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出会い ~昇降都市ユクリプス~ 1

はじめまして。初投稿になります、宜しくお願いします。

ルナル・サーガやロードス島戦記のような、正統派ファンタジー作品を目指して書いていきます。ルナルやロードスが好きな方に楽しんで頂ける様頑張ります。

プロットでは大体文庫本1冊分くらいの長さになる予定です。お付き合い頂けましたら幸いです。

「うーん、絶好の素振り日和ね!」


 数十軒ほどの家屋が点在する、村と呼ぶまでもない、とある集落。一応スタンというのがこの村の名前であるが、旅人がこの集落に立ち寄った際に名前の無い集落では現在地の把握に困るということで付けられた名前で、集落の住人達が自分でスタンの村と名乗ることはほとんど無い。そんな集落の、一番東のはずれにある一風変わった工房風の建物から出てきた少女が、太陽の昇ってきた青空を見ながら誰に話すでもなくつぶやいた。


 少女はその輝くような碧眼で自分の手元を見る。少女の右手には細剣(レイピア)が、左手には左手用短剣(マンゴーシュ)が握られている。共に、貴族達が持つような華美な装飾が施されたものではなく、旅の冒険者が持つようなシンプルな品である。


「よしっ」


 少女は一声入れると、両足を大きめに開き、気合いと共に細剣を一突きする。そのまま鋭い動きで突きを繰り返すと、リズミカルに左手用短剣を左右に振る。一つ一つの動きに合わせて、腰のあたりまであるこの地方では珍しい黒色の長髪が風圧を受けてたなびく。その動きは騎士が行う正規の構えとは異なる、明らかな我流であり動きも少々ぎこちなかった。しかし、その動きの敏捷性からは少女の運動神経の良さを垣間見ることができた。


「ふう……」


 少女が一連の動作を終え、左手の甲で額の汗を拭う。

 

 その時、同じ建物からもう一人、少女が外に出てきた。見た目の年齢は同じくらいの十五、六といったところで、碧眼黒髪という特徴的なもう一人の少女とは異なり、こちらの少女は赤茶色の瞳に透き通るような金髪という、この地方でよく見る外見だった。


「エレア! 今日は『魔力付与』の仕事多いんだから、ちゃんと手伝ってよ~」


 その声に、先ほどまで剣の練習をしていたエレアと呼ばれた少女が、細剣を腰に収めて答える。


「ゴメンゴメン! でも今日の『魔力付与』って難しいやつだよね? なら私抜きで師匠(マスター)とアミィでやった方が成功するって。私『魔力付与』の魔法あんまり上手くないし」


 そうやって笑って話すエレアに、アミィと呼ばれた少女が困った顔をして返す。


「もう、この前の失敗したのはたまたまだって。いつもエレアに手伝ってもらってちゃんと成功してるじゃない」

「いやいや、私はアミィみたいに『魔力付与』の魔法の才能無いから。魔法も剣技も浅く広く、ってね」


 エレアとアミィは魔術師(ウィザード)と呼ばれる存在だった。この世界では「魔法」が使える人間は限られている。とはいえその数は決して少なくは無く、五十人に一人の割合でなんらかの魔法を使うことのできる人間は存在する。もっとも、これは都市部での話で、農村では魔法の才能を持っていてもそれを自覚することなく一生を終えてしまう者も多く、魔法を使える者が一人も居ない村も珍しくはなかった。


 ただし、魔法を使える人間は少なくは無いと言っても、そのほとんどは一種類からせいぜい数種類の魔法を唱えることができるだけである。最初蝋燭に火を付けられるだけだった『発火』の魔法が焚き火に火を付けられるようになる、という風にその能力自体を強めていくことはできても、訓練で新しい魔法を覚えることはできない。


 そのような中、魔術師と呼ばれる人間だけは生まれながらにそのような制限が無く、覚えようとすれば何十、何百という魔法を唱えることができた。とはいえ、魔術師の中にも得手不得手というものはあり、水を操る魔法は得意だが火を操る魔法は苦手という魔術師もいれば、肉体強化の魔法は得意だが物質強化は全然という者もいた。二人の会話から、アミィは武具を魔法の力で軽量化させたり木の棒を魔法の力で松明のように光らせるといった『魔力付与』の魔法が得意らしい。そしてエレアは『魔力付与』が苦手らしい、少なくとも自分では苦手だと思っているようだった。『魔力付与』は大人数の魔術師で一度に行うほど、高度で強力な魔力を付与することができる反面、人数が増えるほど魔力の同調の問題で失敗する確率も増える。二人の会話から、以前にエレアが協力して行った『魔力付与』が失敗し、それをエレアが自分のせいだと思っているようだった。

