然そんな風には見えないんだが」

 がっかりするエレア。

「エイリスの女王や姫は、代々黒髪に碧眼なんだ。このあたりでも黒髪碧眼という容姿は滅多に見かけないから、エイリス王家に縁のある血筋なのかと」

 そのアレックスの言葉に、どう答えてよいか迷うエレア。自分は孤児なので、もしかしたらその可能性があります、と正直に答えるべきか悩んだが、結局は言葉を濁すことにする。

「いえ、普通の家の娘ですよ。それに、私魔術師なんで少し色素が一般の人とは違うかも」

「ふむ、そうか」

 アレックスは納得したのかどうか、それ以上は言及しなかった。


 それからしばらく歩くと、町の中央の丘の麓に、大きな屋敷が見えてきた。あまり貴族の仕組みに詳しくないエレアでも、あれは相当身分の高い人間が住む屋敷だとわかった。そしてアレックスは、その屋敷へ向かって歩いていった。

 入口の呼び鈴も鳴らさずにアレックスが扉を開ける

「え、ちょっと」

 びっくりするエレアを気にせず、アレックスが屋敷の中へ入っていく。

「おかえりなさいませ、子爵さま」

 入口では、女中風の年配の女性がアレックスを迎えていた。

「だからその子爵さまってのはやめてくれって」

「何をおっしゃいますか。あなた様はこのバンドン伯の次期当主様。あまり外をぶらつかないでもっとしっかりと屋敷で執務を行ってくださいませ」

 エレアはその会話に驚く。アレックスの伸び放題の髪、無精髭という容姿から、てっきり傭兵かなにかだと思っていたのだが、実はこのバンドンの次期当主という貴族だというのだ。

「あら、その娘は?」

 女中がエレアの姿に気付く。

「この子はエイリス王家の遠縁に当たる令嬢だ。貴族のたしなみとして剣技を教えて欲しいと頼まれたのでな」

 そう言うとアレックスはエレアに向かってウィンクする。エレアは察して何も言わないことにする。

「あら、王家の。これは大変失礼致しました。この屋敷の女中を務めておりますオリエンダと申します。以後お見知りおきを」

「あ、はい。エレアと申します。よろしくお願いします」

 エレアも慌てて名乗る。名乗ってから、貴族の令嬢なのに苗字が無いのはまずかったかと思ったが、オリエンダはそれ以上追求はしなかった。


「アレックスさん、貴族だったんですか! しかもこの町の次期当主って!」

 オリエンダから離れて屋敷の通路を歩きながら、エレアがアレックスに対して話し掛ける。

「ん、ああ。なんだ、傭兵で傭兵の訓練所にでも連れて行かれると思ってたか?」

「うっ……」

 アレックスに図星を突かれてエレアは言葉に詰まってしまう。

「はっはっは。まあこんな格好だ。そう思われるのが普通だろうさ」

 そこまで話して、急にアレックスは真面目な顔になる。

「ところでエレア、このバンドンの町のことをどう思う?」

「え?」

「町の雰囲気とか印象とかだ。別に俺がバンドンの子爵だとかは関係ない。正直に話してくれ」

「えっと……」

 どこまで正直に話して良いかとエレアは考えたが、アレックスの言葉通りに感じたままを話すことにした。

「正直、町に活気が全然ないと思います。北グラディナダの町やキレーの港町はもっと町全体に活気がありました。あと、治安も良くないと思います。いくら路地裏といってもこんな朝から強盗に遭うとは思いませんでした」

「その通りだ。今のバンドン伯、俺の親父は、歴史あるバンドンという領地の当主ということで満足して、なにひとつ領民のための政治をしていない。このままじゃバンドンの町はやがてまともに機能しなくなる。だから俺は、自分が当主になるまでの間に、できるだけ町に出て、この町の抱えている問題点を自分の目で見ておこうと思っているんだ」

「アレックスさん……」

 エレアはどう言葉を掛けたらいいのかわからず、無言でアレックスの後を付いて行く。


「さ、着いたぞ。ここがうちの練習部屋だ。ちょっとした訓練場くらいの広さはあるぞ」

「うわあ……」

 エレアが感嘆の声を上げる。練習部屋として通された部屋は、普通の酒場が二つ入るくらいの広さがあり、壁には色々な武器や盾、鎧が掛けられていた。


というわけで、エレアはアレックスから細剣(レイピア)の手解きを受けることになります。

ブックマーク、ご感想等頂けましたら幸いです。

次回更新は、来週水曜日の予定です。

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