宝玉の伝承 ~ユクリプス図書館~ 2
第5章「宝玉の伝承 ~ユクリプス図書館~」の2話目となります。
アミィが見つけた本は、古代魔法王国時代の戦記だった。
「すごい、よく見つけたねアミィ」
そう声を掛けるエレアにアミィが答える。
「あの死霊術師が求めているのが悪い力なら、それはかつて戦争で使われていたものじゃないかと思ったから、戦記ものを中心に調べていたの」
「なるほど」
アミィの推察力にエレアは感嘆する。ユカヤにもわかるように、アミィが小さな声で戦記の該当部分を要約しながら読み始める。
「古代魔法王国時代、魔法は今よりも重要視されていて、魔術師が支配階級、魔法を使える人間が平民、そして魔法を使えない人間は蛮族と呼ばれ奴隷同然の扱いを受けていた、というのはユカヤも聞いたことあるかしら」
「はい、村長さんに歴史の勉強で教えてもらったことがあります」
「ある時、大陸の東部で大規模な蛮族の反乱があったの。蛮族と言っても同じ人間だもの、魔法は使えなくても頭の切れる人はいるわ。一人の族長の下に起こった反乱はやがて付近の蛮族達の一斉蜂起という形になった。その族長は奴隷として働かされている間に、町を防御する魔法装置の場所を調べていたの。そして、魔法装置を壊して無力化することで、魔法装置による守りに頼りきって油断していた町を占領したの」
「古代魔法王国時代は武器を持つこと自体が魔術師の中では野蛮で低俗なこととされていたらしいから、魔法装置が無くなったら戦う術を知らなかったんだろうね」
エレアの相槌に頷いて、アミィが読み続ける。
「その族長は、町を要塞化して、周辺の蛮族達にも蜂起を呼びかけたの。魔術師達は町を取り戻そうとしたけれど、蛮族達は自分で魔法は使えなくても、魔力付与された武器の使い方は奴隷として働かされている間に覚えていた。だから町の中に残っていた魔法の武具で抵抗することで魔術師達を撃退し、ついには二巡り(二週間)の間町を守り抜いた」
「それだけ守り抜いたら周辺の蛮族も蜂起しそうだね」
「そう、だから王国もこれ以上は待てないと、ある魔術師に町の奪還を依頼したの。その魔術師の家系は代々『クエイサ』と呼ばれる宝具を用いて強大な魔法を唱えることができたらしいわ。その魔術師はクエイサによる魔法で今まで魔術師達が束になっても破れなかった街壁を一撃で破壊し、一夜にして蛮族達を抹殺、町を奪還した。……クエイサの記述はこれだけよ」
アミィの話に対し、エレアが言葉を続ける。
「つまり、クエイサというのは特別な血筋の魔術師しか使えない魔力石のようなものということ?」
「読んだ限りだとそのようね。あの死霊術師がユカヤをクエイサの鍵、って言っていたのは、ユカヤが半竜人だからその特別な血筋の代わりにクエイサの魔力を発動させられると考えたんじゃないかしら」
「怖いです……」
ユカヤがそうつぶやくと、エレアがユカヤの手を握る。
「大丈夫だよ、ユカヤをそんな魔法の道具なんかに使わせないから。それにしても、なんであいつはあれだけ強力な魔術師なのにそんな力を求めるんだろう。戦争でも始めるつもり?」
エレアの言葉に、アミィが答える。
「目的はわからない。でも、強力になればなるだけ、追い求めるものも高くなってしまうことは、そんなに珍しいことではないと思うわ」
「うーん、そうなのかなぁ」
「だって、私の目の前にいるもの。そういう人が」
そのアミィの言葉に一瞬意味がわからずきょとんとするエレア。エレアが何かを言おうとする前にアミィが言葉を続ける。
「さあ、そろそろ閉館の時間だわ。帰りましょう」
「あ、あの、アミィさん」
本を締まって帰ろうとするアミィに、ユカヤが声を掛ける。
「なあに、ユカヤ?」
「ここの本って借りられないんですか?」
