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三話 坊主は戦国の常を見せつけられる

 駿河と遠江の国境付近。


「・・・帰りたい」


 到着して第一声がそれだった。

 いや仕方ないだろう。道は悪いし、飯は固いし、空気は重い。何なんだよもう。俺の知ってる転生者ライフと、欠片も一致しないじゃないか!


「こちらでございます」


 案内役の武士が、やたら畏まった声で言った。その先にあるのは簡素な陣屋。

 だが、中から漏れてくる空気はまるで戦場だ。聞けば最早戦場一歩手前らしい。


「坊主が来る場所じゃないだろ・・・」


 小声でぼやく。


「何か?」

「いえ、南無阿弥陀仏」


 便利だなこの言葉。ホント便利。



 中に入った瞬間、視線が刺さった。

 重い。痛い。帰りたい。


「その僧か」


 低い声。前に座る男がこちらを見る。鋭い目つき、整った姿勢。いかにも"できる側"の人間だ。

 この人が朝比奈あさひな泰能やすよし。今川の強力な家臣団、その一角を担う男か。


「例の書状をまとめたという」

「いや、まあ・・・そうですね」


 なんでそんな話広まってんの?横では別の男が腕を組んでいる。いかにも不機嫌そうだ。


「坊主なぞ呼んで何になるのだ!?」


 こっちは感情派だな、わかりやすいことで。朝比奈様と同格の国人方かな?どっちもそれなりの歳の筈だけど、こうも印象が異なるか。


「静まれ」


 朝比奈様が一言で制す。怖い。上司にしたくないタイプだ、少し共にするだけで胃が瞬く間に爛れる。


「まずは状況を確認する」


 淡々と話が始まる。一応二国の頂点は今川家だよな?何でこんな問題が起きてるか、単純に興味が湧いてきたぞ?面倒の極みだけど!



「境界は本来、この川で定められている」

「だがその川が流れを変えたのだ!」


 やっぱり揉めてる。理屈と感情が正面衝突している。武器があったら、刃傷沙汰間違いなし。


「記録上では」

「記録など知るか!」


 うん、知ってた。俺はそっと壁際に下がった。

 空気になろう、空気は怒られない。当人たちの意識から外れていこう、そうしよう。


「・・・で?」


 唐突に話が飛んできた。


「は?」

「其方の意見を聞いている」


 やめろ。なんで俺に振る?


「いや、その・・・ですね?」


 全員がこっちを見る。おいやめろ!期待するな!

 俺はため息を飲み込み、適当に口を開いた。


「責を負うべき"お一人"、この場で決めてしまいましょう」


 静寂。あ、やばい。やらかした?けれど、反応は全く別のものが出た。


「・・・一理ある」


 朝比奈様が頷いた。


「はあぃ?」


 思わず声が出た。


「責任の所在を明確にする。確かに争いは減る」


 いやそんな大層な話じゃない。ただ面倒だからさ、責任の押し付け先決めろってだけ!


「だが、誰がその役を負う!?」


 感情派が食いつく。うん、そこは知らん。誰もやりたがらないからな、こういうの。


「では、得になるやり様を為されれば?」


 さらに適当を重ねる。もうどうでもいい。


「得、だと?」

「はい。揉めるということは、どちらも損を被りたくないということ。なれば、条件を突き詰め合わせ納得させればよろしいかと存じます」


 見飽きた沈黙。何だ?この空気。

 やめろ、変な解釈するなよ?絶対するなよ?


「・・・利で調整する、か」


 朝比奈様が呟く。


「戦を避けるための策としては、合理的だ」


 違う!ただの面倒くさがりの発言だ!


