もし赦しを求めるなら
うちのクリニックの近くにS幼稚園というカトリック系の幼稚園がある。その幼稚園はうちから歩いて5分くらいの低い山の麓に広がる住宅地に位置していて、市内には何軒かのキリスト教系の幼稚園があるのだけど、その中でも最大の幼稚園らしい。
うちの子供は二人ともこの幼稚園にお世話になった。家から近所にあるという地理的な理由もあるのだけど、妻が品の良いミッション系の雰囲気を気に入ったことと、モンテッソーリ教育という幼児の自主性を重んじる教育方針に賛同したことが選択させてもらう大きな理由になった。子供達が卒園してからしばらく経つのだけど、僕はこの幼稚園で園医をしている関係で年に一度だけ園児たちの健診を行いにこの幼稚園を訪れている。
幼稚園の健診には毎年6月の木曜に行かせてもらっている。なぜかと言えば木曜日は午後が休みなので午前中に幼稚園で健診を行いそれが終わったらそのままオフに突入できて気楽だからだ。健診は幼稚園に併設されている講堂で行い開始時間はいつも10時半からで50名ほどの園児を健診するだけなので11時過ぎには終了することが出来た。
そして健診終了後は事務室に通されお茶を飲みながら園長先生とお話をするのが決まりになっていて、その年も例年通り事務室に通してもらい冷たい麦茶を頂き世間話をすることになった。
園長先生は僕より少し年上の小柄で色白の女性で、敬虔なカトリックの信者だと聞いている。いつも清潔感のある服装を几帳面に着ていて、言葉遣いは丁寧で物腰も穏やかで慈愛に満ちた雰囲気を持っている。そんな人柄だからキリスト教徒になったのか、それともキリスト教徒になってからそのような人柄を身につけたのか不明なのだけど彼女の持つイメージは僕が朧げに持っていたキリスト教の女性のイメージに重なるものがあった。またフルートの名手でもあり、時々幼稚園のイベントでも演奏されるらしい。ただ妻の話では怒ると怖いらしく、「それは間違っている」とこの先生が一度思うと相手が誰であっても毅然とした態度でまた切れ味鋭い言葉を持って抗議をするらしい。その姿は神の啓示により鋼鉄の甲冑を身にまとい長槍を手に軍団を率いてイングランドと戦ったジャンヌダルクを彷彿とさせる。神は園長先生を通じて再びこの地上にその力を示そうとしているのかもしれない。
ただ僕たちは宗教の話は一切しない(僕は無神論者)。この日話した事といえば国民皆歯科健診を実現するために職域代表の議員と協力して政府に働きかけをしている事や幼稚園のOBでもある長男が中学で野球部に入り練習に熱中している事、コロナ禍が収束し日常が回復してきている事を共に喜んだ。そうして10分ほど会話をして話のネタも尽きてきたのでそろそろお暇させてもらうことにした。
事務室を出ると廊下を挟んでその反対側に一際立派な部屋がる事に気がついた。その部屋の扉は他の部屋と違って天井まで高く作られており、造作も頑丈で威厳があった。先ほど健診をしていた講堂に似ているが、ドアガラスを通じて伺う中の雰囲気は薄暗く、人の気配は感じられなかった。もう来させてもらって10年になるのだがこの部屋の存在に気づくことが出来なかった。不思議に思った僕は園長先生に「この部屋は何のための部屋なのですか?」と尋ねた。
「ここは教会なのですよ、幼稚園の中にある教会で、幼稚園の隣の家に住まわれている神父様がミサを執り行うところになります。先生、まだ中に入られたことは無かったでしたか?…もしよろしければ見学されますか?」。
そう言えば結婚式を行うようなホテルに併設されている商業的な教会以外にキリスト教の教会には入ったことがない。家は浄土真宗なのでこの機会を逃せば今後も足を踏み入れることはないだろう。今日はこの後仕事もないし時間もたっぷりとある。折角なのでお言葉に甘えて見学させてもらう。「お願いしてもいいですか?」と伝えると園長先生は「是非是非、どうぞお入りください」と柔らかな笑顔を浮かべて僕を教会の内部に案内してくれた。