「え? そうね。本って高価で貴重なものだから、借りられるとしたら何冊も複写されている本くらいじゃないかしら。『初級魔法教本』ならさっき何十冊もあるのを見かけたから貸し出ししていると思うけど……」
その言葉に笑顔を見せるユカヤ。
「じゃその本を借りていきたいです! 少しでも魔法の勉強をしたいから」
「でもいくら初級とはいえ書かれているのは全部古代神聖語よ? 今日読んだ本で古代神聖語が難しいのはわかったでしょう?」
そう言うアミィにユカヤが答える。
「大丈夫です。今日一日読んでいたので、簡単なものなら読めるようになりました。難しい単語は教えてください」
「えー! 一日本を読んだだけで古代神聖語が読めるようになったの!?」
「はい、少しだけですけど」
驚くエレアに、ユカヤが少しはにかみながら答える。
帰り際、受付で本の貸し出し手続きを行う。
「はい、『初級魔法教本』の貸し出しですね。ふふ、魔術師になりたてで早速勉強ですね」
受付の女性魔術師は笑ってユカヤに話しかける。
「あ、はい。がんばります」
正確には魔術師になっているわけでもないものの、ユカヤも早く勉強がしたくてたまらないという表情で受付の女性に返事をする。
「でも本当に私なんかすぐに抜かされちゃうかもね。私、初級教本の魔法半分くらいしか覚えてないし」
『薫る椎茸亭』への帰り道、エレアがそう軽口を叩く。
「エレアは覚えるときがあっという間だから、ちょっとでも時間がかかると覚えるのを止めちゃうんじゃない」
アミィがそう言って怒ったような顔をする。その表情を一転させて微笑むと、ユカヤに向けて話す。
「ユカヤの生まれ持った魔力は、私やエレアよりもずっと大きいの。大陸の大国の宮廷魔術師になっている半竜人の話は私も聞いたことがあるから、勉強したらきっと凄い魔術師になれると思うわ」
その言葉に、ユカヤがちょっとうつむきながら答える。
「私はそんな……、ただ少しでも皆さんの役に立てるようになりたくて……」
「うん、わかるよユカヤの気持ち」
ユカヤの言葉に反応したのはエレアだった。
「私も、みんなに助けられてばかりだけど、少しでも自分がみんなの役に立てるようになりたい」
「エレアさん……」
「さ、薫る椎茸亭へ急ごう。きっとメルとグニが待ってるよ」
三人が『薫る椎茸亭』へ戻ると、酒場でメルとグニが調合酒を飲んでいるところだった。
「三人とも遅ーい」
そう言ってメルが二対の羽根のうち、蜻蛉の羽根だけをバサバサを揺らせる。
「ごめんなさい、メル。でもクエイサに関する情報は見つけることができたわ」
「こっちもバッチリ情報仕入れてきたよー」
「ではそれぞれの情報を出し合おうか」
グニの言葉に、それぞれが情報屋と図書館で手に入れたクエイサに関する情報を話し出す。
「つまり、クエイサはある魔術師の家系だけが使える魔力を増大させる宝具で、南部砂漠遺跡の塔にクエイサがある可能性が高い、と」
エレアが双方の出した情報をまとめる。
「そうと決まれば、明日一日は南部砂漠の遺跡に関して事前調査だね。そもそも南部砂漠自体話にしか聞いたことがないからまずは気候とかからかなぁ」
そう話しを続けようとするエレアに、グニが制止の言葉を掛ける。
「エレア。エレアは私達がそのまま南部砂漠の遺跡まで行くのが前提で話しているようだが、これだけの大事だ。ここのマスターや私の族長など、他の経験のある特務隊に今後は託される可能性も高い」
「冒険者が一人残して皆殺し、っていうのは穏やかじゃないよね」
そうメルも続ける。しかし、エレアの心は揺るがなかった。
「たしかに今後のことは私達には荷が重いとソル様に判断されるかもしれない。でも、何もしないであと一日を過ごすよりも、できるだけのことはやってからソル様に報告したいんだ」
