表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unrealistic  作者: クロ
6/8

5

彼女が、あの時と同じように問いかける。


もう逃げることは許されない。

そう、暗に突きつけられている気がした。


顔を上げる。

足が、震える。


それでも――

僕は声を張り上げた。


「僕は、彼女に謝らなければいけない」


言葉を放った瞬間、世界が一拍、遅れた。


風が止む。

色が、薄く剥がれ落ちていく。


足元から、微かなノイズが這い上がった。

砂嵐みたいなざらつきが、視界を侵してくる。


耳鳴り――違う。

音じゃない。


選択された、という感覚だ。


制服の袖が、ひくりと震えた。


布が裂けることはない。燃えることも、消えることもない。

ただ、ずれていく。


白かったシャツは、白のままなのに白じゃなくなる。

輪郭が合わず、線がわずかに歪み、縫い目が増えていく。

ネクタイは途中で途切れ、千切れた記号みたいに胸元で止まった。


ブレザーの校章が、音もなく崩れ落ちる。

代わりに残ったのは、意味を持たないひび割れた印――どこにも属さない証。


制服は、制服の形をしたまま、別の何かに貼り替えられていく。


――逃げない。


その意思に応えるように、最後のノイズが消えた。


静寂。


僕は、歪んだ制服を纏っていた。

何も守れなかった。

それでも、もう戻れない。


耳の奥で、ネフォの声がかすかに重なる。


「――ERROR、確定」


影が動く。


男だったもの――否、選ばれなかった未来が、ぎこちなく首を持ち上げる。

貼り付いた笑顔は消え、顔の半分が黒いノイズに侵食されていた。


地面を踏むたび、足元が歪む。

空気が、間違った方向に引っ張られる。


――来る。


考えるより先に、身体が動いた。

後ろに跳ぶ。靴底が地面を掠め、乾いた音が弾けた。


次の瞬間、さっきまで立っていた場所が削り取られる。

見えない何かが通り過ぎた痕。

触れたら、きっと終わっていた。


息が荒くなる。


「……っ」


顔と頭に、熱が集まる。


踏み込む。

距離を詰める。


近づいた瞬間、男だったものが腕を振るう。

重い。速い。避けきれない。


――当たる。


反射的に、胸元を押さえた。


次の瞬間、時間が引っかかった。


世界が、ほんの一瞬だけ“止まる”。

完全じゃない。

けれど確かに、相手の動きが遅れた。


息が詰まる。

頭が割れるように痛む。


“HOLD”いつかの言葉が頭に浮かぶ。



身体を捻り、すり抜ける。

肩がかすめる。冷たい感触。

制服が軋み、ノイズが走った。


背後に回った瞬間、時間が元に戻る。


ガガッ


男だったものが、勢い余って前につんのめる。

チャンスは、今しかない。

力任せに、蹴り飛ばした。


悲鳴のようなノイズ。

ERRORが、空気を裂く。

次の瞬間、影は崩れ、霧みたいに消えた。

そこには、もう何も残っていなかった。


膝が落ちる。

地面が近い。


息を整えようとして、うまくいかない。


――勝った?


顔を上げると、ネフォが少し離れた場所に立っていた。

相変わらず、表情は静かだ。


これから、どうなるのだろう。


瞼が重い。

視界が霞み、身体がもつれて立ち上がることはできなかった。


こうして、僕は意識を落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