その教会は典型的なセブンイレブンくらいの広さで、中に入ると薄暗く空気は急に冷たくなった。それは実際に温度が低いのだろうか?それとも雰囲気の問題でそう感じられるのだろうか?内部は天井が高く「あっ」と声を発すると反響があった。正面の壁にはキリストが十字架に架けられていて、両側面の壁の高い位置に壁の端から端まで細長い光取り用の窓があり、教会内部をほのかに明るくしていた。照明をつけなくても何とか作業ができるような明るさで、高くなるほど明るくなるグラデーションが付いていた。目の前には左右対称に参列者が着席するための長椅子がその翼を広げるように整然と並べられている。一つ一つの長椅子は古く使い込まれており、長年の使用による疲弊を浮かべていた。しかしワックスが丁寧に塗られ清掃も隅々まで行き届き埃一つ付いていなかった。十字架のある壁の左上には横書きの半紙が貼られ、その上には墨汁で何やら文章が書かれていた。入口のあたりから見ていたので内容は遠くてよく読み取れない。それは園長先生によって書かれたものなのか?牧師さんが書いたのか?カトリックの教会の中はラテン語が似合いそうなのだけど、それでは誰も意味がわからないので、習字にしたのだろうか?その墨で書かれた和紙を見ていると紋付袴を着た牧師さんが壇上で説教しているのを見ている様な気分になった。
「ここでは毎週日曜日に神父様がミサを執り行ないます。また信者さんが結婚される時は結婚式を行い、亡くなられた時には葬儀も行われます。この地域の信仰の中心にあり、私たちの祖父母や父母の代からの多くの信者さん達が払ってきた教会への敬意が集積していて、その意識と神の意思が交差する場所になります。信者さん達の心の拠り所となり、私たちが長い人生を生きていく上での灯台のような役割も果たしています。私たちを常に受け入れてくれる母親のような場所とも言えます。だから私たちは子供達にこの教会の存在を肌身を通じて感じてもらうことが重要であると考えています。世の中には必ず受け入れてもらえる場所があるということを知って欲しいのです。それは宗教的な勧誘ではなく、そうした場所がここ以外にもこの世の中には実在し、世界に愛を注ぎ続けていることを知ってもらいたいだけなのです。だからこの教会を使わせてもらってその月が誕生日の園児を集めて神父様に誕生日会を行なってもらったり、また七五三のお祝いも行ったりします。」
僕は園長先生の話を真剣に聞き、その言葉とこの場が作り出す神と人の営みを目の当たりし返す言葉を探した。この場は多くの人に崇められている場所なのだ。そう思うと何だか急によそ行きな気分がしてきた。
「ここが気持ちを沈める場所だということがよく分かります。今はとても落ち着いた気持ちになっています。」
「私もよく一人でここに来て何も考えずに時も忘れて一人過ごす事があります。いつも一番前の長椅子の説教台に一番近い所に腰をかけてただただ十字架を見上げると無心になり時間を忘れてその場所に座り続けることが出来ます。何だか自分が彫刻になってその場に存在し、その真上の空間から自分を見ているような錯覚に捕らわれます。そうする事は絡まった糸を解くのに似ていると思います。毛糸で複雑なあやとりをした後にその人為的に作成した構造を解き綺麗な一本の輪っかに戻すように、私たちは神様の前で心の中の絡まりを解いてあやとりをする前の状態に戻しているのです。」
「ここに信者さんが懺悔をしに来たりする事はあるのですか?映画ゴットファーザーでアル・パチーノが演じるドン・コルリオーネが大司教の勧めに促されて、涙を流しながら自らの罪を告白したように、赦しを請いに来られる方はいらっしゃるのでしょうか?」
僕がこう言うと園長先生は薄く微笑んで言った。
