半竜人 ~ホルナの村~ 2
第4章「半竜人 ~ホルナの村~」の2話目となります。
黒い外套の死霊術師が、絶命したガスと呼ばれた男性の頭を踏みにじる。
「……ッ!」
エレアが激昂して死霊術師に向かって行こうとするが、アミィがエレアの右肩を掴んでそれを静止する。
「まだ残りの二人に危害を加える気配はないわ。もう少し話を聞きだしましょう」
その言葉に、エレアも冷静さを取り戻し、気配を消して死霊術師と村長、少女の三人の会話を聞き取ることに集中する。
「この子が目的なのか」
村長の問いかけに、死霊術師が顔を少女の方へ向ける。少女は恐怖でその視線を切ることもできずに血の気が引いた顔となり、膝もがたがたと震えている。
「何か財宝でもないかと行ったゴブリンの巣が空振りで、手ぶらで帰りかと思えば、まさかこんな辺鄙な村で半竜人を見つけるとはな」
その言葉にエレアが注意して少女を見ると、なんと少女には蜥蜴や竜のような「尾」が付いていた。あらためて感じる魔力の波動の強さは、目の前の死霊術師以上にも感じられる。
半竜人とは、その名の通りに半分竜族の血を引いた人間のことである。ただし、正確には自分の直接の親が竜ということではない。邪神戦争時代よりもさらに昔、現存する竜族の上位種と言われる古代竜達は人間に似た姿に変化し、人間やエルフ、ドワーフ等との間に子供を儲けた。半竜人とはいうものの、人間だけではなく半竜人のエルフや半竜人のドワーフなども存在する。しかし、なぜか理由はわかっていないが、古代竜との間に生まれるはずだった子供は、何十世代、何百世代という時を越えて、今の時代に急に生まれてくるのである。直接の親が竜ではないとはこのためである。半竜人は、竜の血を引くことから元の種族に比べて肉体的にも精神的にも極めて優れていて、魔法の素質でも普通の魔術師を遥かに凌ぐものを持つ。そのため、半竜人は名高い要職に付いていることが多い。大陸の西半分を支配下に治めるバーツ帝国の現皇帝や、大陸最強の戦士と名高い竜騎士の村の族長など、有名な半竜人は遠く大陸から離れたグラディナダでもその名を轟かしている。ただし半竜人という存在自体が非常に稀有なため、大陸全体でも羊皮紙一枚の名簿で管理できる人数しか存在しないとされ、グラディナダに半竜人が存在するという話は聞いたことがなかった。
しかし、どういう理由にせよ、その尾が生えているという外見と、非常に強い魔力の波動から、目の前の少女が半竜人であるという事実は疑いようがなかった。死霊術師の目的はこの半竜人の少女なのかとエレアは考えた。しかし、先程の会話だと偶然この少女を見つけたような口ぶりだった。
「半竜人ならば、もしかするとクエイサの鍵の代わりが務まるかもしれぬ。これは良い見つけ物をしたものだ」
アミィは、死霊術師の会話の中の「クエイサの鍵」という言葉を心に焼き付けた。おそらくはこれがこの死霊術師の本来の目的なのだろう。
「というわけだ。素直にその半竜人を我に渡せばお前の命になど興味はない」
冷徹に言い放つ死霊術師に対し、村長は少女を後ろに庇って言い返す。
「お前のような邪悪な魔術師にユカヤは渡せん!」
ユカヤと呼ばれた半竜人の少女が頼もしげに村長の顔を見上げる。しかし、まもなくその顔が再び恐怖に包まれる。
「なるほど、邪魔をするということだな。ならば死ね」
そう言って村長の方へ歩き出す死霊術師。これ以上は会話を聞き出せないと悟ったエレアがすかさず走り込む。
「待て!」
その言葉にエレアの方を振り向く死霊術師。フードに覆われた下から覗くその顔は、平凡だがやはり中性的で、男性なのか女性なのかはわからなかった。
「なんだ貴様は?」
そう言って身体もエレアの方を向く死霊術師。エレアは無言のまま腰の細剣と左手用片手剣を引き抜き構える。
「今すぐ死者達を元に戻しなさい!」
細剣を死霊術師の方に向け、そう叫ぶエレア。しかし死霊術師はエレアの方を見ながらクックッと引き攣った笑い声を出す。
「ひよっ子魔術師が剣士の真似事か。どこの馬の骨かは知らぬがそれならこちらも相手をしてやらねばな」
向こうも魔術師、エレアから波動を感じとって魔術師だと判断したのだろう。死霊術師はそう言うと、右手の指を真っ直ぐに伸ばしたまま、右腕をすっと斜め下に伸ばす。すると、右手の指先から青白い光が剣のように地面すれすれの位置まで伸びる。