 

 中々『魔力付与』の魔法を手伝おうとしないエレアに対しアミィが何か言おうとしたところ、遠くから悲鳴が聞こえた。


「キャー!」


 二人が声の方へ振り向くと、集落の方で強盗風の男が女性を突き飛ばして走り去ろうとしていた。女性の向かいには旅商人のものと思われる馬車があった。ちょうど今の季節は冬の間に育った冬麦の収穫時期である。やっと都市部だけでなく地方にも貨幣というものが浸透し始め、ちょうど農家が収穫物を貨幣と交換する時期を見計らって強盗はこの集落にやってきたのだろう。秋の収穫時期は取り扱う作物と貨幣の量も多いため、商人は護衛の傭兵を付けることが多かったが、冬麦の取引はそこまで取り扱う量が多くないため商人も護衛を付けていなかった。男がこれみよがしに右手に短剣をかざしていたため、村人達も追いかけることができなかった。


「あ! ちょっとエレア!」


 その光景を見るや、エレアは男の方へ向かって走り出していた。まさに集落の外れのエレアとアミィの工房前に走り込んできた男の目の前にエレアが対峙する。


「待ちなさい! ドウンさんの大事なお金、ちゃんと返しなさい!」


 貨幣を盗られた女性ドウンとは小さな集落、もちろん顔見知りである。ドウンが半年間かけて育てた苦労の結晶である貨幣を盗んだ男が、エレアは許せなかった。エレアは腰から細剣を抜き、左手用片手剣も構える。細剣の切っ先を男の方へ向け、もう一度叫ぶ。


「さあ! 早くお金を置いて立ち去りなさい!」


 最初はその気迫と細剣に圧倒された男だったが、相手が少女ということを見て取ると、動揺しつつも細剣に向けるように短剣を構える。


「じゃ、邪魔するな! 女子供だからって、て、手加減しねえぞ!」


 男が短剣を持つ手が震えながらも威嚇をする。それに対し、エレアは足を広げ重心を落とし突きの構えを取る。エレア自身も緊張から多少の震えはあったのだが、焦っている男はそれに気付く余裕は無い。エレアの構えの重圧に耐え切れなくなった男が、短剣を振り上げてエレアへ突進する。


「この野郎ぅうううう!」

「……っ!」


 男が短剣を切り付けようと振りかぶり、エレアが気合と共に細剣を一閃する。

 男が振りかぶった右腕の肘よりやや先に、エレアの細剣が当たる。本当は手首を刺すつもりだったが場所も外れ、刺さらずに撥ねる形となったが、男の短剣を手から弾き飛ばすには十分な威力だった。


 衝撃で倒れ込んだ男の顔先に細剣の先を向け、エレアが興奮した口調で話す。

「さあ、大人しく去りなさい! 今度は急所を狙うわよ!」

 その気迫と右腕の痺れに完全に戦意を喪失した男は、這い出るようにその場から逃げ出した。


 男の姿がかなり小さくなってから、アミィがやってくる。


「もう! エレアったら! 心配したんだからね!」


 半分涙目になりながら怒るアミィに対し、エレアは張っていた気が一気に抜け、半笑いのような顔を見せる。心なしか膝も笑っている。


「や、私も怖かった~。人に向けて剣を振るうなんて初めてだったし……」

「もし本当に斬られちゃったらどうするつもりだったのよ!」

「そこはアミィが『治癒』の魔法をかけてくれると思ってたからそんなに怖くなかったかな」


 反省させるつもりが、エレアがはっきりと自分への信頼を口にしたため、アミィは気恥ずかしくなってしまい、怒った表情のまま横を向く。


「エレアちゃんありがとう!」


 そこへ、集落からドウンがやってきた。


「はい、ドウンさんのお金。取り返せて良かった!」

「本当にエレアちゃんは凄いわ。魔術師なのに剣も使えて、この村の誇りよ」

「いやいやいや、たまたまだよたまたま! 私なんか師匠やアミィに比べたら全然だから」


 全身で感謝の表現をするドウンに対し、エレアは照れながら首と腕をぶんぶんと横に振る。エレアは、ドウンのお金を無事取り戻せたことは嬉しかったが、細剣の突きが実戦ではイメージと全然異なったことには努力が足りていないと不満に思っていた。


「エレスティア。アムネイシア」


 その時、工房から痩身の男性が出てきた。一目で魔術師とわかる外套(ローブ)を纏い、白髪の風貌からは青年なのか中年なのかわからない年齢不詳な印象を与える。


「はい、師匠(マスター)

