七話 坊主は東海最強に使われる
「呼ばれている」
その一言で、嫌な予感しかしなかった。
目の前に立つのは、太原雪斎。いつも通りの落ち着いた様子だが、逆にそれが怖い。
「・・・誰方様に?」
一応、聞いてみる。いや、聞きたくないわ。
「御屋形様だ」
簡潔明瞭なご回答ありがとうございます。ああ、やっぱり。やっぱりか!今川義元!
「・・・一体全体何事なのでしょうか?」
すっとぼけてみる。心当たりがありすぎて、原因が分からない。たぶん全部だ。
「寺の件だ」
雪斎様は淡々と言った。
「駿河・遠江における寺社の利害調整。あの仕組みは、すでにいくつかの地で機能している」
やめてほしい。そんな大事になっているとは思っていなかった。あれで上手くいく戦国社会に引くよ。
「御屋形様はそれを評価している」
その一言で、完全に逃げ道が消えた気がした。
「・・・それで?」
嫌々ながら続きを促す。雪斎様はわずかに目を細めた。
「街道の整備に用いる」
嫌な予感が、形を持った。確定された面倒の権化。
「現在、駿河から遠江へ抜けるいくつかの街道で、関銭や通行を巡る揉め事が起きている」
ああ、もう分かる。さっきの寺の話の拡張だ。
「寺社、国人、商人。それぞれが勝手に取り分を主張している状態だ」
「・・・常なることとはいえ、嘆かわしいことです」
むしろ今までよく放置してたな、と思う。
「御屋形様のご意向は単純だ、流れを止めるな」
雪斎様は静かに言う。短いが、重い言葉だった。
「人も、物も、銭もだ」
ああ、面倒くさい。面倒くさいったらありゃしない。いい加減食傷気味ですよ?俺は!
「そこで、お前の出番だ」
「・・・いやいや、お待ちください雪斎様」
やっぱり来た。なので、さすがに口を挟む。
「それは御役目の方々が請ける話ではありませんか」
「やっておるが、一向にまとまらんのだ」
即答だった。知ってた。
「だから、お前がやれ」
簡単に言うな!
「寺社の調整で見せたあの手法。利害を分離し、流動化させるやり方だ」
あの、あれでどうにかなるなんて思わなかったんです。信じて雪斎様、トラストミー!
「同じことをやればよい」
「同じと仰られても・・・不可能です」
無茶を言うな!言いながら、自分でも分かっていた。結局やらされる。いつもそうだ!寺で謀反かましてやろうか!?本能寺前倒し、くらえ!
とも思ったが、深く考えるとろくなことにならない。だから、考えない。いつも通りだ。
「畏まりました・・・。具体的な状況を、お聞かせください」
諦めて、ため息をつく。雪斎様は一枚の簡素な図を差し出した。
街道と、関所の位置。そしていくつかの寺と村。
「ここだ」
指で示される。
「ここで揉めている。通行を巡って三者が衝突している状態だ」
寺、国人、商人。完璧に面倒な組み合わせだった。
「・・・帰りたい」
「不可能、だな」
思わず呟くが、即叩き潰された。わかりやすい意趣返しもプラス、人でなしだわこのおっさん。
◇
現地は予想通りの状況だった。
関所の前で、人の流れが滞っている。荷を積んだ商人たちが、不満げに顔をしかめていた。
「通るなら銭を払え!」
「いや、もう払っただろうが!」
「それは別の関だ!」
揉めている。すごく揉めている。すごくすごく揉めていらっしゃる。
「あーあ・・・」
頭を掻く。正直、あまり考えたくない。ざっと状況を見て、適当に口を開いた。
「まとめてしまえばよろしいでしょう」
一斉に視線が集まる。
「…何?」
「関銭です。まとめて一回に為されませ」
雑な発言だった。
「各所で取るから揉めるのです。一箇所で取って、あとで分ければいい」
言ってて自分でも適当だと思う。
「寺にでも預けておけばよろしい。顔が利くのでしょう?皆々様」
丸投げに近い。いつもの沈黙。
「なるほどな」
聞き覚えのある声だった。振り向けば、朝比奈泰能様が唸るような顔。なんでいるんだよ?
「徴収を一元化し、分配で均すか」
また始まった。
「関所ごとの対立を、構造ごと消すとは・・・」
いや、そこまでじゃない。
「さらに寺を介することで、強制力と信頼性を担保する。流石の手腕よ、正然」
勝手に話を盛るな!
「では、この方式で進める」
決定された。早い。気づけば、流れは動き出していた。関銭は一箇所に集められ、寺を通じて分配される。人の流れも、少しずつ戻り始めていた。
「・・・ひとまず動いた」
ぽつりと呟く。まあ、いいか。動いたし。
「報告はこちらで上げるぞ、正然殿」
朝比奈様が当然のように言った。やめろ!わざと恭しく"殿"なんて取って付けやがって!
◇
数日後。その報告は、当然のように上へ届く。
「面白い」
今川義元は短く言った。
「流れを止めぬ、か。よい」
それだけだった。それだけで、十分だった。
◇
そして。
「次があるぞ」
雪斎様の一言で、全てを悟る。
「・・・ですよね」
空を見上げる。この世に逃げ場は、どこにもなかった。末法めいて、現代に帰りたい・・・。ホント帰りたい。