「『死の剣』……!」
エレアの後方に下がったアミィが叫ぶ。エレアもその声に反応してぐっと重心を下げて構えを深く取る。『死の剣』は『死の手』の上位魔法で、生命力を吸い取る力を剣の形に具現化できるというものである。死霊魔法だけでなく、全魔法を通してもかなりの高難度に位置する魔法である。それはすなわち目の前の死霊術師が強敵であることを示していた。
じりじりと間合いを詰めていくエレア。一方の死霊術師も『死の剣』を胸の高さに構える。
「ハアアアァッ!」
気合と共にエレアが細剣の突きを一閃する。相手は盾を持っていなければ鎧も着ていない。身体のどこかに細剣を突き刺すことができれば、傷を負わせることはできる。
しかし、エレアの渾身の突きは死霊術師の『死の剣』で弾かれてしまった。そのあまりに自然な動きに虚を突かれた形となったエレアは、慌てて相手との距離を取る。
「どうした。剣士の真似事ではなかったのか?」
死霊術師の完全に見下した態度に頭にきたエレアが再度突きを放つ。今度は真っ直ぐな突きではなくフェイントを入れる。だがこの攻撃も、フェイントを見事に見透かされて防がれてしまう。
(強い……)
エレアの中で強者と対戦しているという焦燥感が募ってくる。その後も左手用片手剣を使ったフェイントなど今の自分のできる限りの技巧を尽くして死霊術師の『死の剣』を掻い潜ろうとするが、ことごとく弾き返されてしまう。
「まさかこれで終わりではあるまい? 次はこちらから行くぞ」
そう言って今度は死霊術師が『死の剣』を振るってくる。エレアはその剣筋をなんとか左手用片手剣で避ける。左手用片手剣は、元々が攻撃ではなく防御を主とした武器である。そのため、剣での受けに失敗しても大丈夫なように手の甲を覆うように籠状のガードが付いている。エレアも、何回か剣で受け損なったもののガードで防ぐことができていた。
『死の剣』の一撃は切り傷ではなく生命力そのものを吸い取られてしまう。ある意味毒を塗った剣と対峙しているようなものだった。エレアは一撃も受けるわけにはいかないという精神的重圧とも戦わなければいけなかった。
やがて、だんだんとエレアの攻撃の手数が減っていき、ついには防戦一方となってしまう。アミィの目から見ていても、二人の剣技の差は明らかだった。エレアは致命傷を受けないように左手用片手剣で防ぐのが精一杯だった。
ついに、防ぎきれずエレアが左肘のあたりに『死の剣』の一撃を受けてしまう。通常の剣ならかすり傷程度の一撃にも、エレアは高熱でうなされた後のような倦怠感を覚え、がくりと膝を付いてしまう。
「茶番はここまでだ、小娘」
そう言って死霊術師がエレアに対し止めの一撃を加えようと『死の剣』を大きく振りかぶる。
「エレア!」
アミィの絶叫と共に二羽の鴉が死霊術師に向かって飛んでいく。しかし死霊術師は鴉を避けようともしない。やがて鴉は死霊術師に当たると、すっと消えていった。
「くだらん。こんな『幻影』ごときで我が慌てるとでも思ったか。少なくとも『完全幻覚』程度は覚えておくのだな」
余裕綽々といった感じで完全に見下した態度でアミィに告げる死霊術師。しかし、その余裕のおかげでエレアはなんとか再び立ち上がるまでに回復することができた。
「うぉおおおおおおっ!」
細剣を構えて突進するエレア。もう回復したのかと少し驚いた表情を見せた死霊術師だったが、すぐさま迎え撃とうと『死の剣』を構える。迎撃の一撃で止めを刺せるはずだった。
「『閃光』!」
エレアが、死霊術師まであと一歩というところで突如魔法の単語を唱える。と同時にエレアを中心として昼間でも目が眩むような閃光が放たれる。エレアはまだ『閃光』を唱えるのに魔法の単語を唱えなければいけない。死霊術師が単語を聞き取って目を閉じてしまえばこれは効果が無い、一種の賭けだった。そして死霊術師は、止めの一撃を刺そうとまさに油断しきっている状態だった。閃光の単語に何をと思った時には、もう視界が眩い光で満ちていた。