そのエレアの言葉に、グニも納得をする。
「わかった。では、明日は皆で南部砂漠遺跡について調べよう。組分けは今日と一緒で、私とメルで街中での情報収集、エレア達は図書館で南部砂漠について調べてくれ」
「わかったわ」
アミィが頷く。
「じゃ明日はそういうことで。今日はとりあえず飲もう! マスター、調合酒人数分~」
メルがそう言ってカウンターへ飛んでいった。
翌日、メルとグニは酒場や武器屋など、冒険者達が集まる場所での聞き込みを行った。エレアとアミィとユカヤは魔術師ギルド図書館で南部砂漠の気候や生態などの載った地理書や遺跡について書かれた伝承などを調べた。
夜、双方が集めた情報をまとめた五人。南部砂漠は遺跡に辿り着くまでの間の砂漠地帯に危険で獰猛な生物が生息しているため、遺跡自体がまだ手付かずや未発見のものも多い。そのため冒険者達の間では、グラディナダ最後の財宝の在り処として認識されているということがわかった。この日は、明日のソルフィーシアへの報告が待ちきれないということで、五人ともいつもより早く床に入った。
「おはようございます」
エレアが検問所の魔術師に挨拶をする。
翌朝、今回はメルをしっかりと叩き起こして朝一番で昇降城へと並んだ五人は、ほとんど並ぶこともなく検問所まで来ることができた。
「君達か。おはよう。今回は上へ上がったらレイラに一声だけ掛けてそのまま城へ行って大丈夫だ」
そう話した検問所の魔術師が、ユカヤの存在に気付く。
「おや、その子は……?」
「この子は、今回の"任務"の関連で直接ソル様にお会いさせたくて。悪い子では絶対ないので『敵感知』でも『読心』でも掛けてもらって大丈夫です」
そう話すエレアに苦笑して返す魔術師。
「『敵感知』は既に掛けさせてもらっているよ。しかし凄い魔力だね、その子。本気で抵抗をされたら私の『敵感知』や『読心』でも失敗してしまいそうだ」
通常、相手の精神に働きかける魔法は、相手が抵抗をすれば失敗することもある。それが、高い魔力を持った魔術師が相手だった場合、より抵抗されやすくなる。
「この子は抵抗とかしてないから大丈夫です!」
「わかっているよ。ほら、後ろがつかえるから上がって」
そう言われて昇降城へと上がっていく五人。
「一巡りぶりね、みんな。今回は一人多いのかな」
昇降城地区へ上がると、前回同様レイラが出迎えてくれた。
「今回は案内しないから、自分達でお城まで行って、前回と同じ部屋で待つようにして」
「わかりました」
そう言って頭を下げるグニ。五人はソルフィーシアの居城『天高きアイロア』までの中庭を歩いていく。初めて昇降城地区を見るユカヤが、目を輝かせながら中庭の花壇や噴水を見る。
「すごい綺麗です! ユクリプスの街も人が多くてびっくりしたけど、お城もこんなに綺麗だなんて……」
「綺麗だよね。私も初めて見たときビックリしたもん」
メルが答える。自分も一度しか来ていないのに、さも常連であるかのように城の中の説明などをユカヤにし始めるメルだった。
「さて、今日はどれくらい待たせれるやら」
『天高きアイロア』に入り、前回と同じ客間に着いたエレアが椅子に座りながらつぶやく。その横では、ユカヤがメルと一緒に部屋の調度品を見て回っている。
「あ、いらっしゃったわ」
アミィがその魔力の波動に気付いてつぶやく。その時、ユカヤもびっくりしたような顔をして扉の方に振り向いた。
「アミィさん、この感覚って……」
「やっぱりユカヤも魔術師の素質があるから感じるのよね。そう、これが魔術師ギルド長のソルフィーシア様の魔力波動よ」
そうアミィが話し終わったところで、扉が開いた。
「一巡りぶりね。初任務お疲れ様でした」
