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Unrealistic  作者: クロ
4/8

3

少女に連れ出されるまま、扉を抜けた。


その先に立っていたのは、不自然なまでに笑顔を貼りつけた男だった。

狭い路地の中央で、微動だにせず、ただこちらを見ている。


――僕が選ばなかった未来。

彼女は、そう言った。


次第に視界がぼやけていく。

いや、違う。

ぼやけているのは、男の姿のほうだった。


人の形は、かろうじて保っている。

だが手足は黒く染まり、輪郭は歪み、顔にはノイズが走ったように判別できない。

それでも、笑っている。

なぜか、それだけははっきりと分かってしまう。


瞬く間に異形へと変わり果てていくその様から、目を逸らすことができなかった。


こんな狭い路地では、逃げ場などない。


訳も分からないまま立ち尽くしていると、

少女が僕の袖を掴んだ。


「捕まったら、排除される」


彼女がそう言った瞬間。


男は、途切れ途切れのノイズが混じったような笑い声を上げ、こちらへ手を伸ばしてきた。

関節の動きは人間のそれをなぞっているのに、どこか噛み合っていない。


空気を引き裂くような音とともに、距離が一気に詰まる。


――来る。


人は本当に恐怖を感じると、動けなくなる。

頭では分かっていたはずなのに、

まさか自分が、それを身をもって知ることになるとは思わなかった。


足に力が入らない。

息の仕方すら、分からなくなる。


反射的に目を閉じ、腕を前に突き出した。


……。


痛みは、来なかった。


代わりに、空気が沈んだ。


耳鳴りのような低い音が響き、

まるで世界そのものが、一瞬息を止めたかのようだった。


恐る恐る、目を開く。


男は、僕の目の前で止まっていた。

いや、止められていた。


伸ばされた腕の先。

そこに、少女が立っている。


小さな手で何かを“掴んでいる”わけでもない。

ただ、そこにいるだけなのに、

男の身体は、それ以上一歩も前に進めずにいた。


ノイズ混じりの笑い声が、ひび割れる。


「……だから言った」


少女は、ため息混じりに呟く。


「彼らは、“選ばれなかった”ってだけで、

自分が捨てられたと思い込んでる」


一拍置いて、彼女は続けた。


「ねぇ、君の後悔って、何?」


――後悔?


“ない”

そう答えるつもりだった。


なのに、不意に口をついて出たのは、

自分でも予想していなかった言葉だった。


「……幼馴染を、裏切ったこと」


言い終えた瞬間、

胸の奥が、ひどく冷えた。


どうして、今さら。

どうして、ここで。


戸惑う僕に、彼女は畳みかけるように言う。


「じゃあ、ここには何を望んできたの?」


――僕の、望みは。


考えようとするほど、頭の奥が軋む。

立っているのも、やっとだった。


浮かぶのは、夢の光景。

彼女を助けるか、自分を守るか。


選べるわけがない。

それでも、選ばなければならなかった。


その瞬間、ふっと視界が澄んでいく。


ああ、思い出した。

いや――思い出してしまった。


僕が望んだのは、

**「選択のない世界」**だ。


少女は、それを聞いて微かに笑った。


「もう限界みたい。

あとは、任せた」


その力ない一言とともに、

僕らを守っていた“何か”が、消えた。


男が、再び襲いかかってくる。


不思議と、怖くはなかった。

けれど、これは世界の強制力じゃない。


「HOLD」


そう呟いた瞬間、世界が止まる。


限られた時間でできることは、ただ一つ。

――ここから、逃げる。


少女を抱き上げ、走り出した。


敵のすぐ脇をすり抜けた、その瞬間。

世界が、再び動き出す。


僕らに向けられていた脅威は、

大振りの末、地面へと突き刺さった。


無我夢中で走る。

走る。

走る。


やがて、追ってくる気配が途切れた。


近くの公園のベンチに少女を寝かせ、

僕はその場にしゃがみ込む。




数十分後、彼女は目を覚ました。


「……ありがとう」


彼女は、それだけを口にする。


聞きたいことは山ほどあった。

そもそも、なぜ僕は

こんなにも怪しい少女を、迷いなく助けたのか。


疲労のせいで思考がまとまらない。

口を開こうとしては、また閉じる。それを繰り返す。


すると彼女は、こちらを見つめたまま静かに告げた。


「私は、ネフォ」


一拍置いて、続ける。


「お願い。

この世界を壊すのを、手伝って」


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