探索 ~南部砂漠~ 2
第6章「探索 ~南部砂漠~」の2話目になります。
目の前に立ち並ぶ遺跡群。
「壮観だな……」
遺跡群を前にグニがつぶやく。
「ユクリプスのお城みたいです」
「ええ、建築に魔法の力が使われているのでしょうね」
ユカヤの感想に、アミィが答える。遺跡は、通常の石造りの砦に囲まれるように、魔法で造られたとわかる、不思議な素材でできた塔が立ち並んでいた。
「たぶんあれが目当ての塔だね」
遠方をエレアが指差す。比較的低い塔が多い分、他の塔の倍の高さはあろうかというその塔は遠目からでも一目でわかった。
「いかにも何かいそうな廃墟だね」
そう言いながらエレアが砦を越えていく。その言葉にメルが返す。メルは空中を飛んでいる分、一足早く砦の部分を越えていた。
「いそう、ではなくいるよこれは。間違いない」
メルより少し遅れて四人が砦を越える。その視界に入ってきたのは、動物や人間と思われる、無数の白骨化した死体だった。
「これは酷いな」
そう言ってグニが当たりを見渡す。
「ともかく、目的の塔まで進もう。どこから敵が出てくるかわからないから常に警戒を」
そのグニの言葉と共に、五人はクエイサが眠っていると思われる、一番高い塔を目指して歩いていく。幸い、特に危険な生物や罠に遭うことも無く、塔の前まで辿り着くことができた。
「こういうのって、やっぱりお宝は最上階にあるんだよね?」
塔を見上げながらつぶやくエレアに、アミィが答える。
「宝を盗られないようにするという意味ではそれが最も可能性が高いのではないかしら」
「ということで」
エレアがくるっと顔の向きをメルの方に変える。
「メル、ちょっと上まで飛んできて最上階の様子を外から見てきて」
その言葉に一瞬意味がわからずきょとんとするメル。やがて大袈裟に手の平をぽんと叩く。
「あー! そっか、別に塔の中を上がっていかなくてもいいんだよね」
すぐに飛び立とうとするメルに対し、慌ててアミィが声をかける。
「メル、塔に近付きすぎると魔法の罠がかかっている可能性があるから、一定の距離を保って近付きすぎないようにしてね」
「わかった! じゃちょっと見てくるー」
そう言うとメルは塔の最上階を目指して飛んで行った。メルの姿がだんだんと小さくなっていってやがて見えなくなる。
「メルさん大丈夫でしょうか……?」
先ほどのアミィの言葉に不安を感じたユカヤがつぶやく。と同時に、点のような大きさのメルがどんどんと大きくなって降りてきた。
「ダメダメ。この塔、窓が一つも無いの。外側からは全然中のことはわからなかったよ」
「そうか、ではやはり中から上っていくしかないか」
グニの言葉に頷く四人。扉が開いたままになっている塔の一階へと入っていく。一階は、扉が開いたままだったこともあり、地面は砂にまみれていた。
「中は思ったより小さいね。どんどん階段を上っていけばいい感じかな」
そう言いながらエレアが一階を見回す。
「この階には何も無さそうね。上へ行きましょう」
アミィが答える。五人は、グニを先頭にして二階へと上がっていった。
「あ、扉があるよ」
メルが話したのは、三階へと上がってきてのことだった。それまでの何も無かった一階、二階とは異なり、三階は左右が壁で塞がれた通路の状態となっていて、目の前では扉が閉まっていた。
「みんな、後ろに下がっていて」
そう言うとアミィが先頭に出る。
「アミィ?」
「魔法王国時代の遺跡には、魔法の罠が掛けられていることが多いの。『罠感知』と『罠解除』の魔法を覚えてきたから、ここは私に任せて」
そのアミィの言葉に、エレアは行きの馬車の中でアミィが魔術書を読んでいたのを思い出す。
「ああ、アミィが行きの馬車の中で読んでいたのって」
「ええ、こういうことがあると思って。……正解。罠がかかっているわ。今外すから待っていて」
『罠感知』は特に単語を発することもなく動作だけで唱えたアミィだったが、『罠解除』はより高度な魔法なため、短期間で使いこなすためには呪文の詠唱が必要だった。
「『我が内なる力を持って、その戒めを解き放たんとす。罠解除!』」
アミィの言葉と共に、扉の奥でキィインという魔法音が鳴り響く。
