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一話 坊主は苦を知る

 紙の束が、目の前に積まれている。一枚、二枚、いやもう数えるのはやめた。どうせ終わらない。


「・・・坊主って、こんなに働くもんだっけ?」


 思わず口から漏れた愚痴に、誰も反応しない。そもそもここは寺だ。静かなのが普通である。

 ーーいや、おかしいだろ。

 俺の知ってる坊主は、もっとこう、座禅とかしてるイメージだったんだが?

 どうして俺は今、戦国時代の寺で書類整理なんてやっているのか?

 まあ、理由は分かっている。

 ーー気付けば、この時代に転生していたからだ。



 ――とはいえ。

 転生したからといって、別に何か特別なことができるわけでもない。俺はただの見習い僧で、やっていることといえば雑務ばかりだ。

 書類の整理、使い走り、伝言役。どれもこれも、誰でもできるような仕事である。

 ーーいや、本当に誰でもできるのか?

 ふと、手元の書状に目を落とす。同じような内容の紙が何枚も混ざっている。宛名もバラバラ、順番もぐちゃぐちゃだ。


「これ、どうすんだよ・・・?」


 思わず小さく呟いたところで、


「おい正然、まだ終わっておらんのか?」


 後ろから声が飛んできた。振り返れば、年嵩としかさの僧が腕を組んでこちらを睨んでいる。


「今日中にまとめて出さねばならんのだ。急げ」

「いや、これ順番も何もかも滅茶苦茶で・・・」

「それなりの形で読めれば、問題なかろう」


 無茶を言う。後になって絶対揉めるぞ?

 それでも、やるしかない。俺は一度息を吐いてから、紙の束をざっと見直した。


・内容ごとに分ける。

・同じ宛先をまとめる。

・順番を整える。


 やっていることは単純だ。ただ、それだけで見違えるほど分かりやすくなる。


「・・・よし」


 どうにか形にはなった。これなら、少なくとも"読めない"などとは言われないだろう。

 そう思った、その時だった。


「――ほう」


 すぐ後ろで、別の声がした。低く、静かな声。

 振り向くと、いつの間にか一人の僧が立っていた。

 周囲の空気が、わずかに変わる。年嵩の僧が、慌てて姿勢を正した。


「せ、雪斎せっさい様・・・」


 その名を聞いた瞬間、嫌な予感しかしなかった。これは、とてつもなく面倒なお方に見られたな・・・。



 太原たいげん雪斎せっさい

 今川いまがわ家でやたら偉い坊主くらいの認識だが、とにかく関わると面倒な御仁だ。


(なんでこんなところに?)


 できれば目を合わせず、このままフェードアウトしたい。そんな俺の考えを見透かしたように、雪斎様が一歩近づいた。


「その書状、貴様が整えたのか」

「・・・はい、一応は」


 短く答える。余計なことは言わない。関わるとろくなことにならない。


「何故そのように分けた?」

(来ちゃった・・・メンドい質問タイム)


 俺は、一瞬だけ言葉を選び、


「その方が、後で確認しやすいかと」


 とだけ答えた。

 雪斎様は、整えられた書状に目を落とす。沈黙が、やけに長い。長すぎて皆さん唇カサカサカピカピよ?


(頼むから、ダメ出しだけして帰ってくれ・・・)


 そう思った次の瞬間。


「無駄がない」


 ぽつり、と。それだけだった。


「はい?」


 思わず間の抜けた声が出る。


「同じ内容をまとめ、宛先ごとに分ける。順も整っている。誰が見ても分かる形だ」


いや、そんな大したことはしていない。ただ整理しただけだ。


(いや待て、それくらい普通だろ?)


 だが、周囲の反応は違った。


「・・・なるほど」

「確かに、見やすいぞ・・・」


ざわ、と空気が変わる。やめろ。そんな目で見るな。


「貴様、名は」

正然しょうねんです・・・」

「そうか、正然」


 雪斎様はわずかに頷いた。


「では、その才、他でも使ってみよ」


 嫌な予感が、確信に変わる。


「はあぃ・・・?」

「丁度まとめきれていない報せがある。駿河するが遠江とおとうみの境で、一悶着あった」


 いや待て、話がでかい。デカ過ぎる。


「それを整理し、分かる形にせよ」

「俺が、いえ、私がやるんですか・・・?」

「他に誰がいる?」


 即答だった。いや、いくらでもいるだろ!他に!


「三日だ」

「短過ぎ!?間に合うとでも!?」

「できるであろう?先ほどの手際を見るに」


 完全に勘違いされている。


「では頼んだ」


 それだけ言うと、雪斎様はもう興味を失ったように背を向けた。残されたのは、大量の仕事と、周囲からの妙に期待した視線だった。


(・・・何でこうなるんだよ?)


 俺は静かに天を仰いだ。


「・・・坊主、楽な仕事じゃなかったわ」

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