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『雪崩注意報発令中(人間に)』:白雲ゲレンデ騒動記  作者: 南蛇井


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9/31

火種が灯る ―「ネットの雪面」

 深夜一時半。

 眠りかけた世界の片隅で、ひとつのタグが、音もなく点灯する。


 《#白雲ゲレンデ雪崩予告》

 ――トレンド入り(1,284件のツイート)


 画面の中で、数字が静かに増えていく。

 1,284。1,316。1,402。

 それはカウントではなく、積雪量のようだった。


 スクロールするたびに、文字の雪が吹き荒れる。


 > 「これ、バイトの人が言ってたやつじゃない?」

 > 「去年も山の上の方でヒビ入ってたよな」

 > 「マジで明日行くのキャンセルしようかな」


 ひとつひとつのツイートが、白い吹雪の粒となって流れ落ちる。

 誰が最初に呟いたのか、もう分からない。

 ただ、誰かの軽口が誰かの不安を撫で、不安が別の誰かの想像を押し出し、

 想像が現実の形を取り始める――そんな連鎖。


 画面の光は、雪明かりのように無機質で冷たい。

 静寂の夜空の下、情報だけが、風よりも速く流れていた。


 午前一時四十五分。

 タイムラインの雪は、もう吹雪になっていた。


 流れるのは文字だけではない。

 そこに、断片的な“映像”が混ざりはじめる。


 ――崩れ落ちる雪の壁。

 ――悲鳴とともに白く覆われる画面。

 ――誰かが撮った“今日”のような“過去”の映像。


 添えられた文章は、まるで火の粉だ。


 > 「これ、今日の映像じゃね?」

 > 「やっぱ内部の人間のツイートだったんだ」

 > 「政府、隠してるだろ」


 ひとつひとつが確信のような口調で書かれ、

 拡散されるたびに、まるで証拠の重みを得ていく。


 スクロールする指先の下で、

 “本物”と“作り物”の映像が、境界を失って混ざり合う。


 数年前の事故現場、どこの山とも知れぬ崩落、

 果てはAIが生成した「白雲ゲレンデ崩壊映像」までが、

 同じ雪の夜に起こった出来事のように見えてくる。


 ツイートの滝が流れ落ちるたび、

 画面の中の白が濃くなり、

 ノイズが“吹雪”の音に聞こえはじめる。


 誰かが呟いた――

 > 「本当に、もう崩れてるのかもしれない」


 その言葉を境に、

 情報の雪面が、ひとつの“現実”として固まり始めた。

――ピコン。

 ――ピコン、ピコン。


 通知音が一定の間隔で降り注ぐ。

 最初は軽い雪の粒のようだった。

 だが、数が増えるにつれ、

 その音は互いにぶつかり合い、

 反響し、歪み、いつしか一つの「うねり」へと変わっていく。


 リツイートの電子音が層をなし、

 リプライの着信がその隙間を埋める。

 無数の通知が重なり合うとき、

 そこに“轟音”が生まれる。


 ――ゴゴゴゴゴ……ッ。


 画面を覆う数字が連続して弾け、

 光の波が指先を焼く。

 それはもう、情報ではなかった。

 雪崩の音そのものだった。


 その背後。

 監視カメラの静止映像が、

 まるで別世界のように沈黙している。

 無人のゲレンデ。

 照明の光が、風に舞う粉雪を淡く照らす。

 音はない。

 ただ、スピーカーのハム音だけが、現実の存在を証明していた。


 情報が流れ続ける。

 現実は止まったまま。


 その対比が、奇妙な圧力となって世界を満たす。

 まるで“ネットの雪面”そのものが、

 いま、静寂の向こうで崩れ落ちようとしているかのように。


 タイムラインが、ゆっくりと下へ流れていく。

 指の動きに合わせて、無数の言葉が降り積もる。


 白い背景に、黒い文字。

 「怖いね」「やばくない?」「ほんとに崩れるかも」

 ひとつひとつの投稿が、雪片のように軽く、しかし確かに積もっていく。


 最初はまだ、下の投稿が透けて見えていた。

 だが、リロードのたびに白が濃くなり、

 スクロールの動きが重たくなる。

 まるで、雪が積もる速度に指先が追いつかないように。


 ――カサ……カサ……。


 ページをめくるような音が、かすかに聞こえる。

 それは風の音か、あるいは雪のざわめきか。


 やがて画面は、一面の白に包まれる。

 何も見えない。

 誰の言葉も、どの発信も、

 その白の下に埋もれてしまった。


 ただひとつ、

 画面の中央に黒く浮かぶ文字だけが残る。


 > 《#白雲ゲレンデ雪崩予告》


 それはもう“ニュース”ではなかった。

 “情報”でも、“噂”でもない。

 白い静寂そのもの――

 すなわち、雪面。


 ネットの雪原が、完全な沈黙とともに完成した。

真白な画面。

 そこには、もう言葉も、影もない。


 ただ、中央にぽつりと――赤い点が灯る。

 通知ランプのような、小さな光。


 「拡散中:10,000件」


 その文字が浮かんでは、消える。

 赤い点が、雪の白をわずかに染め、

 まるで雪原の中に埋もれた“非常灯”のように瞬いた。


 ピッ……ピッ……。

 無機質な通知音が、遠くの心臓の鼓動みたいに響く。


 画面がフェードし、

 静寂の現実がゆっくりと浮かび上がる。


 監視カメラの映像――

 雪の降りしきる白雲ゲレンデ。

 誰もいないリフト、止まった時計、無音の風景。


 その中で、ただ雪だけが、絶え間なく降り積もっていく。

 世界が静止しているのに、

 “情報”だけが、動き続けている。


 ――音もなく、崩れ始めていた。

 誰も気づかぬまま、

 ネットの雪崩が。




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