「これで大丈夫なはずよ。さあ、進みましょう」
念の為にグニが先頭となって扉をくぐるが、特に問題なく進むことが出来た。
「これ、魔法で罠を解除しなかったらどうなってたんだろうね?」
そういうメルに対し、グニが目線を下へ落とす。
「恐らく、こうなっていたのだろうな」
メルがグニの目線の先を見ると、そこには床に何かが焼き焦げたような跡が残っていた。
「これって……」
ユカヤもその床を見て、想像したくない光景を思い浮かべてしまう。
「うん、罠を解除せずに入った冒険者の死体だ。床から『発火』と同じ系統の魔力を感じる。たぶん、人間なら一瞬で黒焦げにするような強力な炎の魔法が罠として掛けられていたんじゃないかな」
そう言うエレアも、唇をぎゅっと噛んでいる。そして、一つ息を吐くとアミィに話しかける。
「本当、アミィのおかげだよ。私『罠感知』の存在なんて考えてもいなかったもん」
「私は戦うことはできないから。こういう所でこそ魔法を役立てないとね」
そう言ってエレアに微笑みかけるアミィ。
「さあ、先に進みましょう」
四階に上がったと同時に、五人の目の前に黒い塊が襲い掛かってきた。
「うわあ! 何よ!?」
なんとか襲い掛かってきた影を避けるメル。よく見ると、襲い掛かってきたのは蝙蝠の群れだった。蝙蝠と言っても、メルが住んでいた森にいるような通常の蝙蝠ではなく、自分の身長ほどの大きさの巨大な牙を持っていた。
「あれはオオキバコウモリ。牙で獲物に致命傷を与えてから血を吸う、獰猛な蝙蝠よ!」
長杖を構えながらアミィが叫ぶ。すぐさまグニとメルとエレアがそれぞれの武器を抜き戦闘態勢に入る。
「くっ……!」
グニの星球連接棍は振り回す武器の為、素早く空を飛ぶオオキバコウモリには中々当たらない。向こうの攻撃は強さが無く簡単に盾で跳ね返せるものの、こちらからの攻撃が当たらない。
そんな中、メルとエレアが着実にオオキバコウモリを仕留めていった。メルは同じ空を飛ぶもの同士ということもあったが、エレアが抜群の動きを見せて次々と細剣でオオキバコウモリを突き刺していっていた。少しの攻防の後、誰かが怪我をすることもなく、オオキバコウモリを追い払うことに成功した。
「エレア、腕を上げたな。見事な剣さばきだった」
戦いの中でも常に全体を見回していたグニがエレアに声を掛ける。エレアは鈍色に光る細剣をぼうっと見つめていた。
「ううん、私の腕じゃなくてこの細剣の魔力のおかげだよ。『軽量化』と『正確さ』の魔力付与がされているとは聞いていたけど、『正確さ』はかなりの高魔力で魔力付与されていると思う。まるで自分の腕の延長線上のような感覚で細剣を扱うことができた……」
そうつぶやくエレアの肩に手をやってグニが話す。
「良い武器も腕がないと扱えない。エレアの場合は、良い武器に巡り合ったことで、本来の実力が出せるようになったんだ。自信を持って良いぞ」
「そういうものなのかぁ……。うん、ありがとう、グニ」
その後も、行く先々の扉には全て魔法の罠が仕掛けられていた。アミィが一つずつ丁寧に『罠解除』の魔法で解除していく。
「アミィ、そんなに連続で魔法使って大丈夫? 疲れていない?」
エレアが心配そうにアミィに声を掛ける。アミィは既に『罠感知』と『罠解除』をそれぞれ五回以上は唱えていた。
「ありがとう、大丈夫よエレア。借りてきた魔力石の魔力から先に使っているから」
見ると、拳大ほどの魔力石の、約四分の一くらいが輝きを失っていた。通常の親指大の魔力石なら二個か三個は既に使っている魔力量になる。
「そういえば……アミィさん」
ユカヤがアミィに声を掛ける。
「なあに、ユカヤ?」
「『誘眠』の魔法って、さっきの蝙蝠みたいな動物相手に使えましたか?」
「え、ユカヤ『誘眠』使えるの!?」
驚くエレアにユカヤがはにかみながら答える。
「まだ相手に向かって唱えたことがないので使えるかはわかりませんが、詠唱だけは覚えました」
そう話すユカヤにアミィが答える。
「そうね、『誘眠』は精神のある相手には効く魔法だから、もちろん動物相手にも使えるわ。ただし、『誘眠』のような精神に働きかける魔法は相手が抵抗すると失敗することもあるわ。さっきの蝙蝠のように、獲物を狙って集中している状態の動物には抵抗されやすいという話は聞くわ」
