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『雪崩注意報発令中(人間に)』:白雲ゲレンデ騒動記  作者: 南蛇井


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28/31

〈町の静けさ〉 ―「誰も見ていない雪」

昼下がりの白雲町商店街。

昨日まで報道車と観光客で埋まっていた通りは、

まるで祭りの翌日のように、妙に広く、妙に静かだった。


看板が風に揺れ、金属の軋む音を立てる。

その音が、どこまでも澄んだ空気に吸い込まれていく。

遠くで旗がはためく音がするが、それもすぐ風にちぎれて消えた。


電線の上に取りつけられたスピーカーは、

正午のチャイムを流し終えると、まるで力尽きたように沈黙している。

街灯の根元には、人の足跡が幾重にも踏み重なった雪が黒く凍り、

その上から新しい雪が、まるで上書きするように薄く積もっていた。


昨日まで、この町を覆っていたのは騒音と光だった。

報道陣のライト、カメラの赤いランプ、観光客の歓声。

彼らが口々に叫んだ言葉は――


「#白雲ゲレンデ」

「#予言的中」


――そんな見出しで、世界の熱を燃やしていた。


けれど今、そのタグは誰のスマホにももう表示されていない。

トレンドは別の都市へ、別の災害へ、別の噂へと移っていった。


残されたのは、風と、雪と、

それを見ている者さえいない、この小さな通りの静けさだけだった。


谷口館の前。

春江はスコップを両手で握り、腰をかがめながら、

玄関前の雪をひとすくい、またひとすくいと掻き寄せていた。


雪は軽くもなく、重くもなく、

昨日とまったく同じ手触りだった。

スコップの先が地面を擦るたびに、

「シャリ、シャリ」と淡い音が響く。

その音が、この通りで唯一の“生活の音”になっている。


見上げれば、「雪崩鍋」の旗が風に揺れていた。

布の端はほつれ、棒から半分外れかけている。

残ったのは――“崩”の一文字。

それが、ひらひらと空気に舞っていた。


春江は手を止め、少し息をつく。

白い吐息がふわりと広がり、

青みを帯び始めた空へと溶けていく。


「……昨日も今日も、雪は同じ顔してるのにね。」


誰に言うでもない独り言。

けれどその声は、この静かな町の空気に吸い込まれ、

まるで返事を待つかのように、

一瞬だけ、風が止んだ。



ゲレンデの入口。

昨日まで立ち入り禁止のロープで囲まれていた場所は、

いまやただの雪の坂道に戻っていた。

風に煽られたロープが、柵の端で名残のように揺れている。


人の足跡は風で薄れ、代わりに新しい雪がその上を覆う。

白さがゆっくりと、昨日の痕跡を飲み込んでいく。


リポーターが立っていたあたり――

そこには三脚の跡が三つ、規則的に雪に凹んだまま残っていた。

それはまるで、誰かが“見ていた”という記憶の残骸。


けれど、もうその跡をなぞる者はいない。

マイクも、ライトも、視線も消えた。


静かな風がひとすじ通り抜け、

小さな粉雪を巻き上げては、また何事もなかったように落とす。


――誰も、もうこの雪を“見る”理由を持たなかった。

春江はスコップの柄に手をかけたまま、ふと顔を上げた。

遠くの山の稜線に、薄く青が滲んでいる。

雲がほどけて、白い光がゆるやかに差しはじめた。


雪面が静かにきらめく。

その光は、昨日までのニュース映像よりも淡く、

けれど確かに“ここ”にある現実だった。


春江はスコップを雪の上に立てかけ、

しばらく何もせずに、その光を見つめる。


息を吐くたび、白い気配がゆっくりと薄れていく。


雪は、ただそこにあった。

白く、冷たく、何も語らない。

まるで最初から、何も起きていなかったかのように。


風がふっと止んだ。

「雪崩鍋」の旗が、名残惜しげに揺れをやめる。


春江はスコップを片づけ、ゆっくりと館の中へ入った。

戸の閉まる音が、ひとつだけ乾いた響きを残す。


通りには、誰もいない。

残された雪だまりの上に、ひらひらと一枚のチラシが落ちてきた。

角が折れ、湿った紙には昨日のままの文字が滲んでいる。


《白雲ゲレンデ LIVE中継!》


雪が、それを静かに覆い隠していく。

やがて文字も、紙の色も、すべてが白に溶けた。


町は完全な静寂に包まれた。

誰も見ていない雪が、淡い午後の光を反射していた。

それは、終わった物語の最後のページのように、

静かで、どこまでも白かった。


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