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『雪崩注意報発令中(人間に)』:白雲ゲレンデ騒動記  作者: 南蛇井


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拡散、積もる

スマートフォンの画面が、世界のすべてを呑み込むように輝いていた。

黒い背景を埋め尽くす白い文字列――それは雪のようでもあり、炎のようでもあった。


タイムラインの上位を占めるのは、

《#カレンLIVE》《#現地映像》《#雪の呼吸》。

その三つの言葉が、絶え間なく更新され、流れ、積もり続ける。


「今、揺れた!」

「フェイクだろ」

「フェイクじゃねえ!」

「現場行ってみた」「真相はこれです!」


誰かの指が画面をこする。

すると、世界がわずかに震えるように、次の映像が現れる。

それは“出来事”ではなく、“出来事の気配”だけを映したものだった。


だが人々は、その気配に歓喜し、怒り、拡散する。

誰も“雪”を見てはいない。

見ているのは、反応の反応――熱を帯びてゆく言葉の往復運動。


タイムラインを流れる指先が、まるでピアノの鍵盤を叩くように世界を奏でる。

そのたびに画面の下から、じわりと赤い通知の光がにじむ。


小さな端末の中で、雪が降っていた。

言葉の雪。感情の雪。

そしてそれらが積もるたびに、世界は少しずつ、現実の温度を失っていった。


画面が切り替わる。ニュース動画の切り抜き。

サムネイルには大きく、煽情的なフォントで書かれている――

《支配人「雪ですからね」発言》。


ワンカット、白井支配人が会見の席で深々と頭を下げる。

次の瞬間、その映像は編集の手によって笑い声とBGMに塗り替えられる。

テロップが踊る。

「“雪ですからね”で済ませる運営、終わってる」

「#雪責任論」


切り抜き動画は、再生数のカウントを跳ね上げながら拡散していく。

再生ごとに、支配人の表情は少しずつ別人のように変わる。

声色も、意味も、編集のリズムに合わせて軽く、滑稽にねじ曲げられていく。


――まるで、人間そのものが“素材”にされていくようだった。


白井本人は、旅館の事務室で頭を抱えていた。

机の上には未開封のメールと、無数の通知音。

テレビもスマホも、同じ言葉を繰り返している。


「雪ですからね。」


だが、その声はもう自分のものではない。

語尾の抑揚も、間の取り方も、知らぬ誰かの手で再構成された“自分”が喋っている。


彼は呟いた。


「……あの一言だけで、俺は全部になっちまったのか。」


窓の外では、雪が静かに降っている。

現実の雪は、編集も拡散もされず、ただ淡々と積もっていく。


管理棟の監視室。

空気は冷たく、電子の匂いがする。

モニターの群れが、昼の光よりも強く部屋を照らしていた。


映っているのは、山頂を飛ぶドローンの映像、

商店街の配信者のライブ、ニュース局の中継、

そして――無数のコメントが流れる視聴画面。


画面の片隅で、数字が脈打つように増えていく。


視聴数:120,000 → 280,000 → 430,000


更新のたびに、モニターの光がわずかに瞬く。

まるで心拍のように。


ミホはヘッドセットを軽く押さえた。

通信の向こうでは、他のスタッフたちの声が雑音のように混ざっている。

「データ転送遅延」「コメント遮断できません」「リスナーが押し寄せてる」

そんな報告が次々に飛び込んでくる。


彼女は口を開くが、言葉にならない。

モニターの光が瞳に映り、反射した白が、まるで雪のように彼女の表情を消していった。


「……これ、もう誰も止められない。」


声は小さく、ヘッドセットのノイズに飲まれた。


窓の外では、風が唸り、舞い上がった雪が渦を巻いていた。

その音はまるで、情報の波のようでもあり――

彼女の孤立を、静かに包み込む遠雷のようでもあった。




ドローンのカメラが、白い世界をなめるように滑っていく。

音はほとんどない。ただ、機体の低い振動音と、風の擦れるかすかなざわめき。


眼下には、雪面。

真っ白で、なにもない――はずのその斜面が、

まるで生きものの胸のように、ゆっくりと膨らみ、しずかに沈んでいた。


一瞬、映像がノイズにまみれる。

白の中に灰色の線が走り、フレームの端がわずかに歪む。

通信の遅延か、あるいは地の底からの揺らぎか。


カメラ越しに見えるその“呼吸”は、

どこかで見た人間の動悸のようでもあった。


――誰も、雪を見ていなかった。

  ただ、言葉の雪崩の中に立っていた。


ナレーションのような声が、どこからともなく響く。

あるいは、それは視聴者たちのざわめきが形を変えた音だったのかもしれない。


そして――。


雪面の一部が、音もなく滑り落ちる。

たったひとすじの白い線。

それは、はじめは細く、しかしすぐに他の雪を巻き込みながら加速していく。


まるで、ネットの中で転がりはじめた“情報”のように。

誰もが目を凝らす前に、

現実のほうが、先に流れはじめていた。


画面が、静かに白へと溶けていく。

ドローンの映像がフェードアウトし、音も次第に遠のいていく。

残るのは、ただ微かな電子音のざらつき。


やがて――タイムラインの文字列が、白の中から浮かび上がる。

粒子のように舞い、雪のように降り積もり、

画面いっぱいに散っては、また消える。


《#現地で何かが起きている》

《#拡散希望》

《#雪ですからね》


ひとつ、またひとつ。

文字がノイズの波に呑まれ、輪郭を失っていく。

意味を持つ言葉が、ただの光の粒へと還っていく。


――そして、すべてが真っ白になった。


音も、形も、区別もない。

ただ、真っ白なノイズ。


それはまるで、

この世界そのものが、雪に覆われたスクリーンになったようだった。


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