『閃光』の光によって視力を失った死霊術師の心臓に、エレアが渾身の一撃を加える。しかし、ゴブリンを突き刺した時のような手ごたえをエレアは感じることができなかった。まるで素振りのように空気を突き刺したような感覚だった。実際、突き刺した細剣の先には、死霊術師はいなかったのである。
「この我に『瞬間回避』を使わせるとは。小癪な小娘よ……」
見ると、エレアが突き刺した場所から20Mほど後方に死霊術師が立っていた。まだ目に光が残っているのか左手を目元に置いて軽く頭を左右に振っている。
「『瞬間回避』……」
エレアがつぶやく。『瞬間回避』は移動系魔法で『瞬間移動』よりも上、最高位に位置付けられる魔法である。術者が剣で切られる、落石に遭うなどの生命の危険に陥ったときに、自動的に発動し術者の命を守るのである。すさまじい魔力を消費するため連続で唱えられることは無いだろうが、エレアにはもうこれ以上動ける体力と生命力が残っていなかった。しかし死霊術師はエレアに止めを刺しには来なかった」
「興が冷めた。次に会ったら命はないと思え、小娘ども」
そう言い放つと、死霊術師は『瞬間移動』の魔法でどこかへと消え去っって行った。死霊術師が帰ってこないことを確認してから、エレアは崩れ落ちるようにその場に倒れる。
「エレア!」
アミィがエレアに走り寄る。エレアに手をかざし『治癒』の魔法を唱えると、エレアの顔に血の気が戻ってきた。生命力を吸い取る『死の剣』からの回復には、傷薬ではなく同じ魔法の『治癒』が有効なのである。
「ありがとう、アミィ……。村は?」
そうエレアに聞かれてアミィが村の方を見ると、丁度グニがスケルトンを片付けてこちらへ向かってきているところだった。メルの方はまだゾンビ退治を続けていたが、残り三、四体までその数を減らしている。
「二人とも、死霊術師は見つけたのか」
二人の元にやって来たグニが尋ねる。
「ええ、倒すことはできなかったけどエレアのおかげで追い払うことはできたわ」
そう答えるアミィの膝の上で、エレアが倒しきれなかったことに悔しそうな表情を見せる。
「はー、やっと全部倒したよー」
そう言いながらメルも飛んで来る。集まった四人に対し、村長が礼を言う。
「ありがとう、本当にありがとう、旅の方々。あなた方がいなければ村の者は皆殺しにされていたところだった」
「私達がもう少し早く着いていたらもっと被害を減らせたかもしれないのに……」
やっとアミィの膝の上から上半身を起したエレアが悔しげな表情のままにつぶやく。四人が着くまでの間に、十人近い村人が命を落としていた。
「いや、あの状況だったのですから。むしろこれだけ多くの村の者を助けてもらって、感謝してもしきれないですわい」
村長の言葉に、それまでの悔しさから少しの達成感を感じるエレア。しかし、次の村長の言葉はエレアが全く予想のしていないものだった。
「旅の方々、こんなことをあなた方に頼むのは筋違いだとはわかっているのだが、どうか、どうかこの子を保護してもらえんだろうか」
村長はそう言って後ろに隠れていた半竜人の少女の肩に手をやる。
「この子の名前はユカヤじゃ。見ての通り、半竜人の子だ。今まで、この子が静かに暮らせるようにと村の外部の人間には一切ユカヤの存在は知らせないようにしてきたのだが、あの魔術師に見つけられてしまった。おそらくこの村にいるとまたあの魔術師が襲ってきた時に今度こそ捕まってしまう。どうか、ユカヤを連れて行って欲しいのじゃ」
その言葉に反応したのはユカヤ本人だった。
「村長さま、ユカヤどこかへ行かなければならないの?」
その声は、尾が付いていなければとても半竜人だとは思えない、素直で朴訥な声だった。そして、その声は震えていた。
「すまない、ユカヤ。私達ではもうお前を匿ってやることはできん。この方達にどこか安全な場所まで連れて行ってもらいなさい」
その言葉に、ユカヤが四人の方を見る。その目に溢れる不安と恐怖心を見たエレアが、真っ直ぐな視線を村長とユカヤに向けて話す。
「わかりました。ユカヤちゃんは私達が責任を持って<昇降都市>ユクリプスまで連れて行きます。」
ということで、一行に半竜人の少女、ユカヤが加わることになりました。
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