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宝玉の伝承 ~ユクリプス図書館~ 1

今回より第5章「宝玉の伝承 ~ユクリプス図書館~」に入ります。

 それは、重い時間だった。

 死霊術師とその召喚したゾンビやスケルトンにより殺された村人達を埋葬するため、グニ、メル、エレアの三人は残った村人達に混じって土を掘っていた。

 その間、アミィは傷を受けたが一命を取り留めた者に対して『治癒』の魔法をかけていた。アミィの魔力ではとっくに限界がきてもおかしくない数の『治癒』を、アミィは自らの精神力を削りながらも掛け続けた。


「どうか、今晩はゆっくりと休んでくだされ」

 四人は、村で唯一の宿屋に案内され、そこで一夜を過ごすこととなった。万が一、さきほどの死霊術師がまたやって来ることを考え、半竜人の少女ユカヤも四人と一緒の部屋で寝る。

「みんな疲れたでしょう。今日は早めに寝ましょう」

 そう言うアミィにエレアが返す。

「いや、どう見ても一番疲れたのはアミィでしょう。あれだけの『治癒』を使ったんだから」

「ともかく今日は早く寝て、明日は早めに出発しよう」

 グニの言葉に、皆が寝る準備を始める。ふと、エレアがいつも真っ先に寝に入るメルが静かだなと思って見ると、メルはユカヤの元にいた。

「ユカヤちゃん、怖い? まだ私達自己紹介といっても名前を言っただけだもんね」

「あ、えっと……メルさん。ありがとうございます。大丈夫です、ただちょっとこうやって大人数で寝るのって初めてなので緊張しちゃって」

 そう言って寂しげな笑みを浮かべるユカヤ。

「それよりも、皆さんの方が私のこと、怖くはないんですか? ……その、私普通の人間じゃないですし」

 よく見ると、ユカヤには緑色の竜のような尾の他に、頭には小さな角も生えていた。長い尾と小さな角が、半竜人の外見上の特徴だった。

「そんなこと言ったら私なんかピクシーだしグニはヴァルキュリネスだもん、そんなの全然気にしてないよー」

 そう言って笑うメル。やがて、すっとユカヤの胸元に飛んでいくと、両手を首の後ろに回す。人間同士なら正面から抱きしめている状態である。

「色々あったけど、これからは私達がユカヤちゃんを守ってあげるからね。安心していいんだよ……」

「メルさん……」

 その小さな腕の温かさに、ユカヤは張り詰めていた緊張の糸が切れて、静かに嗚咽を漏らしながら泣いたのだった。


 翌朝。村長から水と保存食を受け取った四人とユカヤは、ユクリプスに向かって出発した。

 帰りは、行きのゴブリン遭遇のような突発的な出来事もなく、森での一夜も問題なく過ごし、翌日の夕方にはユクリプスに無事帰ってくることができた。

「うん、ユカヤちゃんはとりあえず私の部屋で寝て。ちょっと狭いけど、昇降城が降りてくるまでの間だから我慢してね」

「ありがとうございます、メルさん」

 ユクリプスに帰ってきた五人は、メルが踊り子として働いている酒場兼宿屋『薫る椎茸亭』に来ていた。酒場のマスターであるオリゲンはソルフィーシアの特務隊の一員であるため、理由を話したらユカヤの滞在を許可してくれた。

 

「さて、昇降城が降りてくるまであと二日あるわけだが、どう過ごすか」

 全員が荷物を部屋に置いてきたところで、グニが話を切り出す。

「とりあえずユクリプスの街中だと、あのユカヤちゃんを襲った魔術師は現れないとは思うけど、やっぱりユカヤちゃんを一人にするのは危険だよね」

 メルのつぶやきに、ユカヤが少し雰囲気に慣れてきたのか、言葉を返す。

「あ、ユカヤでいいです。もうすぐ十三なのでちゃんを付けられる年齢でもないですから」

「あ、そうか。でも良かった、ユカヤが見た目通りの年齢で。半竜人って普通の人間よりずっと長寿なんでしょ? 実は百歳でしたとか言われたらどうしようかと思った」

 そう言って笑うメルに、ユカヤも少し笑いながら答える。

「私も自分以外の半竜人に会ったことがないのでわからないんですけど、二十歳くらいまでは普通の人と変わらなく成長して、そこから外見の成長速度が遅くなるらしいです」

「でも、二日間街でじっとしているのもなんだよね」

「そのことで提案があるのだけれど……」

 エレアのつぶやきに対してアミィが返す。その言葉に皆がアミィの方を向く。

「あの死霊術師がユカヤちゃ……、ユカヤを攫おうとしたとき、『クエイサの鍵の代わりになる』と言っていたの。おそらくあの死霊術師は元々ユカヤを襲おうとしていたのではなくて、クエイサの鍵、もしくはクエイサそのものを探すのが目的だったはず」

