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ヒトメボレ

 ある晴れた日だった。


 その日もいつものように川で水をくんで帰る筈だった。

 しかしまだ朝なのにあまりに日差しが暑く照りつけていたせいで、重い瓶を抱えてすぐに帰ることに嫌気がさしてしまった。川は浅く穏やかな流れだ。この川で漁をすることは禁じられているが涼をとることくらい良いだろう。そう思い、瓶と木靴を川岸に残して水の流れに足を浸した。

 反対側には都合よく木があり日陰になっている。そこに腰掛け、足を川に浸したらどれほど心地良いことだろう。苔むした石に軽く足を取られながらも渡りきると木陰に座り込んだ。


 どうしてこんなつらい仕事をしなくてはならないのだろう。


 数ヶ月前までは都会で裕福とまではいかずとも充実した生活を送っていた。それに比べて今の生活と言ったら。毎朝早起きして思い瓶を抱えて川までやってきて水を汲んだらすぐに戻る。その後もすぐに畑に向かい耕し石や木の根を掘り返しては耕す繰り返し。

 正直もう飽き飽きしていた。一度都会で身についてしまったサイクルと比べるとあまりにも惨めだった。きっと今頃同期生達は国をよりよくするために邁進しているだろう。自分だって、父が急に倒れてしまわなければあちらで活躍していたはずだ。


「どうしてこうなったのか……」


 思わず暗いため息をついてしまった。その時、彼の耳に不思議な音が届いた。


「歌……?」


 歌詞も音階も型にはまっては居ないが、美しい少女の歌声が聞こえた気がした。しかし、おかしい。

 このあたりには年若い女性は少ない。初等教育のため皆隣の村に住むからだ。居るのは彼のような働き手か母親から離れられない乳飲み子くらいだ。そのため、森から少女の声がするのはおかしな事なのだ。

 この森はまだ未開の地となっているため常々入ってはならないと言われていた。危険を確認しようと中に入って帰ってきた者が居ないためだ。


「……行ってみよう」


 飽き飽きしていた。変化のない生活に押しつぶされそうだった。そのため、彼は入ってはならないと散々言い含められた森に足を向けてしまったのだ。






 森の中は少女の歌声以外しなかった。まるで、少女の歌声に森が聴き入っているようだった。その美しい声に連れられて気が付いたら森の深いところまで足を踏み込んでしまっていた。


「……!!」


 少し開けたと思ったら、彼の目にその少女は現れた。

 緑がかった金髪は日の光に当たって噂に聞くエメラルドいう宝石のようだった。透き通った白い肌はきめ細やかで触れたらどれだけ気持ちがいいだろうかと想像したくなる。深い森の色をした瞳は伏せられ、薄紅色の唇は柔らかく歌を紡ぐ。そしてなによりその耳が気になった。なんと、彼女の耳は人よりも少し長かった。


「エルフ……」

「だれっ!?」


 御伽噺でしか聞いたことのない存在に思わず言葉が漏れた。無粋な登場人物により美しい調べを紡いでいた唇は誰何の声を上げた。


「あ、すまない、邪魔をするつもりではなかったんだ……ただ、あまりに美しくて……」

「…………あなたは、誰?」


 無害なことをアピールするように両手をあげてみせた。その視線は彼女から外れることはなかったが。

 警戒心が強いのか、じりじりと後退していく彼女は鋭い目で威嚇するがいかんせん怯える小動物にしか見えなかった。


「俺はレクト開墾団に所属している。こないだこっちに来たばかりまだあまり詳しくはないんだ。君は……?」

「……ニンゲン……来ないで」


 じりじりと後ろを見ずに下がっていたためついに足元の植物の蔓に足を取られて転んでしまった。思わず助け起こそうとしたが恐怖に歪んだ瞳を見て踏みとどまった。


「驚かせてすまない……悪かった、無理に近づかないからそんなに怯えないでくれ」

「……ニンゲンはワタシたちを狩る……信用できない」

「そんな!人身売買は禁じられているはずだ!」

「冒険者、関係ないって言ってた」


 確かに冒険者にはそういうやからがいると聞いたことがある。その話を聞いたときは何をバカなことをと笑い飛ばしていたが、まさか本当だったなんて思いも寄らなかった。


「……すまない、同じ人間がしたこととして恥ずかしく思う」

「……」

「でも、そんな奴はほんの一部なんだ!僕やレクト開講団のみんなはそんなやつじゃない!」

「……ニンゲン、ウソツキ」


 少女の心は酷く頑なで傷ついている。重ねる言葉が安っぽく思えてきた。


「すまない、本当にすまない……僕の言葉なんて信用できないのはわかる。だけど謝らせてくれ。本当に、すまない……」

「……イイ、オアイコ」


 都会では人権運動に参加していた身からするとこのような非道許し難かった。少女は確かに美しかったが、その身を奴隷のように扱われて良いはずはない。


「……ネェ、こっちきて」

「え……?」

「ナカマ、狩ったの悪いと思うなら」

「い、いく!」


 少女の態度の軟化の理由は解らないが、少しでも受け入れてもらえるならと小走りで駆け寄った。


「オアイコだけど、ゴメンナサイならいいよね」


「えっ……?」


 小さく呟いたその言葉の意味を問おうとしたら暗転。









「ゴチソウサマ」




 彼女の足に絡みついた蔦は絡みついたのではなく、繋がっていたのだ。その蔦は後ろの巨大な植物に繋がっている。


 彼女は擬似餌だった。







カズーラかトリオンかティオかアトラかといったらダントツカズーラちゃん!

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