第3話:魔力水脈の激流と予期せぬ真実 -1
王都の地下深く、そこにはこの世界の生命の源とも言える、巨大な魔力水脈が広がる。
脈動するその流れは、まさに大地の血管。
ミネルヴァのエージェントたちが乗り込んだプロトタイプ潜水艇の内部は、魔導炉の駆動音と、水流のざわめきで満たされていた。
わずかな窓から差し込む青白い魔力光が、水脈の底知れぬ深さを照らし出す。
潜水艇は、アキラの操縦によって、激しい魔力の流れに逆らって、ゆっくりと、しかし確実に進んでいく。
潜水艇の操縦席では、アキラのサイボーグの指先が、高速でコンソールを叩いていた。
彼の額には、冷や汗が滲む。隣に座るカイトは、情報分析官としての鋭い集中力を宿らせ、彼の視線は、操縦席に映し出される魔力水脈のリアルタイム解析データに釘付けになっている。
「この先の魔力流、わずかに乱れを確認。アキラ、右に五度、出力一割増しで回避」
カイトの声は、静かだが、その指示は的確だ。
「了解。出力調整、メインコンソールにアクセス。だが……」
アキラの声には、わずかな焦りが混じる。
「操舵が重い!まさかこんな巨大な渦が…! この水流、自然現象じゃない!何か外部からの干渉を受けている!」
アキラが叫んだ。計器は異常な数値を表示し、潜水艇全体が激しく揺れ始める。
リョウは、背後の座席から身を乗り出し、状況を目で追っていた。
「どういうことだ、アキラ!? このプロトタイプ、そんな簡単にぶっ壊れるようなもんじゃねえだろ!」
「くそっ、わかってる! だが、まるで巨大な手で掴まれているような抵抗だ!
こんな魔力流、データにはなかったはずだぞ!」
アキラは奥歯を噛み締め、必死に操縦桿を握りしめる。
リーラは、静かに目を閉じ、水脈の魔力と意識を同調させていた。彼女のエルフ特有の感覚が、水脈の奥底に潜む「何か」を捉えようとする。
やがて、彼女の瞳がゆっくりと開かれ、その緑色の瞳に不安の色が宿る。
「……これは、大規模な魔力操作が行われているわ。水脈全体の流れを、人為的に、それも非常に強力な意思でコントロールしている。まるで、水脈そのものが、何かの回路の一部になっているみたい…」
カイトが、ホログラムディスプレイに新たな情報を展開する。魔力水脈の解析図に、これまで見られなかった不自然な青白い光の線が浮かび上がっていた。
「リーラの言う通りだ。この魔力流の乱れは、自然なものではない。この線は……まるで、複雑な魔力的な回路だ。王都の地下全体に張り巡らされている」
エリナは、チームの会話を静かに聞いていた。彼女の脳裏には、昨夜の王宮での出来事が鮮明に蘇る。
王宮の警備システムを乗っ取ったAI、不気味なほど統制された街の住民たち。それら全てが、この「不自然な魔力操作」と繋がっているのではないかという直感が、彼女の騎士としての勘を刺激していた。
「…王宮のあのAIも、この魔力と関係があるのでしょうか? あの時も、まるで王宮全体が意思を持っているかのように…」
カイトは頷く。
「可能性は高い。この魔力回路は、我々が追っている『調律者』の仕業だと見て間違いないだろう。奴らは、この世界の根源たる魔力水脈すら、自らの計画のために利用している」
潜水艇の揺れはさらに激しさを増し、天井から水滴が滴り落ち始める。警報音が鳴り響き、船体が軋む音が耳障りだった。
「アキラ、何か突破口は!?」
リョウが叫ぶ。
「この魔力流に逆らって進むのは無理だ! 潜水艇が保たない!」
アキラは必死に反論するが、その顔には焦りの色が濃い。
その時、リーラが閃いたように声を上げた。
「待って! この魔力流、ただの妨害じゃない! その、不自然な青白い光の線…あれは、魔力の経路よ! 逆手にとるの!」
「逆手にとる…どういうことだ?」
カイトがリーラの言葉を反芻する。
「この魔力流は、私たちを押し戻そうとしている。でも、その流れ自体が、目的の場所へと繋がる道を示しているのよ! ただ、彼らが意図しない形で、ね!」
リーラは、魔力分布図に表示された青白い線を指差す。
「この逆流を、私たちの進路を加速させる力に変えるの!」
アキラはリーラの言葉を聞き、目を見開いた。
「…なるほど、その手があったか! 逆に魔力流に身を任せ、そのエネルギーを推進力に変える。だが、制御が難しすぎる! 少しでも軌道がずれたら、潜水艇ごと魔力炉に吸い込まれるぞ!」
「だからこそ、オレたちがいる!」
リョウが不敵な笑みを浮かべた。
「俺が潜水艇の外部に出て、物理的に舵を切る! アキラは、俺の動きに合わせて出力を調整しろ!」
「無茶です! こんな激しい魔力流の中で、生身で外に出るなんて…!」
エリナが声を上げる。その隣で、セレフィアは恐怖に顔を蒼白にさせ、エリナの腕にしがみついている。
「エリナ……こわい……」
「大丈夫です、皇女殿下! わたくしが、必ずお守りいたします!」
エリナは震えるセレフィアを抱きしめながら、リョウに叫んだ。
「リョウさん! 無茶はしないでください! 危険すぎます!」
「俺は……人間じゃねえからな」
リョウはそう言って、潜水艇のハッチへと向かう。
「エリナ、セレフィアは頼んだぞ。リーラ、俺に魔力を纏わせてくれ。カイト、正確な指示を頼む」
リーラは、リョウの意図を瞬時に理解し、彼の全身に風の魔力を纏わせる。リョウの身体が、微かに緑色の光を放つ。カイトは、ディスプレイに映し出された魔力流のデータを凝視し、最適なタイミングと角度を計算する。
「ハッチを開ける! リョウ、準備はいいな!?」
アキラが叫ぶ。
「いつでも来い!」
リョウの声が、潜水艇の外から聞こえてきた。
潜水艇のハッチが、ごう音を立てて開く。激しい魔力流が内部に吹き込みそうになるが、リーラの風の魔力がそれを押しとどめる。
リョウは、躊躇なく漆黒の魔力水脈へと飛び込んだ。彼は、改造された強靭な身体と、風の魔力を纏った多機能戦術ナイフ(ヴォーテックス・ブレード)を使い、水脈の壁面に刃を突き刺し、潜水艇を誘導していく。
「リョウ、右に二度! 推力、一割減!」
カイトの正確な指示が飛ぶ。
「了解!」
リョウの声が、水流の轟音にかき消されそうになりながらも、アキラの耳に届く。アキラは、彼の動きに合わせて潜水艇の出力をミリ単位で調整していく。
潜水艇は、リョウの物理的な操舵と、アキラの繊細な魔導炉の制御によって、激流の中をまるで魚のようにすり抜けていく。リーラは、潜水艇の周囲に微細な魔力的な障壁を張り巡らせ、外部からの衝撃を和らげる。
エリナは、目の前で繰り広げられる常識外れの光景に、ただ息を呑んでいた。
セレフィアは、エリナの腕にしがみついたまま、目を見開いてその光景を見つめている。
彼らの連携は、まるで長年共に戦い続けた熟練の騎士団のそれよりも、さらに洗練されている。言葉を交わすよりも早く、互いの意図を理解し、補完し合う。それが、ミネルヴァのエージェントたちの「即興の連携」だった。
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