部屋に入ってきたソルフィーシアが開口一番に労いの言葉をかける。
「今日は少し長めに時間が取れるから、ゆっくりと話を聞きましょうか。ただのゴブリン退治で終わっただけではないみたいだから」
そう言ってユカヤの方を見るソルフィーシア。ユカヤはおそらく生まれて初めてであろう、自分よりも強い魔力波動を持つソルフィーシアに完全に圧倒されていた。視線を向けられただけで思わず俯いてしまう。
「あら、怖がられちゃったかしら? どうかリラックスしてね。果実酒でも用意しましょうか」
そう言って前回同様ソルフィーシアは魔法で人数分の果実酒を用意する。椅子に座った状態で、グニが報告を始めた。
「……わかりました。まずは簡単な任務のはずが大変なことになってしまったことを謝ります。そして、ホルナの村を救ってくれてありがとう」
そう言って頭を下げるソルフィーシア。グニが生真面目に返答する
「いえ、できることをしたまでです」
「それでもあなた達が居なければ、ホルナの村自体が全滅してしまっていたでしょう。見事、特務隊としての務めを果たしてくれました」
「それで、この子のことなんですが……」
そう言ってエレアがユカヤの方を見る。それに気付いたソルフィーシアが答える。
「そうね、ホルナの村に半竜人の子がいるなんて私も知らなかったわ。魔術師が行けば波動で気付いたのでしょうけど、ホルナの村に商人以外の外部の人間はほとんどいかないでしょうからね」
「ユカヤは、ソル様の方で保護して頂けるのでしょうか」
そのアミィの問いかけを、ソルフィーシアはあっさりと否定する。
「それは駄目。この子はあなた達が責任を持って守りなさい」
「えー、どうして駄目なんですか?」
メルが不満そうに言う。てっきりソルフィーシアは快く保護を引き受けてくれると思っていたのだ。そんなメルに向かってソルフィーシアが答える。
「たしかに昇降城地区は安全よ。魔法による障壁も備えているので、その死霊術師も入ってくることすらできないでしょう」
「それなら……」
「でも、昇降城で保護するとして、この子の生活はどうなるの? 昇降城の中で働いている人はみんな自分の仕事があってこの昇降城の中にいるの。面倒を見てあげられる余裕のある人はいないわ。安全の代わりに孤独を強いることになってしまってもあなた達はいいの?」
「う……」
そう言われて言葉に詰まってしまうメル。そこに返答したのはエレアだった。
「ソル様、ユカヤは私達がしっかりと守ります。その代わりに、一つお願いがあります」
「お願い? 何かしら」
聞き返すソルフィーシアにエレアは答える。
「先ほどグニが話したクエイサが眠っている遺跡の探索に、私達を行かせてください! ユカヤを守ることも含めて、今回の件は自分達で最後まで片を付けたいんです」
そう言って真っ直ぐソルフィーシアと目線を合わせるエレア。しばらくその視線を受けた後、ソルフィーシアがゆっくりと頷いた。
「わかったわ。本来、南部砂漠の遺跡探索という危険な任務に新米のあなた達を行かせることはしないのだけど……」
「ありがとうございます!」
喜ぶエレアに忠告するソルフィーシア。
「その代わり、今回の任務はクエイサの入手を最終目的とはしません。もしクエイサについて何の情報も得られなくても、必ず全員が生きて帰ってきなさい。少しでも命の危険を感じたら引き返してくること。わかったわね?」
「はい、ソル様!」
「それでは、少しでも補助をするわ。『魔力付与』武具の保管庫へ行くから全員付いてきて」
そう言ってソルフィーシアが席を立った。
というわけで、次話より五人は南部砂漠遺跡の探索に入ります。
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