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『雪崩注意報発令中(人間に)』:白雲ゲレンデ騒動記  作者: 南蛇井


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8/31

誤解の連鎖 ―「リツイート一回で世界は傾く」

深夜一時過ぎ。

白雲ゲレンデのバイト寮、六畳の部屋。


ユウタはベッドに仰向けになり、毛布に半分くるまりながらスマホをいじっていた。

空になったコンビニ弁当のパックが床に転がり、テレビには音を消したままの深夜アニメ。

ストーブの前では、濡れたスノボブーツが中途半端に乾ききらず、部屋全体が少しだけ湿っている。


指先でスクロールしていたタイムラインの中に、ふと見慣れない文章が流れ込んだ。


「この雪、崩れそう。あ、社会の話ね」


一瞬の間。

ユウタは目を細めて読み返し、「社会の話ね」の部分でふっと笑った。


「うけるw 皮肉じゃんこれ。」


声に出すほどでもない、乾いた笑い。

特に意味もなく、ただ“いい感じに夜っぽいツイート”だと思った。

誰かが何かを真面目に言ってるっぽくて、でもよく見れば冗談。

そういうのが、妙にツボにはまる時間帯だった。


親指が軽く動く。

“リツイート”ボタン。

ついでにコメント欄に、勢いで書き込む。


「#白雲ゲレンデ雪崩予告www」


ほんの出来心。

冗談。

深夜テンション。


指を離すと、電子音が短く鳴った。

「ツイートを送信しました」の表示。


ユウタはあくびを噛み殺し、スマホを胸の上に落とす。

天井を見上げて、ぼそりと呟いた。


「……ま、誰か笑うっしょ。」


外では風が強まり、窓の外で雪がさらさらと音を立てて流れていた。

けれどそのとき、ユウタはまだ知らない。

その軽い“笑い”が、山のように重く積もっていくことを。


数分後。

ユウタの枕元で、スマホが小さく震えた。


――ピロン。

「いいね」2件。

――ピロン。

「リツイート」3件。


液晶に並ぶ数字が、じわじわと増えていく。

ユウタは毛布の中でニヤリと笑った。


「うわ、バズるかも。」


ささやく声が、少しだけ弾んでいる。

深夜の静けさとスマホの光が、奇妙にリンクして、

自分だけが世界のどこかで“生きてる”ような感覚。


すぐに友人たちからリプライが飛んでくる。


「マジ?今日も雪ヤバいし、本当に崩れそうw」

「ゲレンデの上のとこ、去年も落ちかけたよな?」


その言葉にユウタは軽く吹き出した。

冗談に冗談を重ねて、笑いが連鎖していく。

「#白雲ゲレンデ雪崩予告」――ただのネタタグ。

けれど、深夜のTLではその軽さが心地よく、

次々に仲間が乗っかっていく。


「白雲、避難しとく?w」

「俺らも崩れそう(給料的な意味で)」

「雪崩もバイトも止まらねぇ」


気づけばタイムラインが白雲ゲレンデ一色に染まり、

誰かが作った簡単なコラ画像まで出回り始めた。


ユウタはスマホを見つめ、薄く笑いながら呟く。


「やっぱ、ノリって大事だよな。」


外の雪は止む気配もなく、

その白い闇の中で、

ひとつの冗談が――静かに膨らみはじめていた。


時間が経つにつれ、

タイムラインの空気が、微妙に変わっていった。


最初は、いつものノリだった。

「やべぇ、白雲崩壊www」

「雪よりバイトが先に沈むw」


だが、夜の2時を過ぎた頃から、

コメントのトーンが少しずつ沈んでいく。


「笑えねぇな。去年マジで小規模雪崩あったろ?」

「ニュースでやってたよな?積雪量、今季最多だって」

「スキー場の従業員が内部告発したってマジ?」


ユウタのスマホは、通知音で小刻みに震え続けた。

画面の数字が、まるで熱を帯びたように跳ね上がっていく。


「……え、なんか怖くね?」


独り言のように呟いても、

スマホの中では誰も彼を見ていない。


地元情報アカウントがタグを拾い、

《#白雲ゲレンデ雪崩予告》を“地元トレンド1位”に押し上げる。

そこからは速かった。

知らないユーザーが真顔で言う。


「現場の人が警告してるなら、対策必要では?」

「拡散しとく。命は大事。」


その“善意”のリツイートが、さらに炎を広げた。


ユウタは画面を見つめたまま、

乾いた喉を鳴らす。


最初に感じた「バズるかも」の興奮が、

今は別の震えに変わっていた。


スマホの画面をスクロールしても、

止まらない波。

止まらない文字列。

止まらない拡散。


――“笑い”という軽い雪が、

 いつの間にか、重く湿った“不安”に変わっていた。




スマホの画面が、暗い部屋の中でひとつだけ光っていた。

その青白い光が、ユウタの顔の輪郭を不安定に照らす。


瞳の奥に、数字が反射している。

「1」

「3」

「7」

「12」

「24」

「48」……

リツイートの数が、呼吸のように膨らんでいく。


画面をスクロールする指先が、汗ばんでいた。

通知の音が途切れず鳴り、タイムラインが止まらない。

それはもはや“情報”というより、

目の前で積もっていく“雪”のようだった。


外の風が、ふっと強まる。

屋根の上の雪が「ドサッ」と重たく落ちる音が、

部屋の天井を震わせた。


ユウタは、思わず顔を上げる。

暗闇の中に、窓ガラスが小さく軋む。


「……マジで、崩れたりして。」


その言葉は、

誰にも届かないはずの独り言だった。

けれど、

まるで“現実”に向かって呪文を唱えたかのように、

部屋の空気が一瞬、静まり返った。


そして、スマホの画面にまた新しい通知が灯る。

「リツイート49件」

――光がひとつ増え、闇が少しだけ濃くなった。

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