第2話:奇妙な同盟と王都の深層 -2
アジトに戻ったカイトは、すぐにヴァンス司令官へと簡易的な報告を行った。
ホログラムスクリーンに映し出されたヴァンスの顔には、疲労と困惑の色が濃く浮かんでいた。
「カイト、一体どういうことだ。
王宮の警備システムが暴走したと報告を受けたが、まさか皇女殿下と見習い騎士のエリナまで巻き込んだとは。
これは、我々ミネルヴァの存在を揺るがしかねない事態だぞ」
ヴァンスの言葉に、カイトは深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、司令官。不測の事態でした。
しかし、お二人は無事です。
そして、王都の『不自然な調和』の根源、中央魔力炉を特定しました。
そこへの潜入計画を立てています」
ヴァンス司令官は、大きく、盛大なため息をついた。
その息は、ホログラム越しにも重苦しく感じられた。
「はぁ……。分かった。皇女殿下の安全確保は最優先だ。
そして、王都の異変を収めることも。だが、これ以上の混乱は避けたい。
国王陛下には、私が改めて説明しよう。
君たちは、皇女殿下とエリナの安全を確保しつつ、任務を遂行しろ。
国王陛下には、私が事前に王都の異変について口添えをしてある。
君たちの報告を信じるはずだ」
ホログラムが消滅し、カイトは静かに端末を置いた。
ヴァンス司令官の困惑は、彼にも痛いほど伝わってきた。
事態の深刻さを改めて認識させられる。
エリナは、セレフィアと共に王宮の自室に戻っていた。
王都の異変が、単なる不調ではなく、人々の精神にまで及ぶ「調律」という恐るべき計画の一部であること。
そして、自分たちがその渦中に巻き込まれてしまったこと。
セレフィアは、まだ幼いながらも、王都の民の苦しみを肌で感じていた。
彼女の瞳には、不安と共に、民を憂う強い光が宿っていた。
「エリナ……わたくしは、この王都の民が、真の笑顔を取り戻すことを願っております。
この不自然な状態を放置すれば、いずれ王都は取り返しのつかないことになるでしょう。
わたくし、あなたたちと共に、この事件を解決したいのです」
セレフィアの言葉に、エリナは驚き、そして深く感動した。
幼い皇女の、民を思う純粋な心が、彼女の騎士としての使命感を一層強く刺激した。
「皇女殿下……しかし、それはあまりにも危険すぎます。
わたくしが、あなたをお守りいたします。
あなたはこのアジトで、安全な場所で待機していてください」
「いいえ、エリナ。わたくしは、この王都の皇女です。
民が苦しんでいるのに、ただ見ているだけではいられません。わたくしにも、何かできることがあるはずです。
それに、エリナ、あなた一人に危険な思いをさせるわけにはいきません。
わたくしは、あなたと共に、この困難に立ち向かいたいのです」
セレフィアの毅然とした言葉に、エリナは、皇女の決意を受け止め、共に戦うことを誓ったのだった。
中央魔力炉への潜入計画を立てるエージェントたちは、アジトの情報分析室に集まっていた。
壁一面に投影された王宮の地下構造図は、幾重にも重なる警備システムと、複雑に絡み合った魔力供給ルートを示していた。
アキラが、ディスプレイに新たな計画案を映し出した。
「中央魔力炉への潜入方法は、王都の地下を流れる巨大な魔力水脈を利用する。
この水脈は、王宮の魔力供給システムに直接繋がっており、我々が潜入できる唯一のルートだ」
「水脈だと?
そんな場所に、どうやって潜入するんだ?」
リョウが眉をひそめた。
「これを使う」
アキラが、ディスプレイに流線型の小型潜水艇の設計図を映し出した。
それは、金属の光沢を放ち、魔導炉らしきものが搭載されているものの、どこか不格好で、手作り感のあるプロトタイプだ。
「これは、『水流推進型潜水艇』。魔力水脈の激しい流れに逆らって進むことができる。
ただし、プロトタイプだ。安定性に難がある。
水圧による歪み、魔力干渉によるシステムエラー、内部の魔物との遭遇……様々な問題が予測される」
アキラは、少しだけ顔を歪めた。
「さらに、魔力供給ルートを一時的に逆流させることで、中央魔力炉のセキュリティシステムを麻痺させる。
これが、潜入の要となる。
この逆流現象は、王都の魔力供給システムに一時的な混乱をもたらす。これが我々の唯一のチャンスだ」
「マジかよ……失敗すれば王都全体の魔力供給がストップするリスクも伴うのか?