「納得せぬ者はどうする!?」


 感情派が机をぶっ叩いた。


「奪われた土地は、我らのものだ!」


 あーあ、面倒面倒。


「・・・」


 俺は少し考えて――いや、考えてない。ただ、口が動いた。


「では、全員で決めましょう」

「は?」

「責を負う方が一人では揉めてしまうのでしょう?そうなると策は一つ。各々お集まりになり、その場で決める。後の横槍を防ぐために」


 また沈黙。もういい。怒られるなら怒られろ。

 その時、外が騒がしくなった。


「申し上げます!」


 兵が駆け込んでくる。


「村同士の衝突が発生! 負傷者多数!」


 空気が一変した。さっきまでの言い争いが嘘のように、全員の顔が引き締まる。


「・・・やはりか」


 朝比奈様が立ち上がる。重い。一気に現実が重くのしかかってくる。俺だけ置いていかれてる感じがすごい。正しく場違いだ。


「・・・どうする?」


 誰かが言った。視線がまた集まる。

 やめろ、何だよ?


「この策・・・今こそ、試すべきではないか」

「は?」


 誰だ今の!?余計なこと言うなってば!


「各々集まり、その場で決を取るか・・・。確かに、今ならば」


 朝比奈がこちらを見る。やめよう?その目は。 

 期待するな!


「其方、できるな?」

「・・・誰に何を述べられているか、お分かりで?」


 やんわり、だがしっかりと拒否。いやいや、ホント何言ってんだか・・・。


「やれ」

「畏まりました」


 俺は迷わず承諾した。



 外に出ると、空気がさらに重かった。怒号、泣き声、血の臭い。


「・・・帰りたい」


 もう何度目かわからない。だが帰れない。

 何故ならば!


「この者が、雪斎様の見込んだ僧である」


 紹介されたからだ。

 やめろよ。ハードルを上げるな!

 村人たちの視線が集まる。期待、不安、苛立ち。全部、ぜーんぶこっちに向いている。

 無理だろ。こんなの、無理だろ・・・?


「・・・はぁ」


 ため息をついた。この瞬間は、これ以外ない。

 もういい。どうせ逃げられない。


「皆様、お集まりください」


 俺は適当に声を張った。


「今から、取り決めいたします」


 自分で言っておいてなんだが、雑すぎる。

 だが、不思議と人は集まり、押されるように場ができていく。


「うう〜む・・・」


 何も考えていない。本当に何も考えていない。それでも、言葉というのは勝手に出てくるらしい。


「ひとまず、異議のある方は今この場で仰ってください」


 沈黙し、誰も動かない。何と理性的な。


「後からは、一切受け付けません」


 さらに沈黙。さっきまで殴り合ってたのに?


「では、こちらの条件でよろしい方は挙手を」


 適当に決めた内容を口にする。半分くらいが手を挙げる。残りは渋い顔。


「反対は?」


 少数。空気が、少し傾いた。


「賛成多数、これにて決まりです」

「何!?」


 反対側がざわめく。


「その場で決めると言ったはずだ」


 朝比奈様の声が落ちる。重い一言だった。


「・・・従え」


 この場の誰も、逆らえなかった。



 ひとまず、その場は収まった。完全じゃないし、納得してない顔も多い。しかし少なくとも、今すぐの衝突は止まった。


「・・・ふう」


 俺はその場にしゃがみ込んだ。疲れた!何もしてないのに疲れた!イミフイミフ。


「見事なものよ」


 上から声が降る。見上げると、朝比奈様がいた。


「ええ?」

「利と責を用い、場を収めた。簡単にできることではない」


 違う!適当だぞ!


「いや、あのですね・・・」

「やはり、雪斎様の目は確かだな」


 やめろ、その名前を出すな。嫌な予感しかしない。


「次も頼む」

「次?ってまさか」


 聞き返した瞬間。


「別の村でも、同様の問題が起きている」


 終わった。完全に終わった。


「安心しろ」


 朝比奈様は静かに言った。


「其方ならば、できる」

「相手を間違えておりますね!何故今川様にご助力を求められないのか!?」


 誰も聞いていなかった。こうして俺の、ブラック戦国ライフは、まだ続くらしい。悲しい。

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