表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

六話 坊主は仏門の醜さに呆れる

 駿河と遠江を行き来する生活にも、少しだけ慣れてきた。慣れた、というよりは、諦めたに近い。


「・・・何で坊主がこんなに移動してるんだよ?」


 馬の揺れに身を任せながら、小さくぼやく。行く先々で待っているのは、書類と揉め事と面倒ごと。休む暇なんてものは、綺麗さっぱり消え失せていた。

 ーー前世でも、できるだけ手を抜いて生きてきた。

要領よく、怒られない程度に。それで十分だったはずだ。

 ――なのに、どうしてこうなった。


「・・・帰りたい」


 呟いてみても、現実は何も変わらない。今回の案件は、寺同士の争い。しかも理由は、実に分かりやすかった。

 ()()



 現地は街道沿いの要所だった。片方の寺は参道を広げ、門前に市を開いている。参拝客に合わせて商人が集まり、宿や飯屋まで並んでいた。

 これはカネがどっさり入ってきますねえ・・・。煩悩塗れも大概にしとけって。

 問題は、その街道の途中にもう一つ、別の宗派の寺があったことだ。


「本来、この道は我らの参道である!」

「何をぬかすか!?古くから通る街道だ!」


 怒号が飛び交う。うん、知ってた。ホント俗だよ。


 人の流れをどちらが握るか?

 市の利益をどちらが取るか?

 通行の名目でどちらが銭を取るか?


 全部、取り合いだ。醜いことこの上ないな。

 ーーあれ?中身現代人のトーシロなのに、一端の仏門じみたこと思ってる。人間って変わるんだね!


「・・・面倒だ」


 思わず漏れる。坊主のくせに血の気が多いなあ、とぼんやり思う。いや、儲けが絡めばこうなるか。

 深く考えるとろくなことにならない。これは経験則だ。だから、なるべく考えない。面倒だから。

 少しだけ視線を巡らせて、俺は口を開いた。


「では、分配いたしましょう」

「・・・何を言っている?」

「通行と市、それぞれに分配すればよろしいかと」


 ぴたり、と空気が止まる。自分でも雑だと思うが、これ以上ここにいたくない。


「街道の管理は此方、門前市は其方。他にも、日毎月毎での分配もございますね」


さらに付け足す。


「徴収も寺経由でまとめて、後に分配すれば火種は容易に鎮まるでしょう」


 ほぼ思いつきだった。沈黙が落ちる、長い沈黙。

 やがて、誰かが口を開いた。


「・・・それでは、不公平が出るのではないか?」

「出た場合、次で整えれば問題ないでしょう」


 本音だった。きっちり決めるから揉めるんだろうに。曖昧なラインが吉なことも、ある。


「なるほど」


 低い声が響いた。振り向くと、朝比奈泰能様が立っていた。


「利権を固定せず、流動化させるか」


 いや、そんな大層な話じゃない。


「通行と市を分離し、徴収を一元化することで、直接の衝突を断つか・・・」


待ってほしい。


「さらに時間で均すことで、不満を分散させる。単発の調停ではなく、継続的な均衡を保つ仕組みだな。相も変わらず見事なものよ、正然」


 いやほんと待って。やめましょうよ!?


「・・・複雑怪奇に跨る利害を、一手で整理したか。無自覚でやり切ったこと、畏れの念すら抱くぞ」


 ぽつりと、朝比奈様が呟いた。やめてくれ!そんな顔で納得するな!何と勘違いも甚だしい!

 結局、その場は俺の出した案でまとまった。というか、まとまってしまった。


「では、この方式を他の寺にも伝え広めよう」


朝比奈様がさらっと言う。


「同様の争いは各地にある。お前が見て回れ」

「はあぃ?」


 一瞬、思考が止まる。増えた、確実に増えた。バグ増殖とかゲームの中にしてくれません?

 どこかで手を抜けば、楽になるはずだった。なのに、なのに、なぜか全部うまくいってしまう!その結果がこれだ!


「・・・いや、絶対おかしいだろ」


 誰に言うでもなく呟く。当然、答えは返ってこない。空虚しいとはこのことだ、虚しすぎて腹切るしかなくなるわ。



 数日後。その報告は、さらに上へと上がっていた。


「・・・ほう」


 今川家当主、東海最強大名今川義元は手にした書状に目を落とすと、わずかに口元が緩んだ。


「寺の利権争いを、仕組みで抑えたか。それに、あの雪斎がそこまで推すとはな・・・」


 言葉を切り、短く続けた。


「一度、使ってみるか」


 その言葉が発せられた瞬間、正然はこれまでとは一線を画す怖気に見舞われることとなった。



 その頃、俺はというと。


「嫌な方向に進んでないか?」


 次の目的地へ向かう馬の上で、遠い目をしていた。

 風は、やけに冷たかった。風邪引くわ、仮病でも何でもなく。それでサボろうそうしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