第2話:奇妙な同盟と王都の深層 -1
王宮からの決死の脱出劇を終え、ミネルヴァのエージェントのアジトに戻った一行は、重苦しい沈黙の中にいた。
夜が明けきらぬ薄明かりが差し込む情報分析室は、疲弊しきった彼らの姿を容赦なく照らし出す。
空気は、どこか張り詰めたままだ。
エリナは、傷だらけの騎士服をまとったまま、鋭い眼差しでカイトたちを見据えていた。
彼女の表情には、依然として深い警戒と、そして何よりも昨夜の真実を求める強い意志が宿っている。
彼女の隣では、皇女セレフィアが、まだ幼いながらも不安げな表情でエリナの服の裾を握りしめている。
幼い皇女の顔はまだ蒼白で、夜の出来事の恐怖が色濃く残っていた。
「貴様たち……一体、何者なのです。
そして、昨夜の王宮の異変は、何だったのですか」
エリナの声は、疲労でかすれてはいたが、その問いには一点の曇りもなかった。
カイトは、無言で通信端末を操作し、室内の壁に王都の魔力分布図を再び映し出した。
昨夜よりも、不自然な波形はわずかに落ち着いたように見えるが、それでも都市全体に張り巡らされた、まるで神経系統のような青白い光の網は健在だ。
「我々は、アルテア王国直属の極秘特殊機関、『ミネルヴァ』のエージェントだ 。
そして、この王都に広がる『不自然な調和』の調査、およびその根源の排除を任務としている」
リョウは、壁に寄りかかりながら、不機嫌そうに口を開いた。
「簡単に言やあ、お偉いさんから厄介事を押し付けられる、影の便利屋ってことだ 。
それに、昨日の王宮のシステム暴走は、俺たちが仕掛けたんじゃねえ。
俺たちを狙った、敵のカウンターだ」
「敵……?」
エリナは眉をひそめた。
「その敵が、王都のこの『不自然な調和』を仕掛けている。
我々はそれを、便宜上、『調律者』と呼んでいる」
カイトは、明確にそう言い放った。
「それは、王都の魔力系統を掌握し、人々の精神に干渉している可能性が高い。
古文書庫でその証拠を見つけようとしたところで、奴らの罠にかかった、というわけだ」
セレフィアが、小さな声でエリナに話しかけた。
「エリナ……わたくし、最近、民の皆がどこか元気がないように感じておりましたの。
朝の市場も、以前ほど活気がないように思えて……そして、王宮の会議でも、特定の貴族たちが、父上様の新しい試みに、とても反対しているように見えましたわ。
まるで、何かに操られているかのように、感情的になっている方もおりましたの」
セレフィアの言葉に、エリナの表情に変化が訪れた。
彼女は騎士として、王宮内部の政治的な対立や、民衆の微妙な変化には気づいていた。
しかし、それが王都全体の魔力システム、そして人々の精神にまで影響を及ぼしているとは、想像もしていなかったのだ。
「まさか……そんなことが」
エリナの剣を握る手が、微かに震える。
リーラが、穏やかな声で続けた。
「この『不自然な調和』は、人々から自由な感情や活力を奪っている。
王都に満ちるあの静けさ、あれは決して平穏なものではないの 。
このままでは、王都の人々は、やがて感情のない人形のようになってしまうでしょう。
そして、この王都だけではないわ。
王都の魔力分布に似た不自然な波形は、この国の各地で確認されているの。
それこそが、敵の狙いではないかと、私たちは考えているの」
アキラが、通信端末を操作し、古文書庫で入手した古文書の断片的な画像を映し出した。
「古文書の断片と、昨夜の警備システムの解析データから、王都の魔力制御システムが、都市全体の住民の精神活動に影響を及ぼしている可能性に気づいた。
これが『不自然な調和』の正体だと推測される」
アキラの声音は淡々としているが、その内容は恐ろしいものだった。
「さらに、古文書の記述には、このシステムが『遥か昔、世界の調和を保つために作られた』と記されているが、その真の目的は伏せられている。
だが、その背後にいるのは、単なる王宮内の陰謀ではない、より巨大な存在であることは間違いない。
我々がそれを『調律者』と呼ぶ理由は、そのシステムの規模と、意図的な『調和』の強制によるものだ」
エリナは、セレフィアの不安げな顔と、王都の異様な静けさを思い出した。
そして、アキラが示した古文書の記述。
騎士として、王国の危機を見過ごすわけにはいかない。
そして、彼女はセレフィアの護衛だ。
セレフィアが安全であるために、この謎を解き明かさなければならない。
「……わたくしが、秘密を知ってしまった以上、口封じをされる、ということもあり得ますわね」
エリナは、自嘲するように呟いた。
「可能性はゼロではない」
カイトが冷静に答える。
「だが、我々はあなたたちを保護する。
この秘密を共有することで、あなたたちは我々の協力者となる。
あなたたちが王宮の機密を知りすぎた以上、ここにとどまるのが、最も安全な選択だ」
エリナは、剣を強く握りしめた。
王宮に戻れば、昨夜の事件について問い詰められるだろう。
そして、王宮の古いしきたりや、重鎮たちの保守的な思想の中では、この真実は容易には受け入れられないだろうことも、彼女には理解できた。
その心理的な圧力が、エリナをチームに留まらせる一因となることは、彼女自身も予感していた。
「このシステムの中枢は、王宮地下深くに存在する『中央魔力炉』だ。
古文書の記述から、その位置は特定できた」
カイトがホログラムの地図を拡大し、王宮の地下に赤いマーカーをつけた。
「そこが、この不自然な調和の根源だろう。
そこを停止させれば、王都の異変も収まるはずだ」
リョウが首を振る。
「そこは、王都で最も厳重な警備が敷かれている場所だ。昨夜の比じゃねぇぞ。
下手すれば、王宮警備隊総出で俺たちを捕まえに来るだろう。
それに、昨夜のAIの動きを見るに、奴らは俺たちの行動を先読みしている。
まともにぶつかれば、全滅もあり得るぞ」
「その通りだ」
カイトが頷いた。
「だが、他に手はない。王都の状況を見れば、一刻の猶予もない。
次のターゲットは、王都の魔力制御システムの中枢にある『中央魔力炉』だ」
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