「映画のように劇的な場面はないでしょうけど、先生あちらの方をご覧になってください。」
園長先生は教会の左壁にある焦茶の古い扉を指差した。扉は2つあり一つの扉の上には「告解室」もう一つの扉の上には「神父室」と書かれたプレートがかけられている。「ここは信者さんが罪の告白をし、神父様に赦し頂く告解室になります。」「もし良かったら中をご覧になりますか?」
告解室の扉を開けると人が一人入れるくらいの狭いスペースがあり、そこには膝を折って跪くための赤いフェルトの布が貼られた台があり、その台に跪いた時に両肘を置けて手を合わせて祈るのに丁度良い高さの肘置きテーブルも付いていた。肘置きテーブルの奥には両開きのカーテンが設置されていた。園長先生はそのカーテンを開けながら言った。「ご覧のようにカーテンによって空間が間仕切りされていて、隣の扉から神父様が神父室に入りカーテン越しに懺悔を行う信者さんの話を聞ける構造になっています。」神父室のサイズも告解室と同じで椅子が一脚だけ置かれていた。元々一つの空間をカーテンで仕切り、入り口を二つ付けて告解室と神父室を区別していて、部屋の間仕切りはカーテンだけなのでとても密接しており小声で話しても聞こえるだろう。
「告解とは懺悔のことなのですか?」僕は質問した。
「告解とは神様が行う赦しのことを意味します。神父様を通じて目に見えない神様の恵みを示すこととも言えます。」
告解室の中で自分自身が跪き手を合わせて祈りながらカーテンの向こうの神父に「自らの罪」を告白する姿を想像してみた。この密室の中で自分の心の中だけでは抱えきれない思いを吐露する心理状態は藁をも掴むようなギリギリの状態なのだろう。考えてみただけで気が重たくなってくる。出来ることならそんな状態に追い込まれたくないものだ。もし一人で抱えきれない悩みを抱えた場合は人に話すのが一番いいだろう。妻に話したり、親に話したり、いろんな相談者が存在するものだけど、もし神様に悩みを聞いてもらえるならそんなにありがたい相談者はこの世に存在しないだろう。
「異教徒でも話を聞いてもらえるのですか?」僕がそう聞くと園長先生はちょっと間をおいて「…神父様のお考えによると思います。異教徒の方にも告解をされる神父さんもいると思います。」と確認するように話した。そして「先生も赦されたいことがおありになりますか?」と質問した。僕はちょっと考えて、ないと思うと答えた。
告解室の見学を終えて僕は帰宅することにした。園長先生は入口まで送ってくれた。
「ご家族様によろしくお伝えください。奥様はじめお子さん達にもよろしくお伝えください。まだお父様はお元気に合唱されていますか?」亡くなった父と園長先生はどこかの合唱会で以前ご一緒させてもらった事があるようで顔見知りだった。4ヶ月前に間質性肺炎で亡くなった事を伝えると、園長先生は悲しげに言った。
「…お元気そうでしたのに、とても残念で仕方がありません。」
「急病に倒れてしまい、入院してから一月ほどで息を引き取りました。いつかこの日が来ることは覚悟していたのですが突然の出来事に皆戸惑いました。」
「どうかお気を落とさずにいらして下さい。この後お父様のために先ほどの教会でお祈りさせてもらおうと思います。天国で穏やかにお過ごしになられる様祈りたいと思います。」
その後、僕たちは挨拶を交わし、僕は幼稚園を後にした。
僕は歩いて帰りながら、教会で園長先生が静かにお祈りしている姿を想像した。そして父のために祈ってくれる事に感謝をした。この地上では今この瞬間も無数の祈りが存在しているに違いない。それは他者を思いやる祈りがあれば、自分勝手で利己的な祈りもあるだろう。園長先生が父のために行った祈りは人知れず行われた小さな祈りであるけれども、それは我々が2000年の昔から持とうと努力はしてきたのだけど未だ持つことが出来ていない、我々の文明に必要な心なのだと思う。




