第三幕の幕引き ―「現実になる瞬間」
テレビのニュース映像。
スマホのライブ配信。
監視室のモニター。
それぞれが別々の場所で、
しかし同じ瞬間――まるで何かの合図を受け取ったかのように、
一斉に点滅した。
光がひと息に明滅し、映像が数フレーム飛ぶ。
音声が歪み、世界の底から“ズズズ……”と低い振動が這い上がってくる。
最初は機械のノイズかと思った。
だが、その震えはあまりにも“生きていた”。
家庭のリビングで。
駅の広告モニターで。
そして、配信者たちのヘッドセット越しに。
その音は確かに聞こえていた。
スピーカーを通じて、ではなく――空気の中で、胸の奥で、鳴っていた。
誰もが一瞬、呼吸を止める。
それは風の音にしては、あまりにも深すぎた。
監視室。
蛍光灯の白が薄く揺れている。
ミホは椅子をきしませ、モニターに顔を寄せた。
画面の上を、ノイズが吹雪のように走っていく。
粒子のひとつひとつが雪にも見え、データにも見える。
「……信号、落ちた? いや……違う。全部、生きてる。」
指先で切り替えボタンを叩くと、
一枚の映像が浮かび上がる。
――ドローンの俯瞰映像。
白雲ゲレンデ、上空から見下ろす一面の雪。
その雪面の中央に、
ゆっくりと“影”が広がっていた。
風ではない。カメラのノイズでもない。
地そのものが、呼吸するようにわずかに膨らんでいる。
モニター脇の通信ランプが、
チカ、チカ、と赤く点滅を始めた。
ミホは息を詰めた。
背筋を氷の指でなぞられるような感覚。
「これ……映ってるの、現実?」
彼女の声は、誰にも届かないまま、
監視室の空気に吸い込まれていった。
“ズズズ……”
その低音は、地の底からではなく、世界の隅々から滲み出していた。
配信のスピーカー、街角のテレビ、誰かのポケットの中のスマホ。
すべての機械が同じ震えを放ち、空気の底を揺らしていた。
配信画面。
コメント欄が滝のように流れ落ちる。
「やばい、動いてる!」
「フェイクじゃなかった!」
「リアル雪崩きた――!!!」
その言葉の奔流が、まるで音を増幅させていくかのようだ。
ドローンの映像が震え、白い雪面が波打つ。
同じ映像が、町のテレビにも、駅のモニターにも、
無数のスマホの画面にも、
一斉に映し出されていた。
どこを見ても、同じ“瞬間”。
誰もが、同じ“呼吸”の中にいた。
現実の雪と、情報の波。
その二つが、まるで心臓の鼓動のように、
ぴたりと同じリズムで打ち始めていた。
白雲の層が、低く、重たく垂れ込めていた。
まるで地上に覆いかぶさる幕のように、息苦しいほど近い。
その中央が――
静かに、裂けた。
青でも、光でもない。
ただ、白の奥に“暗い筋”が一本、
墨のように滲みながら走っていく。
風の向きが変わる。
頬を撫でる空気が、急に“上”へと引かれる感覚。
雪が――舞い上がった。
まるで重力を裏切るように、
細かな粒が吸い込まれるように空へと流れていく。
その裂け目は、音もなく、
しかし確かに世界の“上”を開きつつあった。
俯瞰のドローン映像――
白雲ゲレンデは、ただの雪原ではなかった。
まるで巨大な生き物が息をしているように、
雪面がゆっくりと膨らみ、沈んでいく。
その上に、無数のコメントと通知が重なっていった。
文字列が、雪片のように降り注ぐ。
《#白雲ゲレンデ》
《#LIVE拡散中》
《#崩れるのはどっち?》
ピロン、ピロン――
通知音が、吹雪のベルのように鳴り響く。
誰かの「今」が、誰かの「現実」を上書きしていく。
映像が揺らぎ、ノイズが雪の粒のように画面を覆う。
白い光の中で、最後に残ったのは――
ひとつの赤い録画ランプ。
点滅が、かすかに雪の呼吸と同期する。
――そして、音が止む。
世界から風も声も消えた。
画面はゆっくりとホワイトアウトする。
ただ、雪だけが現実を覆っていた。




