探索 ~南部砂漠~ 3
第6章「探索 ~南部砂漠~」の3話目になります。
圧倒的な存在感を持って目の前に立ち塞がる女性型のゴーレム。
『クエイサの主人たる方はその証をお答えください』
美しくも生命力とは無縁の声で、ゴーレムが話す。
「ねえ、どうする?」
メルの問いかけに、エレアが一歩前に出る。
「私はクエイサの主人である! その道を空けよ!」
勢いよくエレアが叫ぶも、ゴーレムはその言葉に全く反応を示さない。
「やっぱりダメかぁ」
「そんな言葉で通してくれるわけないでしょう」
アミィがエレアの言葉に仕方ないといった調子で言葉を掛ける。
『クエイサの主人でない方は御立ち去り下さい』
ゴーレムが言葉を続けながら、ゆっくりと空中を浮遊しながら前進してくる。じりじりと迫る間合いに、グニが声を出す。
「やはりここは正面から戦うしかないようだ。皆構えろ」
グニのその言葉に反応したかのように、ゴーレムの目が赤く光る。
『御立ち去り下さい』
その言葉と共にゴーレムが一気に速度を速めて飛んでくる。両手に持っている短剣の、右腕を振りかざして先頭にいるグニに対して攻撃を仕掛ける。
「くっ……!」
グニが受け止めた盾からキィインという魔法音が鳴る。ゴーレムは、その細く繊細な腕からは信じられないほどの重圧の掛かった攻撃を繰り出してきた。その衝撃は、砂漠で戦った全長六Mの巨大な砂海老の一撃に匹敵するようグニには感じられた。グニが腰を落とし歩幅を広く取る。
「コイツの攻撃は私でないと受けられない! メルは攻撃を受けない範囲で援護を頼む!」
「わかった!」
グニの言葉に、メルは斜め上方に飛んでいく。メルが長槍牽制をかけて隙ができたところをグニが攻撃するという作戦である。
「あ、エレアさん!」
そのとき、ユカヤが後方を指差す。エレアが指先を辿っていくと、そこには、階段の下から人間の倍ほどの長さの巨大な蛇が姿を現してきたところだった。大蛇は、階段を上がりきると、鎌首をもたげて、頚部を大きく広げて威嚇した。
「クロクビコブラ! なんでこんな場所に!」
大蛇を見たメルが叫ぶ。
「知っているの!?」
「私の住んでた森に良く出た毒蛇! でも普通は人間の背丈くらいの大きさだよ。こんな大きいのは初めて見た! 牙は毒を持ってるから噛まれたら危険だよ!」
アミィの問いかけにメルが答える。エレアがすかさず細剣を構えてクロクビコブラに対峙する。その大きさと、毒を持っているという情報からエレアの顔が緊張したものになる。
「メル、メルが後ろに回れ! エレアの細剣では細い蛇相手では不利だ! エレアがこちらのサポートを頼む!」
「わかった!」
グニの指示に、素早くメルが後ろへ周りクロクビコブラへと長槍を構える。エレアがその様子を見て、グニの隣へ移動する。
アミィとユカヤは前後を守られる形で中に位置することになったが、ユカヤが後ろを向くと、右手をクロクビコブラに向かってかざす。
「ユカヤ?」
「『我が魂の力を持って、其を眠りの彼方へと誘う。誘眠!』」
ユカヤが、クロクビコブラに対して『誘眠』の魔法を唱える。クロクビコブラは、一瞬もたげた鎌首を下ろしかけたが、すぐにまた持ち上げ直し、威嚇の声を発する。
「ユカヤ、惜しかったわね。やはり『誘眠』はああいう興奮した動物には効き難いわ。あとはメルに任せましょう」
「はい……」
初めて唱えた魔法が失敗に終わり、ユカヤが肩を落とす。アミィがその肩を抱き寄せる。
「今は戦闘中よ。集中しましょう」
「はい……!」
「くうっ!」
前方では、グニがゴーレムと激しい戦いを繰り広げていた。ゴーレムの細い腕から放たれる強烈な一撃を防ぎながら、グニもなんとか攻撃を仕掛けていく。
「はあっ!」
しかし、グニの星球連接棍の一撃も、ゴーレムの左手の短剣で防がれてしまう。星球連接棍は星球の部分が遠心力で威力を増すため、本来なら剣では受け止められない、受けても剣が威力で折れてしまう武器なのだが、ゴーレムの短剣はどのような金属でできているのか、折れることなくしっかりとその攻撃を受け止める。
グニはフェイントを入れるなどその剣技を駆使しながらなんとかゴーレムに一撃を加えようと、その動きを早めていく。エレアはグニとゴーレムの戦いの激しさに、自分が加わるタイミングを計れないでいた。
一方、後方ではメルがクロクビコブラと戦っていた。最初は自分の十倍近い大きさがあろうかというクロクビコブラ相手に中々近付けなかったメルだが、やがて相手の間合いを計ると、上空から一気に相手の後方へ迂回して、そこから一気に近付いて攻撃するという戦い方で着実にクロクビコブラに傷を負わせるようになった。蛇は、前方へは跳び上がって攻撃できるものの、後方へは跳び上がれないという習性を、森で暮らしていたメルは知っていた。クロクビコブラの皮膚が分厚く、中々致命傷は与えられないものの、こちらは相手を仕留めるのは時間の問題だった。
「であああっ!」
