表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

シュマリの恋

作者: みとり

「どうして同時に何人もの相手を愛せるんだ?」



それまでずっと一緒だった恋人が人間の女に恋をした。

『彼女が死ぬまでの間でいい、俺を自由にさせてくれ』

そういって自分を置いて女と一緒に去って行った。

あれから10年。ずっと一人だった。

最近になって、目の前の男が現れるまで。

だからずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。



「あいにく、そういう経験がなくてね」

ウチの一族は一夫一婦制だ。

そういってラスが困ったように笑った。

「そう…ラスも分からないんだ…」

首をかしげながらノアが呟く。



深い深い森の奥。

街道からも遠く離れている山と山に囲まれた密林には、迷い込む人間すらもめったに辿り着くことはない。

いつからここにいるのか、年月という概念のないノアには分からない。

ただ恋人だったレカードがいなくなってから、10回の冬を一人で過ごした。

それが10年だと教えてくれたのはラスだった。

時々姿の見えなくなるレカードが、遠く離れた人の街に行っていたのは知っていた。

森では手に入らない物を持ってきてくれるから。

自分よりずっと昔からいると言っていたレガートだから、自分が知らないこともたくさん知っていて、それを教えてもらうのが楽しかったのに。

それまで3回か4回朝が来るのを待てば帰って来ていたのに、そう言って出かけてから10回の冬が過ぎても帰ってこない。

今までに迷いこんだ「人」達から、「愛」という概念は聞いたことがあった。

だから自分がレガートを思うのも、レガートが自分を思うのもその「愛」だと疑ったこともない。

ではレガートが言う「彼女が死ぬまで傍にいたい」というのも、「愛」なのだろう。

分からなかったが、ただ一人になって寂しくて、時折姿を見せる動物達を抱きしめて泣くこともあった。

そんなある時、ラスが現れたのだ。



今までここに来た「人」達と同じように、ぼろぼろの服を着ていた。

湖で水浴びをしていた時に草むらから飛び出してきて、ノアを見てびっくりしたようにそのまましばらく固まっていた。

「どうしたの?」

突然現れて驚いたけれど、そのまま全然動かなくなったのにもドキドキして声をかけてみた。

今までこういう時にもレガートが自分を隠すようにして、「人」に聞いてくれたのに。

「いや……。すまないこんな所に人がいるとは思わなくて」

そういう男に首をかしげた。

「…私は人ではないよ?」

「では天使か?」

それは「人」が想像する幻の存在だ。

「それも違う。私はノア。貴方は?」

「俺の名前はラス。…ところで、ノア。ここはどこだ?」

魔女とかいう者に飛ばされたというラスは、そうしてそれからずっとノアの元に留まってくれた。

「人」と暮らすのは久しぶりだ、とす告げるとラスは首を振ってそれを否定した。

「オレも人じゃない。シュマリ族だ」

シュマリ族。

頭のどこかで聞いた事がある、と微かに記憶に引っかかる。

「…聞いたことがあるのかもしれない」

「あまり居ないからな。ノアは?」

「知らない。小さい頃は3人くらい居たけど、いつの間にかレガートと二人になってた」

自分が「人」ではないと知っていたが、では一体何なのかなんて考えて事もなかったノアは眉を寄せた。

「ノアがなんでも良いよ」

泣きそうに顔をしかめたノアの柔らかい髪をくしゃくしゃに掻き回しながら、ラスは優しくそう言ってくれた。



それからまた穏やかに時が流れる。

「どうして同時に…」

それでも、聞いてみたくなって何度目かの質問を繰り返す。

それを口にするといつもラスは困ったような顔をするのだ。

「またそれか」

「まだあの男を愛してる。なのに、どうしてお前もいつかは居なくなると思うだけで、こんなにも苦しんだ?」

自分の言葉に男が瞠目する。

「あんたは、その男を愛してるわけじゃくて、忘れられないだけだ。俺のことも、また一人になるのが淋しいだけだよ」

額に口付けを与えながら優しくささやく。

優しい口付け。

ラスにそれをしてもらうと嬉しい。

「俺の事も、そいつのことも忘れて…。そう、次に目が覚めたら二人を忘れて、新しい誰かを愛するんだ」

心地よい眠りに落ちる瞬間、そんな言葉を聞いた気がした。

新しい誰か、なんてここには誰もいないのに?

