5話 坊主は戦国寺院の何たるかを学ぶ
人が増えた。それが、第一印象だった。
朝比奈様のご手配だという。 "広域対応のため"とのことだが、どう考えても監視だ。
俺がサボらないように。もしくは、変なことをしないように。どちらにせよ、ろくでもない理由である。
「本日より、補佐を務めさせていただきます」
そう言って頭を下げたのは、若い武士だった。真面目そうだ。 そして、融通が利かなさそうだ。
最悪である。上司そっくりの理屈屋臭い。
「・・・適当にやりましょうね〜」
「は?」
「いえ、こちらの話です。失礼いたしました」
いけないいけない。つい本音が出た。
◇
案内された先は、村ではなかった。寺だ。だが、俺の知っている寺とは少し違う。人が多い。 やけに多い。僧だけではない。 農民、商人、武士。様々な人間が、ここを出入りしている。
「・・・落ち着かないな」
「ここは周辺の調整を担う拠点です」
横から、補佐の武士が説明する。説明しなくていいよ?聞くと仕事が増えそうだから。
「各村の代表が集まり、利害の調整をしております」
「おぉ」
聞いてない。聞いてないが、勝手に耳に入ってくる。というか、見れば分かる。あちこちで話し合いが行われている。 言い争いもあれば、取引のようなやり取りもある。
これは寺というよりも・・・。
「・・・市場か?」
「いえ、紛れもなく寺・寺院です」
即座に否定された。だが、どう見てもただの寺ではない。中身現代人のトーシロにすらわかる、見え見え丸見えの重要拠点じゃないか。昔聞いた、"土地のことは寺に聞け"はマジなんだな。
◇
「こちらが此度の者たちです」
案内された部屋には、すでに人が集まっていた。前回よりさらにさらに多い。
そして、空気は同じだ。重いし、険悪。
超帰りたい。
「この僧が・・・」
誰かが言いかけて、言葉を飲み込んだ。視線が集まる。やめろよ、その期待。どこから来てるんだ?
「では、始める」
朝比奈様の代わりに、別の僧が口を開いた。なるほど、ここではこの人が仕切るらしい。
楽できそうだな、良かった良かった。
◇
話はやはり、似たようなものだった。
境界。利害。記録と感情の衝突。
聞いたことのある単語が並ぶ。もういいだろ?それは。視線を逸らしたその先で、僧たちが別の話をしている。
物資の手配。 人の移動。どこに何を送るか。
忙しそうだ、というか・・・。
「・・・普通に仕事してるな」
当たり前だが、妙な違和感があった。寺というと、もっと静かな場所だと思っていた。
だがここは違う。人が動き、物が動き、話が動く。
まるで――
「流れを作っている・・・」
「言われてみれば・・・そうですね」
「あっ、いやその・・・」
何か、若武者さんが納得したような顔をしている。やめてくれ。その顔、ろくなことにならないよ絶対!
◇
「正然殿のご意見は?」
また振られた。いい加減にしてほしい。期待するなよ全く・・・。
「前と同じ取り決めでよろしいかと」
適当に言った。もう考えるのも面倒だ。
「同じ、とは?」
「各々集まり、その場で決めるのですよ」
簡単だ。楽だ。俺が。
「なるほど」
またその顔だ。やめろ。
「この場を使う、ということか」
「すでに者どもは揃っている。確かに、条件としては整っている」
いや知らん。ただ思いつきだ。皆さん、それっぽいものを真理と受け取るのは如何なものか?これを整っているとか言い出す気が知れないわ。
「加えてこの寺には、各地の報せと人が集まっている。つまり、ここは"決定を広げる場"でもある」
補佐の武士と仕切り役の僧が、ゆっくりと周囲を見る。だから何だ?何を言っている?
「ここで決めれば、そのまま周辺にも伝わる・・・。実に良い、効率的で合理的だ」
やめろやめろ!広げるな、話を。
楽なだけだぞ?俺が。
◇
気がつけば、話は進んでいた。関係者が集められ、場が整えられる。人が動く。早い。
やめてくれ。そんなにスムーズに進むな。
「では、決を取ろう」
仕切り役の僧が言った。またか、本当にやるのか?
「異論のある者は、今のうちに述べよ」
ざわめきが広がるが、決定的な声は出ない。これも前と同じ、ワンパターンも大概にしろ。
「では、この条件で良い者」
手が挙がる数が多い。やはり面倒なのだろう。
「反対の者」
少数。空気が傾く。
「決まりだな」
あっさりだった。拍子抜けするほどに。
◇
外に出る。さっきまでの空気が嘘のように、少しだけ軽くなっていた。
「やっと終わった」
思わず呟く。本当に終わったのかは知らないが、とりあえず目の前は終わった。
「見事でした」
横から声。補佐の武士だ。
「はあ」
「寺を拠点に、人と情報を集め、その場で決を取る・・・」
やめろ。まとめるな。
「無駄がない。極めて合理的です」
違うぞ。ただ移動が面倒だっただけだ!
「これが、僧のやり方・・・」
違う。俺だけだと思う。否定する気力もない。
「しかと報告させていただきます」
武士はそう言って、どこかへ向かった。やめろ報告するな、嫌な予感しかしない。
◇
その日の夕刻。案の定、呼び出された。相手は無論この男だ。
「うむ、よくやった」
雪斎殿だった。終わった、今度こそ終わった。
「寺の機能を最大限に活かしたか」
違う。これもたまたまだ。偶然、って言葉をご存知ありませんかね?
「情報と人の流れを抑え、決定を一気に広げる・・・見事よ」
やめてくれ!そんな大層な話じゃないぞ?
「これならば、さらに広い範囲でも通ずる」
嫌な流れだ。とても嫌な流れだ。とてもとても嫌な流れが押し寄せてくる・・・!
「次は複数の拠点を同時に動かす」
来てしまった!考えられる最悪の形だ。
「寺同士を連携させ、広域を一度に押さえ安んじる」
やめてくれ!規模を広げるな!
「其方に任せる」
「不可能です」
「できる」
即答だった。何故?何故そんなに信頼している?根拠はどこにある?ソース出せソース!
俺は黙った。もう何を言っても無駄だ。むしろ、言うほど増える。それは学習した、今までの流れで。
「では、頼む」
すべてが決まった。
◇
手元には、また紙の束があった。さらに増えている。厚いし重いし、現実が重い。
「・・・帰りたい」
小さく呟く。どうやら俺は、寺を使って広い範囲をまとめる役になってしまったらしい。意味が分からない。分からないが、決まってしまった。
俺のブラック戦国ライフは、順調に拡大している。




