魅了(呪い)
ニコポナデポって怖いよねってアレ
笑ってはならない
好意を伝えてはならない
身体的接触は握手すらしてはならない
相手の目を見てはならない
極力喋ってはならない
以上、五項目を守らなくては呪いは振りまかれる。
異世界での朝は早い。
夜が早い代わりに朝が早い。インフラなんて現代日本とは比較にならない。俺の今所属するリーゼヴァルト総合学園では6時になれば大半の生徒は起きてしまうため極力人と接触したくない俺はその前に行動しなくてはならない。
まずは5時から起きて特別に使わせてもらえるように許可を得たキッチンで朝ご飯の準備から。朝ご飯が食べ終わるとすぐに準備をし、静かに寮を出ると学園に向かう。
もちろん登校には早すぎるので校舎の鍵精霊は開けてくれない。そのかわりに今生唯一と言っていい友人のいる校舎の裏へ向かう。
「おはよう、シュラッセ」
「おう、おはよう。今日も早いのうテンペル」
唯一の友人、シュラッセ。彼は今日もいつもの場所にいた。
彼の見た目は日本人的なイメージを駆使して説明するなら御伽噺やゲームに出てくる喋る木、トレントである。この世界では【賢き隣人】、【森の賢者】などと呼ばれているため種族名は不明だが魔力の吹き溜まりの近くに生えるという性質上高い坑魔力を持っている。
「あちらの方は何か進歩はあったかね?」
「いや……もう諦めている。シュラッセが居るし、もう十分だ」
「あまり悲観的になってはいけないよテンペル。確かに君の体質は特殊だが、きっと理由もなく与えられたものではないだろう。神様はお前のことを思って与えてくれた贈り物なのだ」
「確かに神様が与えてくれたものさ……だけどこれは祝福なんかじゃない。呪いだ」
神様転生、という言葉を知っているだろうか。知っているなら話は早い。トラックに引かれてだとか神様の手違いだとか様々なパターンがあるが、俺のそれは少し特殊だった。
異世界(この場合は日本のことを指す)の読み物にはまったこの世界の神がテンプレをやってみたくなっただけ。
コンビニで立ち読みをしていたら突然トラックサイズのネコがガラスを突き破って衝突してきて死んだなんて意味の分からない展開はなかなかない。混ぜれば良いってもんじゃない。
テンプレな展開(神様的には)によって死んだ俺に手違いだったとのたまわったアホは死ねと何度呪ったか分からない。しかし、それよりも許し難いのは転生チートを俺に選ばせなかったことだ。
もし選択権があったなら幸福チートとか平和チートとかにしていただろう。しかしテンプレ好きな神様が俺に与えたチートはニコポ、ナデポ、魅力という糞みたいなチートだった。
「笑った瞬間性別問わず俺のことを好きになる呪いとか、何が贈り物だ……」
「もう少し、何とかなれば良かったのだがなぁ」
一生懸命呪いに抗おうとして涙を流しながら好きだと告白されるとか、ヤンデレかっ飛ばした名状しがたい何かになってしまうとか、トラウマ製造機でしかない。
これまたテンプレで、俺だけが見ることのできるステータス画面にはいっそ悪意しか感じない。
名前:テンペル・プレート
性別:男
称号:万物に愛されしもの
スキル:神の微笑み(精神操作系スキル)、神の身体(精神操作系スキル)、神の魅力(精神操作系スキル)、成長促進(肉体系スキル)
ふざけんな。初めてステータス画面を見てそう言った俺は可笑しくない。精神操作系スキルとか、露骨に良くないものを寄越しやがって。大方チーレム最低系オリシュ様を参考にしたのだろうが妙に現実的に改悪しやがって。
確かにニコポナデポをスキル化しようとしたらこうなるかもしれないが、精神操作とか本当にやめてくれ。しかも発動トリガーが緩すぎる。
これらの呪いのスキルのせいで、俺は様々な問題に巻き込まれたし、問題をばらまいてしまった。
個人的に最悪なのがステータス画面のことを知らなかった頃だった。赤子のころはチート(笑)がこんな呪いのスキルだなんて知らなくて無邪気に笑っていた。そう、笑っていたのだ。
俺の両親は大層俺のことを愛していた。それはもう、愛しすぎるほどに。四六時中俺と一緒にいようとし、仕事も家事も放り出してまで我先にと俺を愛そうとした。そのうちお互いがお互いを邪魔に思うようになるほどに。
気が付いたら殺人ざた。しかも相打ちとか。
訳が分からないうちに両親が目の前で殺し合って、死にかけの身体で俺を愛そうと這いずってくるあの映像は一生忘れられない。これがまず、第一の罪。
ステータス画面に気づくまで二年かかった。その間に破滅させた人は一体何人居たか。もう数え切れない。
流石に両親の例は俺に元から抱いていた愛情プラス常時ニコポ連打によるものであって、あそこまでの悲劇は無かったがそれでもひどいもんだった。
買い物にいった時おまけしてもらって、うっかり笑ってしまったら店の奥さん(48歳)が俺に入れ込んで、殴り込んで来た旦那さんも相手が10にも満たない子供だということに困惑していた。
その時は時間をかければ俺に対する思いが風化することを知っていたので、その町から消えた。
行った先々で悲劇をばらまいていた俺はいつしか存在を知られていたらしく、このリーゼヴァルト学園に強制入学する事になった。そのころにはどんなことがあろうと揺らぐことのない鉄仮面を手に入れていたために、早々に精神操作してしまうことはなかった。
腕のいい魔法使い(魔法学科担当のフラング氏68歳)がいて、俺のニコポナデポはともかく体質を抑える為のアミュレットを貰えた。神の魅力(ゲーム的なものに例えるならパッシブスキル)は常時発動のため効果が低めなのか比較的アミュレットで封じられる。これによりようやく人間として最低限のラインに立つことができた。
しかしまぁ気を付けているとはいえ不測の事態が起きるかもしれない。言うなれば不発弾に等しいので常時位置は学園に把握され、一般生徒からは極力隔離されている。俺みたいな危険人物に対してはそれが正しい対応だと思うし、逆に頼もしいくらいだ。
もはや口にすることすら躊躇われるようなあらゆるこを愛情故にされてきた経験から、これくらいで衣食住が保証されるなんて天国のようだ。
「……シュラッセが居るし、もう何も望まないよ」
「テンペル……」
話しても、笑っても、見つめても俺を愛さないシュラッセはまさに俺が最も望んでいた存在だった。
シュラッセのような神霊種にはそういった愛情は存在しない。もちろん知性も理性もあるし、好意的な相手には好意を返すが、本来は木でありどちらかというと魔物に近いシュラッセは、人のような激しい感情といったものが完全に備わっているわけではないのだ。
本人の坑魔力の高さと不完全な感情により、シュラッセはこの世界で数少ない絶対に俺を愛さない存在といえる。
「存在そのものが悪とか厨二乙って感じだけど、ようやく慣れてきたんだ」
「神は一体何を考えていらっしゃるのか……」
「神のみぞ知るってやつだな」
どうせ何も考えちゃ居ないんだろうが。神様の考えることなんて常人に理解できる筈がないのだ。