それじゃ、ただのテロリストじゃねぇか!」
リョョウが思わず叫んだ。
アキラは、冷静に答える。
「理論上は完璧だ。
水脈の魔力流量、セキュリティシステムの反応時間、全てを計算に入れている。
あとは実行時の微調整だけだ。誤差は限りなくゼロに近い」
「理論上ってのが一番信用ならねぇんだよな!」
リョウが、思わず机を叩く。
エリナは、この計画の危険性に騎士として反発を覚えた。
「それは……あまりにも危険すぎます。王都に混乱を招く可能性があります!
もし民に危害が及べば、わたくしは騎士として、決して許しません!」
セレフィアは、エリナの腕をそっと撫でた。
「エリナ……わたくしは、この不自然な状態を放置すれば、いずれ王都は取り返しのつかないことになる、と痛感いたしました。
このままでは、人々が真に望む平和は訪れません。
わたくし、この王都の民が、真の笑顔を取り戻すことを願っております。
そのためには今は、この計画を、信じるしかないと思うのです」
「……承知いたしました。
わたくしが知り得る限りの情報を提供します。
王宮の安全のために……そして、皇女殿下の願いのために、この身にかけても」
エリナは、未だ納得しきれない表情を浮かべながらも、決意を固めた。
カイトは頷く。
「その可能性は高い。だからこそ、あなたたちには慎重に行動してほしい。
我々は、あなたたちが王宮からの情報を提供してくれることを期待する。
それが、あなたたちの、そして王都の安全に繋がる。我々は、あくまであなたたちの『影の支援者』として動く」
潜入方法は、王都の地下を流れる巨大な魔力水脈に、アキラが開発した「水流推進型潜水艇」(故障しやすいプロトタイプとのことだ)を投入し、激しい魔力の流れに逆らって進むという無茶なものだ。
カイトは端末のディスプレイに、魔力水脈のリアルタイム映像を映し出した。
「この水脈は、古代の魔物や、神族が設置した水中探知機が配備されています。
特に探知機は、我々の潜入を予測して配置されたかのように巧妙です。
我々がここへ潜入することを、敵は予測している可能性が高い」
「またかよ……本当に、奴らは俺たちの手の内を読んでやがるのか。どうなってんだ、この世界は」
リョウは、苛立ちを隠せない。
アキラが、潜水艇の最終調整を行う。
「……大丈夫だ。
この潜水艇は、俺の最高の傑作だ。俺の技術の粋を集めて作り上げた。あとは、お前たちの腕次第、というところだな」
リーラは、静かに潜水艇に触れた。
「この水脈には、清浄な魔力と、不自然な淀みが混在しているわ。探知機は、その淀みに反応するのかもしれない。私たちがこの水脈に身を置くこと自体が、探知機を活性化させる可能性もある」
潜入の夜、アジトのガレージに運び込まれた潜水艇の周りに、エージェントたちが集まった。
潜水艇のハッチが開かれ、内部から湿った、土の匂いが漂ってくる。
カイトが最後の指示を出す。
「計画は完璧だ。だが、予期せぬ事態には、即興で対応しろ。
チームの連携を信じるんだ。我々がこの任務を成功させれば、王都は真の平穏を取り戻せる」
リョウは、背中に固定した多機能戦術ナイフ(ヴォーテックス・ブレード)を軽く叩いた。
「へっ、わかってるさ。ドタバタは慣れてるんでね。俺たちの本領発揮ってやつだ」
エリナは、セレフィアと共に、潜水艇の内部へと身を滑り込ませた。
セレフィアは、いざとなると不安げな表情でエリナの腕を握りしめている。
「エリナ……こんな小さな船で、本当に、大丈夫なのでしょうか……」
エリナは、セレフィアの震える手を強く握り返した。
「皇女殿下、ご安心ください。わたくしが、必ずお守りいたします。
このエリナ・ヴィンセント、騎士の名にかけて、誓います!」
潜水艇のハッチが重々しい音を立てて閉まる。
静寂が訪れ、彼らを包み込んだ。
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