「クエイサか、聞いたことの無い言葉だな」

 そうつぶやくグニに、アミィが話を続ける。

「ええ、だから昇降城が降りてくるまでの間、クエイサについて調べてみるというのはどうかしら」

「調べるといってもどうするのだ?」

「調べるといえばまずは聞き込みでしょ! ちょっと回ってくるね」

 そう言うと、メルはひらひらと飛んでいき、各テーブルの注文を取って回る。その中で、客と雑談を交わしながら、さりげなくクエイサという単語に聞き覚えがないかを聞いていた。普段から売り子をしているだけあってその話術は巧みだった。


「うーむ、やっぱりその辺のお客さんに聞いてすぐに情報は出ないわね」

 少しの間売り子で飛び回っていたメルが四人が待っているテーブルに戻ってくる。

「まあ、色々旅をしているグニが知らないんだから、その辺のお客さんも知らないだろうね」

 エレアの返しに、メルがはっと何かを思い出したように手の平をぽんと叩く。

「そうだ! すぐ近くにいるじゃない。何でも知ってそうな人が」

「え、誰?」

「うちのマスターだよ!」

 そう言うとメルはこの酒場のマスターであるオリゲンの元に飛んでいった。

「ねえ、マスター。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ、メル」

「マスターはクエイサって言葉を聞いたことある?」

「クエイサ……知らないな。それがどうかしたのか」

 調合酒を作りながらオリゲンが答える。

「さっき話した、村を襲った悪い魔術師が狙っていたのがそのクエイサっていうやつみたいなの」

「ふむ。そうすると魔術儀式の道具か何かだろうな。お前達、せっかく魔術師がいるんだから魔術師ギルドで聞いてみたらいいじゃないか」

「あ、そっか」

「あとは、ユクリプスにある情報屋に聞いてみるという手もあるがな」

「ああ、お客さんから聞いたことがある。冒険者の人とかから情報を売り買いしている所でしょ?」

 メルは仕事柄、酒場にやってくる客と雑談をする機会が多いため、冒険者の客からその手の話を聞いたことがあった。

「でもたしか情報屋って一見さんお断りで、こちらから情報を持っていかないと情報を聞くだけはできないんでしょ」

「まあそこはオリゲンの紹介ということで俺の名前を使っていいぞ」

「えー、だったらマスターが直接聞いてくれれば早いのに」

 その発言に、オリゲンは調合酒を作る手を止めてメルの方を見る。

「あのな、メル。特務隊に選ばれたんなら自分達のことは自分達の手でどうにかしろ」

「う、うん……」

 その真剣な眼差しに、メルは返事をすると四人の元へ戻っていく。


「というわけで、ユクリプスの魔術師ギルドと情報屋を当たってみるということでどうかな?」

 メルが四人の待つテーブルに戻ってきて、オリゲンと話した内容をまとめて伝える。

「そうだな、では全員で先ずはどちらを先に行こうか」

 そう話すグニの言葉を、メルが両手を大きく振って遮る。

「ダメダメ。情報屋は魔術師に魔法で心の中を読まれちゃったら商売にならないから、魔術師が行くのは厳禁だよ。私とグニが情報屋、エレアとアミィが魔術師ギルドで二手に分かれて行動しよう」

「でも、ギルドに行ったところで師匠(マスター)の紹介状も持っていない私達が行ってもまともに話は聞いてもらえないと思うけど」

 エレアの言葉にメルが返す。

「それこそソルフィーシア様の特務隊なんだもん、ソル様の名前出しちゃえば?」

「いや、名前出してもいいのか確認も取っていないのに勝手に使ったらまずいでしょ。それにソル様って魔術師ギルド長だよ? 逆に名前を出したら大事になっちゃってまずいことになりそう」

「あら、別にギルドに行っても情報を聞きだす必要は無いんじゃないかしら」

 エレアの発言に、アミィが返す。

「ここユクリプスの魔術師ギルドには、かなり大規模な図書館が併設されているわ。魔術儀式のことなら自分達で本を読んで調べればいいじゃない」

 まだ文字を読める者が少なく、本という概念が一般的ではない時代だが、魔術師達は魔法の伝承のため、その技法や伝承を本の形でまとめていることが多かった。大きな魔術師ギルドには図書館が併設されていることも多い。ここユクリプスは特に大きなギルドのため、もちろん図書館は併設されていた。

