二話 坊主は過大評価に辟易する
――終わった。
と、思った。
いや、正確には終わったのは人生ではない。俺の悠々自適自堕落計画が終わった。
「三日で、駿河と遠江の国境問題をまとめよ」
あの一言が、すべてを破壊した。
「いや無理だろ」
誰もいない書庫で、俺は遠慮なく本音を漏らした三日ってなんだ三日って。前世でもそのスケジュールは炎上案件だぞ?
目の前には山積みの書類。いや山というか、もう山脈だ。何コレ地獄絵図。
「・・・帰りたい」
坊主なのに煩悩が止まらない。というか、なんで俺なんだよ。ただ書類を"それっぽく"整理しただけだぞ?
評価するな。放っておけ、俺を。
静かに余生を過ごさせろ。
◇
一刻後。
「よし、やめよう」
俺は決断した。早い?否、これは合理的判断だ。全て読むのは無理。それなら、読むのをやめればいい。
「どうせ原因なんてのは・・・」
適当に指を折ってみる。
「土地争い、利権、あとは感情」
うん、人間そんなもんだ。戦国だろうが現代だろうが変わらん。根っこはいつの時代も同じだ。
「・・・いけるな」
いける気がしてきた。いや、いけることにする。
俺は紙を一枚引き寄せ、筆を取る。そして、書くのはただ一つ。
ーー楽をするための文章だ。
◇
――今回の問題点は以下の三つ。
・国境の曖昧さ
・領民同士の小競り合い
・統治責任の不明確さ
「うん、雑だ。実にザルだ」
自分で書いておいてなんだが雑の極み。だがいい、続けよう。これでやり切る。
――主に考えられる原因は後述の通り。
・利害の衝突
・管理体制の不備
・感情的対立
「全部"それ"っぽい。星座占いや血液型占いばりのそれっぽさ、逆に惚れ惚れする」
深掘り? 知らんな。誰も全部把握してないし、できてないだろ。
――即効性があり講じやすい対策を列挙する。
・責任者を一人に定める
・利害関係を明文化する
・揉める場合は利益で調整
筆が止まる。
「・・・これでいいか」
短い。めちゃくちゃ短いが。
「長文にする意味、なくない?」
前世でもそうだった。長文は読む気を削ぐ。要点だけでいい。要約がまともにできず長いだけなのは、その場でゴミ箱行きが妥当なのだ。
「よし、完成」
俺は満足した。作業時間?体感で三十分くらい。残りの時間どうするって?
「寝るか」
大の字になった。
この坊主、悟りどころか完全に堕落している。
◇
そして二日後。
「できました」
俺は紙を差し出した。周囲の空気が一瞬止まる。
「・・・これだけか?」
隣の坊主が震える声で言う。
「はい」
「三日でまとめたと聞いたが……」
「ええ、まあ。そうですけど」
実質一日もやってないけどな。坊主は恐る恐る、紙を覗き込む。謎の緊張感、何コレ?
暫くの間、沈黙。ーーさらに沈黙。長いわ。
坊主の口から、言葉が漏れ始める。
「・・・な、何だこれは!?」
「え?」
まずい、怒られる流れか!?俺は内心合掌した。
ーー短い人生だったな、第二の人生。まだ十代よ?
「無駄が・・・ない」
「は?」
「要点のみを抽出し、余計な修飾が一切ない!」
坊主の目が見開かれる。
「まるで全体を俯瞰しているかのようだ・・・!」
「適当ですが・・・」
「これが、あのお方の見抜いた才・・・!」
「違いますって!」
違う、誤解だ。完全に誤解だ。誰も俺の声を聞いていない。この勘違いに対し、賛同する者がむしろ増えている。
「・・・見せてくれ」
「なんという簡潔さだ・・・!」
「これほど明瞭な文は初めて見た!」
おかしい。おかしすぎる。これはただの手抜きだ。
手抜きが絶賛されている。
「終わった・・・」
別の意味でオタワ。いや、オワタ。
◇
その紙は上へ上へと運ばれていった。
ーー今川家の方々に案内された、静かな部屋。俺の前に座るのは、このお方。
太原雪斎。
俺の人生を壊した張本人だ。雪斎様は無言で紙を読む。坊主って偉くなるほど沈黙・無言が好ましいのかしら?
例に漏れず沈黙。その長さ、恐怖心煽りまくり。
(絶対怒られるわ・・・)
そう確信した、その時。
「・・・ほう」
短い一言。それだけで空気が変わった。雪斎様は紙から目を上げ、俺を見る。
「面白い」
「え?」
思わず声が出た。面白い?どこが?
「簡潔にして要を得ている」
指で紙を叩く。
「特に、責任の一元化。この発想は良い」
(・・・適当に書いたんですけど?)
「さらに利害の明文化とは。争いを感情から切り離すか、法を以て事に当たれと言いたいのだな?」
それも適当だが、適当に頷くしかない。
「ふむ」
やめろ、深読みするな。事故が拡大している。
「良かろう」
雪斎様は頷いた。そして、さらりと言った。
「では、この案を実行せよ」
「はあぃ?」
聞き間違いだろうか?
「現地にも赴け」
「お待ちください」
「うむ、任せる」
「お任せくださいなどと、一言一句申し上げておりませんよー?」
俺の声は、完全に無視された。
◇
部屋を出た俺は、空を見上げた。
「なんで?ホントナンデ?」
楽をするために書いた。ただそれだけだ。なのに!
「なんで現地行くことになるんだよ!!」
若い坊主の叫びが、虚しく響いた。




