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呪いと猫の後宮夜話〜月夜のまじない妃と眠れない皇帝〜  作者: 高井うしお


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第48話

『玄牙は他に変わりはないの?』


 翌日、紅月は部屋に玄牙を呼び出した。


『あのうまい酒をくれる間抜け面を今すぐ殺そうなんて思ってないぞ』


『分かってるわよ』


 ちょっとだけ機嫌が悪そうだった玄牙だったが、紅月が濁り酒を与えると、にやっと笑って、あぐらの上に甕を置いて杯を直接突っ込んで飲み始めた。


『呪縛の様子はずっと変わらん。お前が現世の俺との繋がりを作ったせいで俺を操る強さはないが、相変わらずまとわりついている。うっとうしいものだ』


 紅月は考えこんだ。後宮で妃たちを殺した白瑛は、玄牙を作った蠱師ではなかった。別にいるが、紅月の妨害にあってから、何も動いていなかったということだ。


「私が蠱師だったら……何もしないってことがあるかしら」


 皇帝の殺害ともなれば、相当な恨みを持っていたり、大金が動いていたりしていそうだ。たった一度の失敗で、諦めたりするだろうか。


『一人目の蠱師のくそったれは、可笑しかっただろうな。何もしていないのに、後宮で蠱毒が暴れ回ってるんだ』


『そうね……いい目くらましかも』


 何か企んだとしても、白瑛が蠱毒を造りだしたことで、動きやすかったかもしれない。


『玄牙、もし再び玄牙を操ろうとしたらどうすると思う?』


『自分の影響を強くする。だが、今やつは俺を呼び出すことも出来ない。やつの誤算は二つ。お前の中に俺の一部が生きていること。もう一つはお前が俺に玄牙(・・)という名を与えたこと。この二つでやつの影響は薄れ、お前が現世に引っ張る力で俺を動かせない』


『では何もできないと?』


『新しい蠱毒を用意した方が手っ取り早いだろうな。でもそれには時間がかかる』


 そう言うと、玄牙は濁り酒の壺に口を付けてごくごくと飲み始めた。


『なにかあるのね、玄牙』


 この玄牙という猫鬼は、紅月に聞かれてもないことを話しはしないが、嘘をつくことはなかった。


『……俺は腹が減っている。生まれた時からだ。いや、生まれる前からそうなんだろう。仲間を殺して食って、俺が生まれたんだ』


 玄牙は俯いた。そのようにして生まれた自分を恥じているのだろう。殺した仲間たちへの罪悪感で己を責めているのかもしれない。


『紅月の中の体と別れてから余計に腹が減っている。酒を飲むと少し紛れる』


 だから酒が好きなのか、と紅月はようやく理解した。


『酒なら毎日用意してあげるわ。だから蠱師なんかについていかないで』


『そうじゃない。俺にとって、もっと美味いものがあるんだ』


 玄牙が喜ぶならどんな珍味でも手に入れてやろうと紅月は思ったのだが、好物の話をする割には玄牙の表情は暗かった。


『俺が食いたいのは……蠱毒だ』


 玄牙が吐き捨てるように言った。


『あの百足を食らったら随分と満たされた。それで知ったんだよ。俺が食いたいのは蠱毒……それも猫鬼が食いたいのだと』


 紅月には玄牙が泣いているように思えた。餓えの先に生まれ、ずっとそれに苦しみ、救われるには同胞を食わねばならない。そんな運命に、玄牙が泣いていると。


 紅月はそっと玄牙を抱き締めた。


『なんだ』


『私、あなたを友達だと思っているのよ』


『馬鹿な……俺は化け物だぞ』


『化け物の友達がいてもいいじゃない。私だって猫になるし十分化け物よ』


 玄牙は黙ってしまった。


『凌雲様を守りたいのもあるけど、あなたを自由にしたい。きっと蠱師を見つけ出すわ』


 紅月はそう言って、玄牙の髪を撫でたが、玄牙は「もう俺を呼び出すな」と言ってかき消えてしまった。



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