「なるほど……。ありがとうございます! アミィさん」
「さあ、次の階に進むぞ。そろそろ最上階も近くなってきた頃だ」
三人の会話を制すように、グニが声を掛ける。上がっていった次の階は、また通路上になっていて、扉が閉まっていた。アミィが手の平をかざして『罠感知』の魔法を掛ける。
「ん……、おかしいわね。この扉、罠が掛かっていないわ」
「最上階近くで罠を仕掛けないとは考えにくいな」
「もしかしたらこんな所まで来られる人間なんかいないと思って罠は仕掛けていないとか」
エレアの言葉に、メルが右手の人差し指を左右に振りながら答える。
「もう、みんなわかってないなぁ。これは、今までが全部魔法の罠だったからと油断している冒険者に対して、物理的な罠を仕掛けてあるのよ」
「あ、そうか。普通は先に物理的な罠を調べるけど、ここまで来たら物理的な罠なんか掛かっていないと思っちゃってた」
エレアがメルの言葉に感心する。
「しかしどうする? 実際物理的な罠が掛かっていたとして、私達には罠を解除できる者はいないぞ」
グニの言葉に、メルが胸を張って答える。
「ふっふっふ。このメル様に任せなさい。こういうのは酒場で冒険者のお客さんからやり方を聞いたことがあるから」
「え、話を聞いただけ……? 大丈夫なの?」
アミィの心配の声をよそに、メルは意気揚々と扉に近付く。
「たしか、こういう時はここに……、ほらあった。これを切らないように外して……」
そう言いながら作業するメル。だが、糸の仕掛けが難しく、外す前に糸が切れてしまう。
「あっ」
メルが声を発したとほぼ同時に、扉前の左側から大量の矢が飛んでくる。メルは咄嗟に両腕で心臓と顔を庇うが、矢はメルに当たる直前に逸れていく。ソルフィーシアから借り受けていた『回避』の首輪の効果だった。
全身から冷や汗を流しながらメルが後ろを振り向く。
「こ、このように解除に失敗すると毒矢を浴びせられるのです」
「のです。じゃないよ! びっくりしたじゃない!」
エレアが怒った声を出しながらメルに駆け寄る。『回避』の首輪の効果は素晴らしく、一本も矢がメルを掠めてはいなかった。
「皆気を取り直すんだ。おそらくそろそろ最上階のはずだ」
グニの言葉に、皆が気を引き締める。階段を上っていくと、そこは今までの階より天井が高かった。今まではグニが手を伸ばせば届きそうな高さに天井があったが、この階はその倍はある。そして、通路となるような壁はなく、直接塔の外壁が見える造りとなっていた。
「一階と同じような階だね」
メルが感想を言う。しかしグニは緊張した声でそれに返した。
「ああ。だがおそらくここが最上階だ。見ろ」
そう言うグニの視線の先に全員が目を向ける。ぐるっと外壁が見えている部屋の、奥の部分にだけ、その奥とを遮るような扉が設置されていた。そして、その扉の前には台座と石碑があり、台座には美しい女性の胸像のような彫刻が置いてあった。
「綺麗な彫刻です」
ユカヤが胸像を見て素直に感心した様子で話す。しかし、それに賛同するエレアの声の調子は全く異なっていた。
「そうだね。あれだけ美しい彫刻なら、多分相当な能力のゴーレムだ……」
「ゴーレム……?」
ユカヤが聞き慣れない言葉にエレアの方を見上げると、エレアは視線をゴーレムに向けたまま答える。
「古代魔法王国時代に造られた、主人の命令を忠実にこなす魔法人形、それがゴーレム。特に宝物庫の護衛など重要な任務には、ああいう彫刻のような美しいゴーレムが配置されていたんだ」
すると、エレアの言葉に反応したかのようにその胸像の目の部分が光り、胸から上の部分が台座から離れて宙に浮いた。宙に浮いた女性型のゴーレムは、人間のものとは思えない程美しい、しかし威圧感のある声を発する。
「私はクエイサを守護するもの。クエイサの主人たる資格のある方のみここをお通り下さい」
ということで、次回はゴーレムと五人の攻防となります。
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