6
どのくらい経ったのだろうか。
頭が重い。
確か――公園で倒れて……
「目が覚めた?」
少女の声が、近くで聞こえた。
誰だ――
いや、違う。
そうだ。ネフォだ。
「……ここは?」
喉がひりつき、思ったよりも声が掠れていた。
「家」
短く、彼女は答える。
そんなことは見れば分かる。
そう思いながら、痛む体を無理やり起こした。
視線を巡らせて、息を呑む。
古びた畳。
低い天井。
この、どこか現実感の薄いけど知っているかのような空気。
――初めて、彼女と出会った場所だ。
「ここは、私の家」
ネフォは淡々と続ける。
「誰からも認識されない、世界のバグ」
相変わらず、説明になっているようで、なっていない。
「……つまり?」
「この世界に存在してるけど、存在してない場所」
曖昧な答えだった。
僕が黙り込むと、ネフォは少しだけ視線を逸らす。
「君が倒れたあと、ここに運んだ。
ERRORは消えたけど、君は力尽きて倒れてしまった」
その言葉で、記憶が繋がる。
歪んだ影。
止まる時間。
軋む制服。
「……あれは」
声に出した瞬間、頭の奥がずきりと痛んだ。
「無理しないで」
ネフォが言う。
「力を使ったから、君は少し消耗している」
その言い方は、淡々としていて、どこか他人事だ。
「そのうち慣れる」
「世界のズレに、君の体がまだ追いついてないだけ」
そう言うと、ネフォは一瞬だけ目を伏せる。
そして、すぐにこちらを見た。
「あの時の戦い。
君は、逃げなかった」
そう言って、彼女はほんの少しだけ微笑んだ。
その言葉が、胸の奥に静かに落ちる。
「君は選んだ。自身の望みを打ち破った。
だから、世界が君を拒否した」
少しの沈黙が生まれた。
そして、彼女は小さな声で呟く。
「でも、それは悪いことではないと思う」
「……あの力は?」
「君自身が目覚めた証」
迷いのない答えだった。
「正確には、“選択した結果”」
また、その言葉。
選択。
「君はこれからも、選ばされる」
「逃げるか。向き合うか。
間違いを、抱え続けるか」
一瞬、あの影が脳裏をよぎる。
選ばれなかった未来。
ERROR。
「……僕は、帰らなければいけない」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
ネフォは、ほんの少しだけ目を見開き――
すぐに、いつもの静かな表情に戻る。
「そう」
あの後、僕は彼女の家を後にした。
驚くことに、出た先はあの時とはまったく別の路地だった。
とにかく疲れた。
家に帰ろうとする僕に、彼女は呼びかける。
「ねぇ君。何かあったら、私を呼んで」
「藤宮 弥生。それが僕の名前。
まだ君を信頼したわけじゃない。
それでも、僕はこの世界から出なければいけない。
だから……よろしく、ネフォ」
「…わかった、弥生」
一度だけ振り返ってみた。
ーーそこはただの行き止まりだったんだ。




