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二話 坊主は過大評価に辟易する

 ――終わった。

 と、思った。

 いや、正確には終わったのは人生ではない。俺の悠々自適自堕落計画が終わった。


「三日で、駿河と遠江の国境問題をまとめよ」


 あの一言が、すべてを破壊した。


「いや無理だろ」


 誰もいない書庫で、俺は遠慮なく本音を漏らした三日ってなんだ三日って。前世でもそのスケジュールは炎上案件だぞ?

 目の前には山積みの書類。いや山というか、もう山脈だ。何コレ地獄絵図。


「・・・帰りたい」


 坊主なのに煩悩が止まらない。というか、なんで俺なんだよ。ただ書類を"それっぽく"整理しただけだぞ?

 評価するな。放っておけ、俺を。

 静かに余生を過ごさせろ。



 一刻後。


「よし、やめよう」


 俺は決断した。早い?否、これは合理的判断だ。全て読むのは無理。それなら、読むのをやめればいい。


「どうせ原因なんてのは・・・」


 適当に指を折ってみる。


「土地争い、利権、あとは感情」


 うん、人間そんなもんだ。戦国だろうが現代だろうが変わらん。根っこはいつの時代も同じだ。


「・・・いけるな」


 いける気がしてきた。いや、いけることにする。

 俺は紙を一枚引き寄せ、筆を取る。そして、書くのはただ一つ。


 ーー()()()()()()()文章だ。



 ――今回の問題点は以下の三つ。


・国境の曖昧さ

・領民同士の小競り合い

・統治責任の不明確さ


「うん、雑だ。実にザルだ」


 自分で書いておいてなんだが雑の極み。だがいい、続けよう。これでやり切る。


 ――主に考えられる原因は後述の通り。


・利害の衝突

・管理体制の不備

・感情的対立


「全部"それ"っぽい。星座占いや血液型占いばりのそれっぽさ、逆に惚れ惚れする」


 深掘り? 知らんな。誰も全部把握してないし、できてないだろ。


 ――即効性があり講じやすい対策を列挙する。


・責任者を一人に定める

・利害関係を明文化する

・揉める場合は利益で調整


 筆が止まる。


「・・・これでいいか」


 短い。めちゃくちゃ短いが。


「長文にする意味、なくない?」


 前世でもそうだった。長文は読む気を削ぐ。要点だけでいい。要約がまともにできず長いだけなのは、その場でゴミ箱行きが妥当なのだ。


「よし、完成」


 俺は満足した。作業時間?体感で三十分くらい。残りの時間どうするって?


「寝るか」


 大の字になった。

 この坊主、悟りどころか完全に堕落している。



 そして二日後。


「できました」


 俺は紙を差し出した。周囲の空気が一瞬止まる。


「・・・これだけか?」


 隣の坊主が震える声で言う。


「はい」

「三日でまとめたと聞いたが……」

「ええ、まあ。そうですけど」


 実質一日もやってないけどな。坊主は恐る恐る、紙を覗き込む。謎の緊張感、何コレ?

 暫くの間、沈黙。ーーさらに沈黙。長いわ。

 坊主の口から、言葉が漏れ始める。


「・・・な、何だこれは!?」

「え?」


 まずい、怒られる流れか!?俺は内心合掌した。

 ーー短い人生だったな、第二の人生。まだ十代よ?


「無駄が・・・ない」

「は?」

「要点のみを抽出し、余計な修飾が一切ない!」


 坊主の目が見開かれる。


「まるで全体を俯瞰しているかのようだ・・・!」

「適当ですが・・・」

「これが、あのお方の見抜いた才・・・!」

「違いますって!」


 違う、誤解だ。完全に誤解だ。誰も俺の声を聞いていない。この勘違いに対し、賛同する者がむしろ増えている。


「・・・見せてくれ」

「なんという簡潔さだ・・・!」

「これほど明瞭な文は初めて見た!」


 おかしい。おかしすぎる。これはただの手抜きだ。

 手抜きが絶賛されている。


「終わった・・・」


 別の意味でオタワ。いや、オワタ。



 その紙は上へ上へと運ばれていった。

 ーー今川家の方々に案内された、静かな部屋。俺の前に座るのは、このお方。


 太原雪斎。


 俺の人生を壊した張本人だ。雪斎様は無言で紙を読む。坊主って偉くなるほど沈黙・無言が好ましいのかしら?

 例に漏れず沈黙。その長さ、恐怖心煽りまくり。


(絶対怒られるわ・・・)


 そう確信した、その時。


「・・・ほう」


 短い一言。それだけで空気が変わった。雪斎様は紙から目を上げ、俺を見る。


「面白い」

「え?」


 思わず声が出た。面白い?どこが?


「簡潔にして要を得ている」


 指で紙を叩く。


「特に、責任の一元化。この発想は良い」

(・・・適当に書いたんですけど?)

「さらに利害の明文化とは。争いを感情から切り離すか、法を以て事に当たれと言いたいのだな?」


 それも適当だが、適当に頷くしかない。


「ふむ」


 やめろ、深読みするな。事故が拡大している。


「良かろう」


 雪斎様は頷いた。そして、さらりと言った。


「では、この案を実行せよ」

「はあぃ?」


 聞き間違いだろうか?


「現地にも赴け」

()()()()()()()

「うむ、任せる」

()()()()()()()などと、一言一句申し上げておりませんよー?」


 俺の声は、完全に無視された。



 部屋を出た俺は、空を見上げた。


「なんで?ホントナンデ?」


 楽をするために書いた。ただそれだけだ。なのに!


「なんで現地行くことになるんだよ!!」


 若い坊主の叫びが、虚しく響いた。

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