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第15話

 なんとしてもまた猫の姿にならなくてはならぬ、と宮に戻った紅月は思った。


(こんな気持ちで生身で一緒にはいられない)


 あとふた月待てば猫の呪いを解く薬が手に入る。そうしたら玄牙に体を返さなくてはならない。それが分かっていても、自分の気持ちに気がついた今、紅月は人の身で凌雲の側にいるのは辛かった。


「紅月様、朝餉をお持ちしました」


「ええ、入って」


 雪香の声に紅月は背筋を伸ばした。


「今日はどうなさるおつもりで?」


「えっと……少し考え事をしたいの。人払いをお願い」


「かしこまりました」


 紅月の強い希望で、雪香はこの宮の女官長となった。そして紅月は雪香を除き、女官たちの勝手な出入りを禁じていた。持病があり、騒がしいのが苦手だと説明してあるが、さぞ気難しい女主人だと思われていることだろう。


 朝食を終え、紅月がひとりになった。と、言ってもまたくよくよと先ほどの物思いを繰り返しているだけである。


「ところで薬を手に入れたらにどうやって会うのかしら。薬を飲んだら出てくるのかしら」


 あの時玄牙は勝手に消えてしまって、それから気配もない。


「玄牙にちゃんと聞いておけば良かった……」


 紅月が呟いた途端、部屋の中に風が吹いた。


『おい』


「わっ!」


 気がつけば目の前に褐色の肌の大柄な男。大きな耳にしなやかな尻尾が揺れている。玄牙だ。


『ようやく名を呼んだな。引っ越しをするならそう言え』


 どうやら玄牙のほうでも紅月を探していたようだ。


「ごめんなさい。急なことだったの。あなたを呼ぶには名前を言えば良かったのね」


『そうだ。この名が俺を現世とお前に繋いでいる』


「あの……少し聞いてもいい? あれから猫の姿にならなくなったの。何が原因なのかしら」


 紅月がそう聞くと、玄牙は怪訝そうに眉をひそめた。


「猫の姿では困るのではなかったのか?」


「ええと……困ると言えば困るのだけど、変身しないのも困るというか」


 自分でも無茶苦茶なことを言っていると思った。


『姿が変わらないのは俺との繋がりが出来たことでお前の中にいる俺の断片が安定したからだ。猫の姿が良ければ、変化したいと強く願え』


「そんなことでいいの?」


『ああ。こんな風にな』


 玄牙は額に指を当てて、目を瞑った。


『変化する時の体の変容と変化後のすがたをつぶさに思い浮かべて……こうだ』


 そこには一匹の大きな黒猫がいた。


『やってみろ』


「え……ええ」


 紅月は目を瞑り、白猫の姿を思い浮かべる。あの体がバラバラになるような感覚を思い出す。すると体の中で何か蠢くような感覚がした途端――。紅月は猫の姿になっていた。


『上手く出来たな』


「にゃん」


『元に戻るのはその逆だ。人間の姿を頭に浮かべよ』


 紅月が言われたようにすると、体はみるみるうちに人の姿になった。


「すごい……!」


 紅月は驚きの目で自分の顔を触って確かめたが、その直後に自分が裸体であることに気づき、衣を持って衝立の向こうに逃げ込んだ。


『なんだ。気にすることはないのに』


 それでも衝立の上から覗き込もうとする玄牙に、紅月は沓を投げつけた。


 それをひょいっと避けて、玄牙はかかか、と笑っていた。


「ありがとう、玄牙。優しいのね」


 服を着た紅月がお礼を言うと、玄牙は一瞬きょとんとした顔をして、次に苦いものを食べたように思い切り顔をしかめた


「やめろ気色悪い」


「あら、褒めているのに」


 紅月が玄牙の顔を覗き込むと、彼はふいっと顔を逸らした。


「そんなことより、俺を作ったくそ野郎は見つかったのか?」


「そんな急には無理よ。なにも手がかりがないのに」


 そうなのだ。蠱師を見つけ出さなくてはこの呪いは根本的に解決しない。そちらの方も解決しなければならないのだ、と紅月は頭が痛くなった。


「手がかり……」


「何かないの。生まれた時に何か見たとか」


 ううん……と唸りながら玄牙は首を傾げた。


「暗い部屋だった。薬臭くて……男だったか女だったか……」


 何も思い出せない玄牙はばつが悪そうな顔をしていた。そんな場所などいくらでもあるだろう。紅月はため息をついた。


「人手を頼って探してみる。だからもう少し待って。もし、なにか思い出したら教えて」


 玄牙は憮然とした顔をしている。黒猫の時はいかにも恐ろしげだが、このようにしているところころと表情が変わってどこか子供じみている。


「では今日のところは退散する。何かあればいつでも呼べ。ただし人前で呼ぶ時は気をつけろ。俺の姿は並の人間には見えないからな」


「……わかったわ」


 紅月が頷くと、玄牙は黒い煙となって消えた。



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