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Anagram  作者: 宮原 ソラ
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17 王家の血(ヘザー視点)


 アルムグレーンは、フェルディナンドに三つ存在する公爵家の一つである。三公爵家の中では末席とされるが、「公」の名乗りを許されている家であり、その地位は一般貴族とは比べものにならないほど高い。

 そもそもフェルディナンドにおける「公爵」とは「王族傍系」の意味である。あくまでも臣下でしかない貴族とは、この時点で一線を画すると言っても良いだろう。

 王家傍系である彼らには、当然のことながら王位継承権があるのだ。王族男子が絶えた場合、この三公爵家の中から次の王が選ばれる。

 実際、過去に二回ほど、三公爵家の筆頭とされるメルトレファスより国王が擁立された。これは実は逆も当てはまり、三公爵家の直系が失われた場合、王子や王弟が新公爵として跡を引き継ぐこともある。


「そのアルムグレーンから、結婚の申込みなんて、普通に考えれば名誉なことだけど……」


 アルムグレーン公爵は現在五十二歳。それが十九歳のクラリッサを欲しいという。確か姉さん女房の奥方が居たはずだが、ついこの間離縁したと聞いて驚いた。

 それでは、まるで、クラリッサと一緒になりたいがために長年連れ添った妻を捨てたみたいではないか。

 どこかでクラリッサを見初めたというのか。クラリッサは私のように社交界をサボったりせず、適度な間をおいてちゃんと出席しているから、その折に……?

 五十代の中年男が、十九歳の美少女を。私のたった一人の妹を。……あり得ない!

 怒りに打ち震えながら、私はサヴァナにクラリッサを預け、兄の部屋へと直行した。

「兄上!」

 ドアを蹴破らん勢いで開けると、椅子に深く座って思索に耽っていた兄が、びくりと肩を竦めて振り返った。

「ヘザー? お前、どうし……」

 兄の言葉は途中で切れた。私が両手でむんずとその胸倉を掴み、揺さぶったからである。

「ちょ、おま……」

「どういう事です、兄上。返答如何によっては、そこの二階の窓から外に放り投げる所存ですから、そのご覚悟で」

「どういう事って、それは俺の台詞だ! お前こそ、次期家長の俺に対して、これはどういうつもり……」

「次期家長が、三十三歳も上のろくでもない男に、十九歳のうら若き妹を売り飛ばすのですか」

「は?」

「クラリッサをアルムグレーン公に嫁がせるなんて、正気の沙汰ではないと言っているのです!」

「はぁ?」

 奇妙な沈黙が、私たちの間に満ちた。

「……少し落ち着け」

 兄が自分の襟元から私の手を外した。私もそれに逆らわず、外された手を大人しく両脇に垂らした。

「俺の妹は、揃いも揃ってそそっかしいようだな……」

「……何か誤解があったようですね」

 私が皺くちゃにした上衣の襟を、兄は一生懸命に撫でつけて直した。

「確かにアルムグレーン公からその申し出はあった。だが、俺も祖父も間髪入れずに断った。そもそも、アルムグレーン公が白羽の矢を立てたのはクラリッサじゃない。お前だ、ヘザー」

「わ、私っ!?」

 聞いただけで、ざわっと鳥肌が立った。

 昔、一度だけ、アルムグレーン公を見かけたことがある。彼は王立学院に多額の寄付をしており、有力後援者の一人だった。その関係か、頻繁に学院に出入りしていたわけである。

 孔雀の羽で着飾ってもここまで派手にはなるまいというキラキラしい姿をしていたので、妙に記憶に残った。そして、華やかな見かけとは裏腹に、死んだ魚のように濁った眼が気持ち悪く、私はその顔を長く正視することが出来なかった……。

「なぜ私なのですか。遠くから一度見たことがある程度ですよ。私は社交界にもほとんど顔を出しませんし、接点が……」

「接点などいらんのだろう、あの御仁に限っては。彼が欲しいのは王家の血、それだけだ」

「王家の血?」

「そう……翠と緋の瞳(アレクサンドライト)の血。憑りつかれていると言っても過言ではあるまいよ」

「アレクサンドライト……」

 稀にしか生まれない希少の瞳。光と闇の狭間で目まぐるしく彩を変える、金緑石の双眸。

 現在、宮廷には一人しかいない。国王陛下の甥メルトレファス公爵閣下。彼とても五十年ぶりに生まれたのだ。

 その前のアレクサンドライトは王家の若くして亡くなった王子だった。その更に前は、エジンヴァラ公爵家にも……。

「王家、メルトレファス、エジンヴァラ。この三家には何度も誕生しているアレクサンドライトなのに、何故かアルムグレーンにだけは生まれない。二百年間、一度も」

 決して血が薄いわけではない、と、兄は言った。

 それどころか、アレクサンドライトの発現を促すために、相当無理な血族婚さえ、過去には繰り返したのだという。

 ……なのに生まれない。一人も。


 まるで、呪われているかのように。


「じゃあ、私を欲しがったのも」

「祖母が王女だからだ。それと、その珍しい色の赤毛と。王族にたまに出る赤だから、貴重とでも考えたのだろう。いかにもあの男らしい……反吐が出る。離縁した奥方のバーバラ様は、奴には勿体ない、よく出来た方だったのに……」

「馬鹿馬鹿しい」

 頬の辺りが引き攣るのを自覚しながら、私は吐き捨てた。

「……狂っていますね」

 本当に吐いてしまいたい気分だった。

 なんてくだらない。愚かしい。まだしも俗物根性丸出しで金や地位に目が眩んだという方が可愛げがある。


 憑りつかれたように、翠と緋の瞳(アレクサンドライト)を求める……。形定まらぬものへの執着。

 異常だ。

 薄気味悪いの一言に尽きる。


「過去の無理な血族婚が祟っているのかもしれんな、あの家は。お祖父さまが言っていた。アルムグレーンの一族は病んでいると。そんなところに、可愛い妹をやれるはずがない」


 ともかくも、アルムグレーン公爵とクラリッサの結婚話は、何てことはない、妹の単なる早とちりだったらしい。

 極めて常識的な祖父と兄に感謝しつつ、私はその場を後にしたのだった。




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