三話 坊主は戦国の常を見せつけられる
駿河と遠江の国境付近。
「・・・帰りたい」
到着して第一声がそれだった。
いや仕方ないだろう。道は悪いし、飯は固いし、空気は重い。何なんだよもう。俺の知ってる転生者ライフと、欠片も一致しないじゃないか!
「こちらでございます」
案内役の武士が、やたら畏まった声で言った。その先にあるのは簡素な陣屋。
だが、中から漏れてくる空気はまるで戦場だ。聞けば最早戦場一歩手前らしい。
「坊主が来る場所じゃないだろ・・・」
小声でぼやく。
「何か?」
「いえ、南無阿弥陀仏」
便利だなこの言葉。ホント便利。
◇
中に入った瞬間、視線が刺さった。
重い。痛い。帰りたい。
「その僧か」
低い声。前に座る男がこちらを見る。鋭い目つき、整った姿勢。いかにも"できる側"の人間だ。
この人が朝比奈泰能。今川の強力な家臣団、その一角を担う男か。
「例の書状をまとめたという」
「いや、まあ・・・そうですね」
なんでそんな話広まってんの?横では別の男が腕を組んでいる。いかにも不機嫌そうだ。
「坊主なぞ呼んで何になるのだ!?」
こっちは感情派だな、わかりやすいことで。朝比奈様と同格の国人方かな?どっちもそれなりの歳の筈だけど、こうも印象が異なるか。
「静まれ」
朝比奈様が一言で制す。怖い。上司にしたくないタイプだ、少し共にするだけで胃が瞬く間に爛れる。
「まずは状況を確認する」
淡々と話が始まる。一応二国の頂点は今川家だよな?何でこんな問題が起きてるか、単純に興味が湧いてきたぞ?面倒の極みだけど!
◇
「境界は本来、この川で定められている」
「だがその川が流れを変えたのだ!」
やっぱり揉めてる。理屈と感情が正面衝突している。武器があったら、刃傷沙汰間違いなし。
「記録上では」
「記録など知るか!」
うん、知ってた。俺はそっと壁際に下がった。
空気になろう、空気は怒られない。当人たちの意識から外れていこう、そうしよう。
「・・・で?」
唐突に話が飛んできた。
「は?」
「其方の意見を聞いている」
やめろ。なんで俺に振る?
「いや、その・・・ですね?」
全員がこっちを見る。おいやめろ!期待するな!
俺はため息を飲み込み、適当に口を開いた。
「責を負うべき"お一人"、この場で決めてしまいましょう」
静寂。あ、やばい。やらかした?けれど、反応は全く別のものが出た。
「・・・一理ある」
朝比奈様が頷いた。
「はあぃ?」
思わず声が出た。
「責任の所在を明確にする。確かに争いは減る」
いやそんな大層な話じゃない。ただ面倒だからさ、責任の押し付け先決めろってだけ!
「だが、誰がその役を負う!?」
感情派が食いつく。うん、そこは知らん。誰もやりたがらないからな、こういうの。
「では、得になるやり様を為されれば?」
さらに適当を重ねる。もうどうでもいい。
「得、だと?」
「はい。揉めるということは、どちらも損を被りたくないということ。なれば、条件を突き詰め合わせ納得させればよろしいかと存じます」
見飽きた沈黙。何だ?この空気。
やめろ、変な解釈するなよ?絶対するなよ?
「・・・利で調整する、か」
朝比奈様が呟く。
「戦を避けるための策としては、合理的だ」
違う!ただの面倒くさがりの発言だ!
「納得せぬ者はどうする!?」
感情派が机をぶっ叩いた。
「奪われた土地は、我らのものだ!」
あーあ、面倒面倒。
「・・・」
俺は少し考えて――いや、考えてない。ただ、口が動いた。
「では、全員で決めましょう」
「は?」
「責を負う方が一人では揉めてしまうのでしょう?そうなると策は一つ。各々お集まりになり、その場で決める。後の横槍を防ぐために」
また沈黙。もういい。怒られるなら怒られろ。
その時、外が騒がしくなった。
「申し上げます!」
兵が駆け込んでくる。
「村同士の衝突が発生! 負傷者多数!」
空気が一変した。さっきまでの言い争いが嘘のように、全員の顔が引き締まる。
「・・・やはりか」
朝比奈様が立ち上がる。重い。一気に現実が重くのしかかってくる。俺だけ置いていかれてる感じがすごい。正しく場違いだ。
「・・・どうする?」
誰かが言った。視線がまた集まる。
やめろ、何だよ?
「この策・・・今こそ、試すべきではないか」
「は?」
誰だ今の!?余計なこと言うなってば!
「各々集まり、その場で決を取るか・・・。確かに、今ならば」
朝比奈がこちらを見る。やめよう?その目は。
期待するな!
「其方、できるな?」
「・・・誰に何を述べられているか、お分かりで?」
やんわり、だがしっかりと拒否。いやいや、ホント何言ってんだか・・・。
「やれ」
「畏まりました」
俺は迷わず承諾した。
◇
外に出ると、空気がさらに重かった。怒号、泣き声、血の臭い。
「・・・帰りたい」
もう何度目かわからない。だが帰れない。
何故ならば!
「この者が、雪斎様の見込んだ僧である」
紹介されたからだ。
やめろよ。ハードルを上げるな!
村人たちの視線が集まる。期待、不安、苛立ち。全部、ぜーんぶこっちに向いている。
無理だろ。こんなの、無理だろ・・・?
「・・・はぁ」
ため息をついた。この瞬間は、これ以外ない。
もういい。どうせ逃げられない。
「皆様、お集まりください」
俺は適当に声を張った。
「今から、取り決めいたします」
自分で言っておいてなんだが、雑すぎる。
だが、不思議と人は集まり、押されるように場ができていく。
「うう〜む・・・」
何も考えていない。本当に何も考えていない。それでも、言葉というのは勝手に出てくるらしい。
「ひとまず、異議のある方は今この場で仰ってください」
沈黙し、誰も動かない。何と理性的な。
「後からは、一切受け付けません」
さらに沈黙。さっきまで殴り合ってたのに?
「では、こちらの条件でよろしい方は挙手を」
適当に決めた内容を口にする。半分くらいが手を挙げる。残りは渋い顔。
「反対は?」
少数。空気が、少し傾いた。
「賛成多数、これにて決まりです」
「何!?」
反対側がざわめく。
「その場で決めると言ったはずだ」
朝比奈様の声が落ちる。重い一言だった。
「・・・従え」
この場の誰も、逆らえなかった。
◇
ひとまず、その場は収まった。完全じゃないし、納得してない顔も多い。しかし少なくとも、今すぐの衝突は止まった。
「・・・ふう」
俺はその場にしゃがみ込んだ。疲れた!何もしてないのに疲れた!イミフイミフ。
「見事なものよ」
上から声が降る。見上げると、朝比奈様がいた。
「ええ?」
「利と責を用い、場を収めた。簡単にできることではない」
違う!適当だぞ!
「いや、あのですね・・・」
「やはり、雪斎様の目は確かだな」
やめろ、その名前を出すな。嫌な予感しかしない。
「次も頼む」
「次?ってまさか」
聞き返した瞬間。
「別の村でも、同様の問題が起きている」
終わった。完全に終わった。
「安心しろ」
朝比奈様は静かに言った。
「其方ならば、できる」
「相手を間違えておりますね!何故今川様にご助力を求められないのか!?」
誰も聞いていなかった。こうして俺の、ブラック戦国ライフは、まだ続くらしい。悲しい。