「じゃそういうことで。あ、ユカヤやエレアとアミィ組ね、情報屋のある場所ってちょっと裏手の路地に入っていくから危険がないわけじゃないし、情報屋の人には半竜人だってばれちゃいそうな気がするから」

 そう話しながらユカヤの格好を見るメル。ユカヤは、床まで届きそうな長いスカートの中に尻尾を丸めて入れて隠し、頭には角が見えないよう帽子を被っていた。情報屋へ行くには明らかに怪しい服装になってしまう。

「わかりました。エレアさん、アミィさん、よろしくお願いします」

「では今日はもう寝て明日は二手に分かれて行動しよう」

 グニの言葉で、その日は解散となった。


 翌朝、メルとグニの二人はユクリプス市街南西部の裏小路を歩いていた。ユクリプスはこの時代としてはかなり治安の良い町であったが、二人が歩いている道はいかにもな目付きの良くない人間が道端にたむろしているような場所だった。共に人間ではないとはいえ女性が二人、グニが武装をせずに普段着で歩いていたら間違いなく声を掛けられたであろう。

「あ、ここだ」

 メルが左手前方を指さす。そこには一見すると武器屋のような盾と剣の描かれた看板のかかっている建物があった。しかしよく見ると、看板には盾と剣を囲むように縄が描かれている。

「すみませーん」

 メルが躊躇せずに店の扉を開ける。中は、店というような空間はなく、入口すぐにカウンターのような形で男性が座っていた。

「ん、ピクシーにヴァルキュリネスか。ここがどういう店か知っていて来たのかい?」

 男はメルとグニを一瞥すると、二人の顔は見ずに服装や装備などを値踏みしながらそう尋ねてきた。

「情報屋でしょ。『薫る椎茸亭』のオリゲンの紹介できたの」

 メルの言葉に、男はちょっと驚いたような顔を見せる。

「オリゲンの。そういえば酒場でピクシーを雇っているって言っていたな。何のようだ?」


「あのね。情報を教えて欲しいの。『クエイサ』っていう単語なんだけれど、何かこの言葉に関する情報はないかしら」

 メルが単刀直入に切り出す。言葉を聞いた反応を見ようとしたのだが、そこは本職の情報屋である。一切表情を変えずに返答する。

「オリゲンから聞いてると思うが、ここは基本料金が100ガル、追加で情報が聞きたければさらに200ガルで合計300ガルだ。どこまで聞きたい?」

「なら300ガルを出そう。情報はできるだけ聞きた……」

 素直に全額を払おうとするグニに対し、メルが慌てて制止をかける。

「待った待った! ねえおじさん、私達も情報を持ってきているの。基本料金は払って、追加情報分はその情報と引き換えでどう?」

 その言葉に驚いた表情を見せ、メルの方を見るグニ。メルはグニにだけ聞こえるように小声で話す。

「(いいから任せて。こういうのはお店のお客さんからやり方を聞いているから)」

「ほう、情報か。ではその情報から教えてもらおうか」

 情報屋の言葉に、メルが頷き話し始める。

「ええ。ユクリプスから北東に行ったところにホルナの村ってあるでしょ? その村が何者かに襲われたみたいよ」

「ほう、その情報は確かだろうな?」

「ええ。あと数日もすればホルナの村へ行った商人から同じ話を聞くはずよ。私達はたまたま旅の途中でホルナの村に寄ったら村が荒らされていたの」

 メルが、うまく大事な部分は隠し、作り話も混ぜながら情報を提供する。死霊術師に襲われたというところまでは話さない方が良いと判断していた。

「この情報と引き換えで、クエイサについて教えてもらえるかしら」

「そうだな……。少し前に、南部砂漠の古代魔法王国遺跡群に財宝を探しに行った冒険者が、ある遺跡で仲間を皆殺しにされながら一人逃げ帰ってきた。そいつが話していたのが、クエイサの守護者ってやつに仲間が全員殺されたんだとさ」

