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目が覚めて、辺りを見渡した。
教室の窓から西日が差し込んでいる。放課後に仮眠をとっていたのだが、どうやら眠りすぎてしまったらしい。
「変な夢を見た」
ひどく白くて、誰かの声だけが耳に残るような
それから――
[ピーンポーンパンポーン。下校時刻をお知らせします。校内に残っている生徒は、速やかに下校してください]
夢の続きを思い出す前に、放送が割り込んできた。
校門のゲートに学生証をかざす。
『生徒No.404、藤宮弥生さんの帰宅を確認しました』
無機質な機械音声とともに改札が開く。
同じ景色、同じ道。ただそれをなぞるように、足を動かしていく。
——?
信号の点滅は、果たしてこんなに長かっただろうか。
なんとなく隣の若者へ視線を向けて、危うく手にしていたカバンを落としかける。
(いや、反射だ。疲れてるんだ)
まさか、顔がスマホの光に溶けて消えて見えるなんて——。
信号が青に変わった。
それでも、誰も動かない。
立ち止まったままの人波に、一瞬だけ置いていかれたような感覚がした。
(……行かないのか)
そう思った次の瞬間、横断歩道の音が鳴り始める。
ピッ、ピッ、という電子音が、妙に間延びして聞こえた。
一歩、踏み出す。
ゴム底がアスファルトを踏む。
振り返ると、さっきまで隣にいたはずの若者はいなかった。
いや、いた。
確かに、そこに立っている。
ただ――やっぱり顔が、見えない。
スマホの画面が白く光っているだけで、
その奥にあるはずの目や口が、最初から存在しなかったみたいに。
(……やめろ)
視線を逸らした瞬間、
電子音が、ぷつりと途切れた。
気づけば、横断歩道の真ん中に立っている。
車は来ない。
クラクションも鳴らない。
「気づかない?」
耳元で、声がした。
鈴を転がしたみたいな、やけに澄んだ声。
反射的に振り返る。
けれど、そこには誰もいない。
通行人たちは、それぞれの方向を向いたまま、こちらを見ようともしない。
(聞き間違いだ)
そう結論づけるのは、簡単だった。
怖くない。
心臓も、速くなっていない。
——それが、一番おかしい?
歩き出す。
家に帰る。それだけだ。
さっき見た横断歩道が、もう見当たらない。
同じ道のはずなのに、角を曲がった記憶がない。
ポケットの中で、スマホが震えた。
画面を開くと、通知が一件だけ表示されている。
『Unrealisticへようこそ』
白い文字。
白い背景。
瞬きをした瞬間、通知は消えていた。
いつものホーム画面に戻っている。
(……夢、か)
そう思おうとして、やめた。
夢なら、もっと都合がいいはずだ。
怖いか、楽しいか、どちらかでなければおかしい。
なのにこれはー
ただ、何も引っかからない。
背後で、再び声がした気がした。
「待ってるね」
振り返った時には、
夕焼けだけが、均一な色で空を塗りつぶしていた。
——まるで、最初からそう決められていたみたいに。