「あ、師匠!」


 呼ばれたアミィとエレアが返事をする。アミィとエレアというのは愛称であり、アムネイシアとエレスティアというのが二人の本名だった。もっとも魔術師の場合、生まれた時に付けられた名前ではなく、魔術師として見出された時に師匠に付けられる魔術師名を本名として名乗ることがほとんどであり、アムネイシアとエレスティアという名前も、師匠であるこの痩身の魔術師シルティスエルスより付けられた名前である。


「二人に伝えることがあります」


 シルティスエルスは、今までの外での騒動を知ってか知らずか、淡々と話し始める。


「二人は今日の『魔力付与』の仕事が終わったらすぐに旅立つ準備をしてください。明日の朝一番で<昇降都市>ユクリプスまでお使いに行ってもらいます」

「はい。行き先は魔術師ギルドでしょうか?」


 シルティスエルスの言葉に、アミィが尋ね返す。


 <昇降都市>ユクリプスは、その異名が示す通り、都市そのものが垂直方向に昇降する都市である。正確には、直径約一KM(キルメテル)の都市の中央部が地面ごとそのまま天空に浮いたような形をしており、その刳り抜かれた中央部を取り囲むように市街地が発達している。二人の住んでいる北グラディナダ島で最大の規模を誇る都市であり、どこの国にも属さない自治都市である。古代魔法王国時代に作られたと考えられているが、街の中央が天高く浮遊する姿は遠く大陸にもその名を馳せている。


 そして、ユクリプスのもう一つの異名が<魔術都市>である。ユクリプスには、北グラディナダ島最大、南グラディナダ島を含めたグラディナダ群島全体でも最大の魔術師ギルドが存在していた。魔術師ギルドとは、魔術師達の互助会のような組織で、シルティスエルス達のような『魔力付与』をした武具道具の流通や、魔術書の共同管理、希少な魔術材料を取りに行く際の護衛の斡旋などを行う。高度な魔法を唱える際には、魔力石(パワーストーン)と呼ばれる特殊な石を用いて術者の魔力の補填を行うのが一般的だが、ユクリプス中央の浮遊区画には超巨大な魔力石が存在することも、この街を魔術師ギルドの本拠地としている所以であった。アミィとエレアは今までにも『魔力付与』で作った「商品」を魔術師ギルドに届けるために何度もユクリプスまでは行ったことがあった。そのためアミィは、今回も今日作る魔力付与化した武具を届けるためにユクリプスまで行くものだと思った。


 しかし、シルティスエルスからの返答は、アミィの予想とは反したものだった。


「いえ、今回二人には昇降城のソルフィーシア様に会いに行ってもらいます」

「え~、ソルフィーシア様に!?」


 エレアが反射的に反応するのも無理はなかった。ユクリプスの浮遊する中央区画は、真中に城が建っていることから昇降城という通称を持つが、一般的なユクリプスの都市機能はすべて昇降城の周りの市街地にあり、昇降城部分は特別な用事がない限り一般人が入ることはなかった。二人がお使いとして行く魔術師ギルドも市街地の方にあった。


 そして、その昇降城の真中に聳え立つ城『天高きアイロア』を居城としているのが、ユクリプスの統治者であり魔術師ギルドの長でもある、ソルフィーシアという女性である。統治者としても優れた手腕を発揮しユクリプスを発展させている一方、魔術師としては大陸を探しても並ぶ者がいないと言われるほどの天才魔術師であるソルフィーシアは、エレアやアミィにとっては雲の上の存在だった。


「ソルフィーシア様にどのような用件でお会いに行くのですか? 魔術師ギルドの関連ですか?」


 そう尋ねるアミィに、シルティスエルスははぐらかすように答える。


「それは、行ってみてもらえばわかります。これから書く書状を、昇降城へ渡る検閲の際に兵士の方に渡してください。それでソルフィーシア様の元まで連れていってもらえます」

「えー師匠理由教えてくれないんですかー?」


 頬を膨らませて文句を言うエレアに、シルティスエルスは苦笑しながら答える。


「今はまだ理由は話せませんが、二人にとって悪くない話ですよ。特にエレアには喜んでもらえるんじゃないでしょうか」

「私が喜ぶこと……?」

「さあ、明日は日の出と共に出発です。今夜のうちに身支度は済ませて早く寝ましょう。あと、もしかするとこの用事は数日かそれ以上かかるかもしれませんが、帰りの心配はしなくて大丈夫です。エレアの手料理が食べられなくなるのは残念ですが、しばらくの間は私一人で工房は回せますから」


お読み頂き有難う御座いました。ご感想等お待ちしています。これから毎週水曜日更新の予定です。

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