 その情報を元に頭の中を整理するメル。グニは、もうこの場は完全にメルに任せることにしていた。

「南部砂漠遺跡……クエイサの守護者……。ねえ、その遺跡って具体的にどこだったかまでは聞いていない?」

「おっと、これ以上は追加料金をもらうぜ」

「ということは情報はあるのね? ねえ、私達多分その遺跡に行くことになると思うわ。その時の情報を真っ先に提供するという約束でどうかしら?」

 メルの話に、情報屋がやれやれといった顔をする。

「お前さん中々話がうまいな。ピクシーっていうのはみんな話上手なのかね。いいだろう、遺跡は、南部砂漠の遺跡群の中でも一番高い塔だったそうだ」


 同じ頃、エレアとアミィとユカヤは市街地の北東部にある魔術師ギルドに来ていた。北東部一体は魔術師ギルドに関連した建物が並んでおり、一種独特の雰囲気があった。

「ここが図書館ね」

 アミィがそう言って立ち止まった場所は、魔術師ギルドの本部と同じ通りに並んだ大きな建物だった。建物の大きさだけならギルド本部よりも大きい。三人が扉を開けて中へ入ると、そこには受付らしき場所があり、銀髪に銀色の目をした女性が立っていた。女性が三人に対して話しかける。

「ようこそ、ユクリプス図書館へ。三名様とも魔術師のようですが、ギルドの証明札はお持ちですか?」

「あ、はいここに」

 そう言ってエレアとアミィが腰の皮袋から魔術師ギルドの一員であることを示す証明札を見せる。それに対し、証明札など持っていないユカヤが困っていると、そのことに気付いたエレアが受付の女性に話しかける。

「すみません、この子最近魔術師になったばかりでまだギルドに入っていないんですが、うちの師匠のところの子なので一緒に見てもいいですか?」

 完全に口から出任せの発言だったが、受付の女性は納得してくれたようだった。笑顔で答えてくれる。

「そうなのですね。なりたてでそれだけの魔力波動を持っているなんて将来有望ですね」

「あ、ありがとうございます」

 そう言ってぺこりとお辞儀をするユカヤ。エレアはお辞儀の拍子に帽子が落ちるのではないかとハラハラしてしまう。

「では、館内ではお静かにお願いします。何かありましたら私までご質問ください」


「うわぁ、部屋中全部本だ……」

 エレアが声を小さくするよう気を付けながらも、それでも驚きのあまりにつぶやいた。

「そうね、工房の書棚とは規模が全然違うわね」

 アミィもエレアの言葉に続ける。二人の住んでいる工房も、もちろん魔術師の工房なので魔術書を置いた書棚はあるのだが、ユクリプス図書館は、工房を何十倍にもしたような広さの空間全てが書棚で埋まっていた。

「私は歴史書を調べるから、エレアは死霊魔法の本を調べて。おそらく可能性が高いのはその二つだと思うわ」

「わかった。ユカヤは暇だろうけどしばらく待っててね」

 そのエレアの言葉に、ユカヤが話を切り出す。

「あの、エレアさん。ここって魔術師の図書館だから文字は全部古代神聖語なんですよね?」

「うん、そうだと思うよ?」

 魔術師は、普通の人間が話す共通語とは異なる、古代魔法王国時代に使われていた古代神聖語と呼ばれる文字を使って魔術書や歴史書等を書いていた。そのため、古代神聖語の読めないユカヤでは調べるのに参加できないので待つように言われたのだった。

「あの、共通語で書かれた古代神聖語を勉強する本、ってありますか?」

「え、どうだろう。これだけ広いから多分あるとは思うけど」

「私、村長さんに読み書きを教わっていたので共通語なら読めるんです」

 この時代、都市部でも文字の読み書きができる者はそう多くはなかった。ましてや、ホルナのような村だと、村長他数名の者しか読み書きはできないという村落も多い。エレアも、てっきりユカヤは読み書きができないものと思っていた。

「じゃさっきの受付のお姉さんに聞いてみよう。でも、古代神聖語は難しいよ? アミィも私も覚えるのに数年かかったんだから」

 そう言うエレアにユカヤが喜んで答える。

「はい、ありがとうございます!」

 そうして延々とした調査が始まった。死霊魔法に関する本はあまり多くは無く、日が降り始めた頃からはエレアもアミィを手伝って一緒に歴史書の棚を探すようになっていた。その間、ユカヤは一心不乱に古代神聖語の教本を読んでいた。


「見つけた……」

 日も沈みかけ、図書館も閉館になろうかという時間に、アミィがつぶやく。ついにクエイサという単語の記述がある歴史書を見つけたのだった。


ということで、次回、歴史書に載っていたクエイサの伝承が明らかになります。

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