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すきま時間の短編【思い出のスミダケーキ】  作者: 伊藤宏


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3/4

3.

この短編は4話で完結します。

 八年間在職した会社を辞め、幾ばくかの退職金を手に郷里の浅水(あさみず)市に帰った。

 JR浅水市の駅前に立ち、改めて街並みを眺めてみる。

 なんだろう、微妙に変わっているのは確かだが、何が、といわれると答えられない。はっきり、変わったとわかるのは路線バスのデザインくらいだ。

 毎年、正月には帰っていたのに……。


 そうか。

 正月に帰省したときは、実家でごろごろするか初詣にでかけるくらいで、まともに街を見ていなかったからだ。田舎に魅力を感じていなかったし、出かける必要もなかったし……。だからか。


 しかし(みやこ)落ちとなるとそうはいかない。

 ここで暮らさなくてはならないのだ。

 泉美は、記憶を頼りに手近なところから散策を始めることにした。


 家の近くに、行政手続きができる出先機関はあるだろうか。アーケード街はまだ残っている? 地産の野菜はどこに行けば買えるのだろう。お総菜は? 魚はやっぱり海なし県だから今でも期待できないかな。


 そんなことを考えながら歩き回ってみたものの、やはり、これといった変化は見いだせなかった。


 アーケード街の中心に立って目を瞑れば、今でも、福引の鐘の音やトランペットスピーカーから流れる浅水音頭、着ぐるみのパンダに群がる子供たちの声が聞こえてくるようだ。

 だが目を開ければ、店舗の三分の一はもう、シャッターを閉ざしたままだ。

 人が減っているのだ。人が減って、街が新陳代謝をしなくなっているのだ。だから、街が映画のセットか何かのように見える。地方の衰退とはこういうことをいうのだろう。


 泉美が、電器店の店先に置いてあった無料のタウン誌を手に、小さく溜め息を吐いたとき、

 「あれ、もしかして……。泉美っち?」

 恐る恐るといった感じで声をかけてきた男性は、高校のときの同級生、森崎蓮人(れんと)だった。


 相変わらず背が低い。プラス、頬骨の辺りに赤みがさしているせいか、今でも少年のような雰囲気がある。確か消防署に就職したはずだ。


 「あれぇ蓮人君じゃん、久しぶりぃ」


 「はぁ~、きれいんなったなぁ」

 思わず噴き出してしまった。


 「あんた、いつからそういう口が利けるようんなったわけ?」


 「違うよお、なんか東京の人だからかなあ、雰囲気も違うし。いつまでいんの」


 「んと、ずっと。たぶんね」

 蓮人は「え」と言ったきり固まってしまった。


 「いろいろあってね、都落ち」

 泉美は胸を張って明るく言った。


 「……そっかぁ、いろいろなぁ、いろいろかぁ」

 そう呟いて、下を向いていた蓮人がふいに顔を上げ「ところで、みんなは知ってんの?」と訊いてきた。


 「いや、知らせてないから」


 「だめだよそんなん。浅水に帰ってきたんだったら歓迎会やんねぇと。タケやんもナベも、敏光もこっちにいるし、大阪行ってた正美も帰ってきた。あとタケシ、ほら覚えてっぺ、泉美のこと好きだったタケシ、あいつまだ独身なんだ、泉美っちは?」


 「あのさぁ、そういうの別にいいから」


 「いいっておまえ、えと、う~ん、たぶん九人か十人はすぐに集まる。もっといくかな」

 指を折って数えている蓮人を見ていたら、なんだか楽しくなってきた。ついさっきまで心のなかに澱んでいた不気味さとか不安とか、そういったネガティブな感情が、さぁっと洗い流されていく感じだ。

 何も変わっていない。

 うん、それはそれで、いいところでもあるのだ。

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