嬉しいはずなのに、言われた言葉が悲しかった。






いつもの朝。

一人で目を覚ます。

何か悲しい夢を見たような気がする。

レガートが去ってから、たくさん悲しい夢を見たけれど、そのどれよりも悲しくて寂しくなるような夢。

ぼんやりと起きだして果物を手に取る。

机の上にある色とりどりの果物。

こんなに自分が採ってきたのだろうか?

その一つを口に運ぶ。甘い。

そう、これは私が大好きでよく食べていたけれど、高い木になっているからあんまり自分では採ることができなかった果物だ。

どうしてこんなに有るのだろう。

よく思い出せない。

それでも甘くておいしい果物を2つ3つと口に運んでいると、キイと小さな音を立てて扉が空いた。

「10年ぶりだ。戻ってきたよ」

顔を上げて声の主を見る。

「…誰?」

戸口に立った男が誰だか本当に分からなかった。

「ひどいヤツだ。忘れてしまったのか、俺のことを」

傷ついたように責められ、腕の中に抱きしめられる。

忘れてなんかいない。

けれど、記憶の中にいる私の恋人とはどこか感じる違和感。

「愛してる」

口付けられて目を閉じる。

声も口付けも覚えてる。

間違いなくこの男が私の恋人。

でも、なのに違う。違うのだ。

「―――君じゃない」

「何を言っているんだ。10年、待っていてくれたんだろう?」

「イヤだ」

強く抱きしめられて、それを思い切り跳ね除ける。

違う、全然違う。

私が望んだのはこの男じゃない。

抱きしめられても全然嬉しくない。

「イヤっ、離して!!」

突き飛ばすとしてもレガートがそれをかわして抱きしめようとする。

逃げようとしてぶつかり、派手な音がして椅子が倒れた。

机の上の果物もごろりと何個かが床に落ちる。

「やぁっ~~っ!」

「ノア!」

ドアを開けて外に走り逃げるノアにレガートが追いかける。



久しぶりの森の中を走りレガートがノアに追いついた時、ノアはレガートの見知らぬ男の腕の中に居た。

「どけ。殺すぞ」

必死にその男に縋りつくノアの様子にレガートがカっとなって声を荒げる。

「だめ、ラス。だめ、止めて」

涙を零しながら男を見上げてノアが頼むと、男がノアの頭に手を置いてそっと抱き寄せる。

困ったような表情をしてノアを見下ろしたが、視線をレガートに移すとその鋭い眼光に一瞬レガートが怯んだ。

「―――自分は人間とよろしくやるのは構わないが、こいつが誰かとどうにかなるのは許せないのか?」

「貴様!!」

「だめだ、嫌だ、レガートも止めて!」

心変わりしたのは私も同じ。

待っていた10年は、ただ淋しくて忘れられなかっただけ。

クソっと吐き捨てるように言ってレガートが腰の剣にかけていた手を下ろす。

それを見てほっとしたようなノアに、ラスもようやくノアを放す。

「まったく。せっかく記憶を奪って忘れさせたのに」

「忘れたくなかった、お前のことは。…これは愛してるとはいわないのか?」

「一夫一婦制だと言っただろう?」

困ったようにラスに言われて胸がツキンと痛む。

「…もう、相手が居るのか」

それならば仕方がない。もうすでに誰かを選んだ後ならば。

止まりかけた涙がまた零れそうになって、見られないように思わず俯く。

「浮気は許せない。心変わりもだ。それでも…?」

掛けられた優しい声。そっと顔を上げられ、その瞳と会うと優しい目をしてノアを見ていた。

「人間の寿命なんてあっという間だ。どうせ置いていかれる」

レガートが苦しそうに呟く。

「それでも。お前は彼女と一緒に居られて幸せだったんだろう?」

ただ、まだそれが喪った痛みに苦しんでいるから。

「一つ言わせてもらえれば、シュマリは人間じゃないから特定の寿命を持たない」

シュマリ族は寿命を持たない。

唯一の相手を見つけると、その相手と寿命を共にする。

だから数千年を生きる者もいれば、数十年で死ぬ者も居る。

「でも、最期のときまで一緒に居てやるよ」

ただ一人にささげる、それがシュマリの恋。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