グニがフェイントからの渾身の一撃をゴーレムの胸部に叩きつける。初めて短剣で受けられずに相手の胴体へ直接攻撃を与えることができたが、ゴーレムは何事も無かったかのようにグニに対して反撃をしてくる。
「そんなっ……!」
その様子を見ていたエレアが叫ぶ。グニの一撃は確実に相手を捉えていた。あれで倒せないなら倒す手段がエレアには考えられない。
グニも、声には出さないものの、やはり顔には焦りの色が見えていた。こちらの攻撃が効かないとなると、向こうは魔法の生命体である。こちらの体力が尽きたところで相手に押し切られてしまうのは自明の理だった。
「攻撃が効かない相手を倒す方法、倒す方法、……」
エレアが焦る頭で懸命に手段を考える。
「どうやって倒すか……。そうか! 倒さずにゴーレムの動きを止められればいいんだ」
咄嗟にエレアが全方位を見渡す。そこに、台座の横にある石碑が目に入ってきた。
「よしっ……」
エレアが、細剣を腰に収め、左手用短剣のみを構える。ゴーレムがグニに対して攻撃を仕掛けた瞬間を見計らって、その脇を抜けようと全力で駆け出す。
「エレア!」
突然の行為にアミィが叫ぶ。ゴーレムは、先へは通さないとばかりにすかさず反転してエレアに攻撃を仕掛ける。エレアは、左手用短剣でなんとか攻撃を受けるも、その衝撃で壁際まで体を吹き飛ばされる。
「ぐあっ……!」
壁に激突した衝撃と痛みに呻き声を上げながらも、エレアはすかさず立ち上がって石碑へ向かって走る。ゴーレムがエレアを追おうとするが、グニがすぐさま攻撃を仕掛け追撃を許さない。
「お前の相手はこの私だ!」
なんとか石碑の前まで辿り着いたエレアが石板に書かれた文字を読む。石碑には、エレアの読み通り、ある言葉が記されていた。エレアがゴーレムの方を向いて文言を唱える。
「『我、古よりクエイサと共に在りし血族の者なり。盟約に従い、クエイサへの道を開放す』」
エレアの言葉を聞いたゴーレムの、目の色の輝きが赤から青に変わる。
『ようこそ、クエイサの守護者。お通りください』
そうゴーレムが言葉を発すると、ゆっくりと元いた台座へと戻り、何事も無かったかのように元の彫刻となった。ゴーレムの目の光が消え、完全に動かなくなったのを確認し、エレアが崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込む。
「うまくいった……。っ、痛た……」
興奮状態で感じていなかった、壁に激突した時の痛みが蘇えってくる。
「エレア! 大丈夫!?」
アミィが駆け寄り、エレアに『治癒』の魔法を掛ける。エレアの身体から痛みが引いていく。
「ん、ありがと、アミィ」
「どうしてあんな無茶をしたのよ。石板に停止の呪文が書いてある保障なんてなかったでしょう」
「保障はなかったけど、可能性として、あのゴーレム相手に勝ち目は無いから、ここを通るとしたらゴーレムを止めるしかないと思って。止めるヒントだけでも何か書いていないかと思って石板に行ったらバッチリ止めるための呪文が書かれていたから」
「まったく、エレアったら……」
話しながら、ふと思い付いた疑問をアミィが口にする。
「でも、呪文はただ唱えただけで良かったのね。本当にクエイサの血筋の魔術師が唱えないと効果が無いということではなかったのね」
「そうだね。そんな血筋の人間かどうかを判断するなんて高度な魔法は掛けていなかったのかな。書かれていた呪文は古代神聖語の、魔法王国時代の古訛りの文字だったし、普通は読める人間がいないと思ってたとか」
「なんとかこっちも終わったよ~」
話している二人の元へ、メルが飛んでくる。クロクビコブラは、胴体が真っ二つにされて絶命していた。身体中に無数の切り傷があることから、メルがいかに多くの攻撃を行っていたかがわかる。
「とりあえずゴーレムは止まったが、これからどうするのだ?」
グニの問いかけに、エレアが答える。
「大丈夫、石板に扉を開ける呪文も書いてあるから」
再びエレアが古代神聖語をつぶやくと、ゆっくりと扉が開いた。
扉の奥の部屋は、それまでの白っぽい色の壁から一転し、黒みがかった石で造られていた。その部屋のちょうど中央に、謎の模様が描かれた台座があり、台座の上に人間の頭より一回り大きいくらいの、赤く光り輝く宝玉が置かれていた。宝玉は、少しの歪みも無い真球の形をしていた。宝玉に照らされて、台座の上部の模様が刻まれた部分だけが赤く輝く。それは、魔法の心得が無い者でも一目でわかる、貴重な魔法の品だった。
「これが、クエイサ……」
エレアの言葉に反応するかのように、宝玉が少し光を増したようにアミィの目には映った。
というわけで無事に五人はクエイサに辿り着くことができました。
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作者都合により、次回更新は再来週か再々来週の予定です。




