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『雪崩注意報発令中(人間に)』:白雲ゲレンデ騒動記  作者: 南蛇井


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町の混乱 ―「炎上マーケティングの町」

白雲町商店街――普段なら昼前の静けさに包まれているはずの通りが、今日はどこか浮き足立っていた。

報道車が列をなし、観光客が雪を踏みしめて押し合い、スマホを掲げては同じ方角――ゲレンデの方へとレンズを向ける。

その喧騒の中心で、ひときわ大きな声が響いた。


旅館「谷口館」の玄関口に立つ谷口五郎が、電話を片手に怒鳴っている。

白い息を吐きながら、まるで戦場の指揮官のような勢いだ。


「“雪崩見物プラン”だ! 現地見学つきで一泊二食!

夕食は鍋だ、“雪崩鍋”って名前にしろ!」


電話の向こうで誰かが慌てたように何かを言うと、谷口は眉をしかめて叫び返した。


「いいんだよ、名前は勢いだ! 今が稼ぎどきだぞ!」


その言葉に、近くの観光客が笑い、記者が興味深そうにカメラを構える。

玄関脇では、若い従業員が「空室あり」の札を裏返し、マジックペンで勢いよく“完売御礼”と書き足している。

その文字を映そうと、取材カメラのレンズが一斉に谷口へと向いた。


雪がちらつく中、谷口は胸を張り、取材されることすら商機の一部のように見えた。

通りを覆う喧騒の熱に、雪の冷たさはもう追いつけなかった。



若い記者がカメラマンに合図を送りながら、半ば苦笑いでつぶやいた。


「……まるでフェスですね。」


カメラマンが肩をすくめる。


「“災害フェス”とか言ったら怒られますかね。」


二人の笑い声は、通りを覆う雑踏の中にすぐかき消された。


商店街の向こうでは、配信者たちがセルフィー棒を高く掲げ、

「#現地から」「#白雲ゲレンデLIVE」と叫びながら歩き回っている。

雪の降る中でも、彼らのスマホ画面だけは明るく、熱を帯びていた。


観光客の声があちこちで飛び交う。


「ほんとに崩れるのかな?」

「ニュースより早く撮れたらバズるよ!」


子どもが雪玉を投げ、それが通りの看板に当たって小さく砕ける。

そのすぐ上を、報道ドローンが赤いランプを点滅させながら通過していく。


町はもう“現場”ではなかった。

人々が求めているのは、出来事そのものではなく、

“それを撮っている自分”の映像――その熱狂が、

雪の静けさをじわりと飲み込んでいった。


春江は、軒先に立って通りを眺めていた。

「山鳩亭」の暖簾にはうっすらと雪が積もり、

その重みで端がわずかに垂れ下がっている。


かつては静かで、風の音だけが聞こえる通りだった。

だが今は、シャッター音と歓声、配信者のマイク越しの声が

風よりも大きく響いていた。


「誰も雪を見てないね……みんなスマホばっかり。」


春江の呟きは、湯気のように淡く消える。


隣のパン屋の店主が、腕を組んで笑った。


「見なくてもいいのさ。“見た気になれりゃ”十分なんだろ。」


その言葉に春江は目を伏せ、

味噌汁の鍋の中を静かにかき混ぜる。

湯気がふっと立ちのぼり、曇り空に溶けていった。


その湯気の向こうで、

雪の白と、スマホの画面の光が入り混じり、

どちらが“現実”なのか――

もう誰にも分からなくなっていた。

風が、通りを抜けて唸った。

看板がかすかに鳴り、旅館の暖簾がはためく。


空から、細かな雪が舞い降りてきた。

最初は粉のように、やがて糸くずのように降りしきる。


誰かが叫ぶ。


「ほら来たぞ!」

「これニュース絵になる!」


報道カメラが一斉に空を仰ぎ、

スマホのレンズが白い世界を切り取る。


だが、それは――ただの粉雪だった。

雪崩でも、奇跡でもない。

ただ、冬がいつものように降りてきただけ。


けれど、人々の表情は熱に浮かされていた。

興奮が冷静を上書きし、

想像が現実を追い越していく。


谷口が笑いながら言う。


「見ろよ、天も演出してくれる!」


彼の肩に雪が積もる。

白が黒を覆い、音が吸い込まれていく。


その静けさの中で――

町全体が、ひとつの舞台のように凍りついていた。

誰も気づかぬうちに、

“本当の雪”が、その奥でゆっくりと息づいていた。



雪は、音もなく降り続いていた。

細く、淡く、絶え間なく。


報道カメラのライトが、その粒を銀色に光らせる。

配信者たちのスマホ画面もまた、

冷たい白の中でぼんやりと滲んでいた。


通りはざわめきに満ちているのに、

耳を澄ませば、どこか遠くで世界が静止しているようだった。


――町は、現実の雪よりも早く、

“情報の雪崩”に飲み込まれていた。


誰もがスクリーンを覗き込み、

誰もが「見たつもり」で満足している。

けれどその指先は、現実の雪を一片も触れてはいない。


春江は店先で、降り積もる雪を見つめながら呟いた。


「見てるだけで、何かした気になる。

 それが一番、怖い雪だ。」


その声もまた、粉雪に吸い込まれて消えた。

白い幕が、ゆっくりと町を覆っていく――

まるで“現実”そのものが、静かに埋もれていくように。


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