六話 坊主は仏門の醜さに呆れる
駿河と遠江を行き来する生活にも、少しだけ慣れてきた。慣れた、というよりは、諦めたに近い。
「・・・何で坊主がこんなに移動してるんだよ?」
馬の揺れに身を任せながら、小さくぼやく。行く先々で待っているのは、書類と揉め事と面倒ごと。休む暇なんてものは、綺麗さっぱり消え失せていた。
ーー前世でも、できるだけ手を抜いて生きてきた。
要領よく、怒られない程度に。それで十分だったはずだ。
――なのに、どうしてこうなった。
「・・・帰りたい」
呟いてみても、現実は何も変わらない。今回の案件は、寺同士の争い。しかも理由は、実に分かりやすかった。
カネ!
◇
現地は街道沿いの要所だった。片方の寺は参道を広げ、門前に市を開いている。参拝客に合わせて商人が集まり、宿や飯屋まで並んでいた。
これはカネがどっさり入ってきますねえ・・・。煩悩塗れも大概にしとけって。
問題は、その街道の途中にもう一つ、別の宗派の寺があったことだ。
「本来、この道は我らの参道である!」
「何をぬかすか!?古くから通る街道だ!」
怒号が飛び交う。うん、知ってた。ホント俗だよ。
人の流れをどちらが握るか?
市の利益をどちらが取るか?
通行の名目でどちらが銭を取るか?
全部、取り合いだ。醜いことこの上ないな。
ーーあれ?中身現代人のトーシロなのに、一端の仏門じみたこと思ってる。人間って変わるんだね!
「・・・面倒だ」
思わず漏れる。坊主のくせに血の気が多いなあ、とぼんやり思う。いや、儲けが絡めばこうなるか。
深く考えるとろくなことにならない。これは経験則だ。だから、なるべく考えない。面倒だから。
少しだけ視線を巡らせて、俺は口を開いた。
「では、分配いたしましょう」
「・・・何を言っている?」
「通行と市、それぞれに分配すればよろしいかと」
ぴたり、と空気が止まる。自分でも雑だと思うが、これ以上ここにいたくない。
「街道の管理は此方、門前市は其方。他にも、日毎月毎での分配もございますね」
さらに付け足す。
「徴収も寺経由でまとめて、後に分配すれば火種は容易に鎮まるでしょう」
ほぼ思いつきだった。沈黙が落ちる、長い沈黙。
やがて、誰かが口を開いた。
「・・・それでは、不公平が出るのではないか?」
「出た場合、次で整えれば問題ないでしょう」
本音だった。きっちり決めるから揉めるんだろうに。曖昧なラインが吉なことも、ある。
「なるほど」
低い声が響いた。振り向くと、朝比奈泰能様が立っていた。
「利権を固定せず、流動化させるか」
いや、そんな大層な話じゃない。
「通行と市を分離し、徴収を一元化することで、直接の衝突を断つか・・・」
待ってほしい。
「さらに時間で均すことで、不満を分散させる。単発の調停ではなく、継続的な均衡を保つ仕組みだな。相も変わらず見事なものよ、正然」
いやほんと待って。やめましょうよ!?
「・・・複雑怪奇に跨る利害を、一手で整理したか。無自覚でやり切ったこと、畏れの念すら抱くぞ」
ぽつりと、朝比奈様が呟いた。やめてくれ!そんな顔で納得するな!何と勘違いも甚だしい!
結局、その場は俺の出した案でまとまった。というか、まとまってしまった。
「では、この方式を他の寺にも伝え広めよう」
朝比奈様がさらっと言う。
「同様の争いは各地にある。お前が見て回れ」
「はあぃ?」
一瞬、思考が止まる。増えた、確実に増えた。バグ増殖とかゲームの中にしてくれません?
どこかで手を抜けば、楽になるはずだった。なのに、なのに、なぜか全部うまくいってしまう!その結果がこれだ!
「・・・いや、絶対おかしいだろ」
誰に言うでもなく呟く。当然、答えは返ってこない。空虚しいとはこのことだ、虚しすぎて腹切るしかなくなるわ。
◇
数日後。その報告は、さらに上へと上がっていた。
「・・・ほう」
今川家当主、東海最強大名今川義元は手にした書状に目を落とすと、わずかに口元が緩んだ。
「寺の利権争いを、仕組みで抑えたか。それに、あの雪斎がそこまで推すとはな・・・」
言葉を切り、短く続けた。
「一度、使ってみるか」
その言葉が発せられた瞬間、正然はこれまでとは一線を画す怖気に見舞われることとなった。
◇
その頃、俺はというと。
「嫌な方向に進んでないか?」
次の目的地へ向かう馬の上で、遠い目をしていた。
風は、やけに冷たかった。風邪引くわ、仮病でも何でもなく。それでサボろうそうしよう。




