表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『雪崩注意報発令中(人間に)』:白雲ゲレンデ騒動記  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/31

警察署 ―「温泉ついで」


 壁掛けテレビから、キャスターの張りつめた声が流れていた。

 画面の隅では、赤いテロップが点滅している。


《白雲ゲレンデで“雪の呼吸”映像 SNSで拡散中》

《現地に配信者が集結、警察は注意を呼びかけ――》


 その音声が、古びた仮眠室の空気にはどこか場違いに響いていた。

 畳の上には脱ぎかけの上着、読みかけの週刊誌、湯気を吐くポット。

 暖房が効きすぎて、空気は乾いてぬるい。外では吹雪が唸っているというのに、この部屋だけはのどかな春先のようだ。


 若い刑事・川名が、湯呑みを机に置いて立ち上がった。

 ニュースを見つめる目が、焦りと眠気の中で揺れている。

「高峰さん、これ……現場、行ったほうがいいですよね?」


 ベッドの上では、高峰刑事がタオルを肩にかけたまま、のんびりと髪を拭いていた。

 洗面所帰りの湿った髪が、わずかに湯気を立てている。

 その姿はとても“現場対応”とは思えない。


「ああ? 行っても雪しかねえだろ。どこ掘っても雪だ。」


 その言葉に、川名の眉が跳ねた。

「でも“雪崩予告”って出てます!」


 高峰はようやくテレビに目をやり、ふっと笑った。

「予告する雪なんて聞いたことねえな。」


 彼は机の端にあるポットから湯を注ぎ、懐から粉末の入浴剤を取り出した。

 パッケージには《名湯・白雲温泉の香り》とある。

 それを指先で弾きながら、湯気の向こうでぼんやりと眺める。


「ま、雪は勝手に降るし、人は勝手に騒ぐ。

 どっちも止めようとすると、余計ややこしくなる。」


 川名は返す言葉を失ったまま、ニュース映像を見つめる。

 画面の中では、リポーターが吹雪の中でマイクを構え、

 その背後に黄色い立入禁止ロープがはためいていた。


 仮眠室の静けさと、テレビの向こうの喧騒。

 その落差が、まるで現実と虚構の境のように、どこか歪んで見えた。


川名はニュース映像を指差しながら、声を上ずらせた。

「この“カレン”って人、フォロワー十万人ですよ。

 ライブで“何かが起こる予感”とか言って……視聴者が現場に殺到してるって!」


 高峰は、湯呑みを口に運びながら眉をひとつ上げた。

「便利な時代だな。昔は“予感”ってのは腹で感じるもんだったが、

 今はスマホが教えてくれるのか。」


 その調子の抜けた声に、川名は苦い顔をする。

「……洒落にならないですよ。現場、混乱してますって。」


 高峰はため息まじりに笑った。

「ま、どうせデマだ。――温泉ついでに見に行くか。」


 そう言って腰を上げる。

 脱ぎ捨ててあった防寒コートを羽織り、肩をぐるりと回す。

 その動作に合わせて、ポケットの中から紙切れがちらりと覗いた。


 それは、町内の温泉の回数券。

 端が少しよれているあたり、愛用の品らしい。


 川名は呆れたように息を吐いたが、何も言わなかった。

 外の雪はますます勢いを増し、

 その白の向こうでは、確かに“何か”が動き出しているというのに。



その背後で、テレビのテロップがぱちりと切り替わった。


《現地に多数の報道関係者・配信者が集結》

《警察の対応が遅れているとの指摘も――》


 仮眠室の薄い空気が、わずかに緊張を帯びる。

 川名が目を細め、ぼそりとつぶやいた。

「……もう、言われてますよ。」


 高峰は肩をすくめ、手にした回数券をポケットへ押し込みながら、

「ほら見ろ、行動が早すぎるのは若い証拠だ。」と、まるで他人事のようにぼやく。


 川名が思わず問い返す。

「じゃあ、行くんですか?」


 高峰は頬をかき、面倒そうに立ち上がった。

「ああ、温泉街の方、雪崩れてねえか確かめに。――ついでに浸かる。」


 その言葉に、川名は絶句したまま口を閉ざす。

 テレビの中では、アナウンサーの声が熱を帯びていく。


《#雪ですからね 発言から一夜――新たな“現象”が発生か?》


 スタジオのざわめきが、まるで現場の風雪のように部屋へ流れ込む。

 だが、白雲町警察署の仮眠室にはまだ、ポットの湯気がゆるやかに立ちのぼり、

 ぬるま湯のような静けさが残っていた。


外では、白い雪が音もなく降り続いていた。

 街灯の光がぼやけ、まるで世界そのものが湯気の中に沈んでいるかのようだ。


 その雪の向こう――白雲ゲレンデの方角では、

 まだ誰も知らない“予感”が、ゆっくりと現実の形を取り始めていた。


 高峰はコートの襟を立て、帽子を軽く叩く。

「ま、温泉は逃げねえからな。」

 そう呟いて、のそのそと仮眠室を出ていった。


 扉が閉まる音が、やけに静かに響く。

 残されたテレビだけが、仄白い光を部屋の隅々に撒き散らしていた。

 画面の中では、雪の映像が流れ続けている――

 ただの雪、のはずだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