第49話
季節は冬になっていた。月が明けたら十二月に死んだ猫の死体を探さねばならない。これには凌雲の手を借りなくてはならないだろう。随分と奇妙な依頼をすることになる。
あれから紅月は玄牙を呼び出していなかった。その代わり、ずっと考えていた。誰が皇帝を殺すために猫鬼を放ったのかを。
(玄牙に手伝って貰ったけど、私はあんなに近くにいた白瑛のことを見逃してしまったもの)
「難しい顔をしているな」
凌雲がそう言って、紅月のしわの寄った額を突いた。
「蠱師の正体について考えておりました。ただ何も思い浮かばなくて」
依然は怪しいと思っていた皇太后はありえない。もし後宮の外だとすると紅月は何も手出しが出来ないのだった。
「宮廷の呪術師はどうしてますか?」
「……私の身辺の結界は熱心にしているようだが、ただ一度の、それも失敗した術の主を探るのは難しいようだ」
「そうですか……」
このまま、呪殺に怯えながら暮らさねばならないのか。紅月がいる時ならばまだいいが、もしそうでなかったら……。不安で紅月の胸はきゅっと痛む。
「もう遅い。眠ろう、紅月」
「あ……はい」
紅月は胸に手を当て、目を瞑り、猫の姿になろうとした。
「紅月、そのままでよい」
「え……?」
「今日は人間の紅月がいい」
紅月の頬は火が付いたように赤くなった。
「あ……あの」
「ほら、おいで」
差し伸べられた手に吸い込まれるように、紅月は凌雲の腕の中に包まれた。
「そなたには色々としてもらってばかりだからな。たまには私がそなたの枕になろう」
「はい……」
凌雲の体温がすぐそこにある。ぴったりと寄り添って、抱き締められた腕の感触が心地良い。
「……猫になって逃げるなよ」
凌雲にそう囁かれて、紅月はぶんぶんと首を振った。
「いたしません。私の心は決まってますので」
そう言って、紅月は凌雲の胸に顔を埋めた。凌雲と、本当の男女の仲となる覚悟はとっくに出来ている。ただ……そう思っているのは紅月だけで、凌雲の心の内は知らない。いつもならば怖くて目を背けるところだが、今日の紅月は違った。
「凌雲様は私をどうお思いでしょうか」
「どう……とは」
父が紅月に託した言葉。身を滅ぼしても願いを叶えたかった白瑛。そしてそれさえ許した皇太后の姿。そんなものが紅月を動かしていた。今日あるものが明日あるとも限らない。逃げてはいけない。
「女として、私を見てくれていますか?」
紅月の声は震えてしまっていた。答えを聞くのが怖い。そうではない。お前は添い寝用の猫なのだと言われたら。でも、それでも紅月は凌雲の側にいるだろう。彼がそれを望むのなら。
「紅月、泣いているのか?」
凌雲の指が、紅月の頬を伝う。いつの間にか、紅月は涙を流していたようだ。
「すまなかった」
凌雲の言葉に、紅月は肩を震わせる。その続きが、怖い。
「紅月がそう思っていてくれて嬉しい」
凌雲の手に力が籠もった。
「そのように言わせてしまって、申し訳ない。紅月のことは私は妻だと思っているよ。ただ……はじまりがああだったから、無理強いはすまいと思っていた」
紅月はこわごわと顔を上げた。凌雲の切れ長の目が真っ直ぐにこちらを見ている。紅月はまるで縫い止められたように彼から目を離せない。
「わが妻となってくれ、紅月」
「はい……喜んで」
紅月の目に再び涙がにじむ。だが、これは喜びの涙だ。紅月の答えを聞いて、凌雲はその唇に口づけた。柔らかく愛おしむような口づけが、何度も振ってくる。
「凌雲様……」
紅月は凌雲の首に手を回し、それに答えた。
「私は……あなたの妻です」
指と指が絡み合い、しっかりと繋がれた。
――こうして、凌雲と紅月は本当の意味で結ばれた。




