第19話 試練の時※
「で、結局テストはダメだったと」
「そう。残念ながら黒川さんは二曲のみの参加となるわ」
いつものように藤城の家で雑談をしていると、そんな話題になった。
本当は、いくら藤城と言えど話していい内容ではない。ツアーが始まれば知れ渡ることになるが、まだガデフラ関係者しか知らない極秘の話だ。
だが、藤城は藤城で、バイト先での黒川さんの様子がおかしいことに気が付いていたようなので話をしてしまった。
「デビュー以来絶好調で、先月は常にうるさいくらいにハイテンションだったんだかな。今月に入ってからどんどん元気がなくなってきて、さすがに不安。休憩中にあくびをして、でもうたた寝さえしないでダンスの振付動画を見てたりと、ちょっとがんばりすぎにも思えた」
「ちょっと前まではね、危機感が足りないように思えたの。その頃も本人なりにがんばってはいたみたいだけど、あくまでも“本人なり”であって、首脳陣が求めている水準ではなかった。だからちょっと厳しい言葉で発破をかけてみたの」
「へぇ?」
「黒川さんは私にライバル意識を持ってるから、効くんじゃないかと思って」
「どうだった?」
「効きすぎたかもしれない。キャパシティを超えてがんばりすぎて、疲れちゃったのよ。ここまで追い込んでしまうなんて……私の失敗だわ」
「だけど、初瀬に優しく言われても黒川は聞く耳持たないだろ?」
「きっとそうね。優しくしても、厳しくしてもダメ。じゃあ私が何もしなかったら良かったのかしら? その場合、あの子は変わろうとはしなかったかもしれない。……一体どうすれば良かったのかしら。何が正解だったのか、いくら考えてもわからない」
ガデフラのセンター。
トップアイドルのひとり。
私がグループを支えているんだ。
……なんて顔をして、人前では堂々と振る舞っているけれど。
なんてことはない。
私だってまだ二十才の、未熟なただの女の子に過ぎない。
私が切れるカードの中に、正解がひとつもないことだってある。
「黒川が今からがんばったら、四曲に戻れる可能性はないのか?」
「ないとは言えないけど、ツアーが始まってから構成を変えるのは簡単じゃないから、要求されるハードルはさらに上がるでしょうね。他の会場で十人でやっているのを見た人が、別会場で十一人でのパフォーマンスを見て『十人の方が良かったな』って思ってしまったら元も子もないもの」
「ああ、そうか。黒川がいるバージョンといないバージョンを直接比較されちゃうわけか。じゃあ挽回のチャンスは簡単にはもらえない、ってことか」
「そういうこと。まぁ、千秋楽の公演なら四曲以上やることはできるかもね。新しいランキングが発表されて黒川さんにも数字がついて新体制になるから、多少パフォーマンスが落ちるとしても自然な形で出番を増やせる」
「黒川のランキングはどうなると思う?」
「厳しいと思うわ。そもそも黒川さんの人気はライト層……ガデフラのことをテレビやSNSを通じて知っている程度、という人がメインね。一方で、ランキングはファンクラブ会員とライブ会場に来た人、いわばマニア層によって決まる」
「システムと合ってないってことか」
「グループとしては、ライト層に訴求力のある子はありがたいんだけどね。今までガデフラに興味がなかった人にアピールできるわけだから。どんなマニア層もまずはライト層からスタートするわけで、その入口の役割を果たしてくれる子は大事」
「なのにランキングシステム的には冷遇されてる。ちょっとかわいそうじゃないか?」
「仮に今回のシステムを今後もやり続けるとすれば、一年後、二年後は黒川さんに有利なシステムってことになってるわよ。その頃にはあの子に吸い寄せられて入ってきたたくさんのライト層が、マニア層に変わっているはずだから。ある程度は推し変もあるだろうけど、黒川さんはかなりの票を集めるでしょうね」
「だけど今回は散々な結果になる見込みなんだろ? プライドの高い黒川には辛いだろうな?」
「プライドはそろそろ崩れてなくなってきてると思う。……デビューからずっと持て囃されて一人歩きしてきた“黒ユリ”という名前。あの子は気付かないうちに、自分がその幻想の“黒ユリ”にふさわしいアイドルだと思い込んでいたみたいだけど、突きつけられる現実にはいつまでも抗えない。本当の自分を受け入れないといけない時が来たのよ」
「黒川がそれに耐えられるかな?」
それはまだ誰にもわからない。
でも、耐えた者だけが生き残れる。
生き残り競争とは、要は我慢比べだ。
「土に植えた種が美しい花を咲かせるまではどうしたって時間が必要でしょう? あの子はまだ黒ユリの花ではなくそのつぼみ。本当はまだ注目を浴びてはいけない段階のはずなのよ」
「なるほど。さしずめ今の黒川は、本来咲くべきではない時期に咲いてしまった狂い咲きの花ってところか。そういえば、狂い咲きの花は種を残さないんだったっけ?」
「一時だけ鮮やかに咲いて、人を魅了するけどすぐに散ってしまう狂い咲き。アイドルに限らず、タレント業にはそういう人が多いけれど、私としてはあの子にはそれで終わってほしくないわ」
「これまで結構迷惑かけられたと思うけど、実は結構黒川のことを評価してるんだな」
「ええ。思ったよりずっとがんばり屋さんだからね。寝る間も惜しんでダンスの練習したりとかね」
「それはそれでダメだろ?」
「ダメね。睡眠の重要性は教えたつもりなんだけど。体を動かしていないと目の前の不安に押し潰されそうになるんでしょうね。私にも経験があるからその気持ちはわかる。先人の言葉から学ばないのはいただけないけど、間違った方向にせよ努力していることは評価したいわ。このままじゃダメだとわかっているのに努力しない人よりはずっと見込みがあるもの」
誰だって最短距離で目的地にたどり着きたい。
その道のりは楽であればあるほどいい。舗装された緩い下り坂で自転車に乗るように、理想の自分に向かって突き進めれば最高だ。
でも、現実はそんなに簡単じゃない。
上り坂、カーブの連続、でこぼこ道。そんなのばっかり。
舗装されたまっすぐな道路なんてどこにもない。
通行止めに遭って引き返さざるを得ないこともある。
時には道を間違えることもある。
後ろから来た人に追い抜かれることもある。
それでも歩き続ければ、いつかは目的地にたどり着く。
その保証はない。でも、そう信じて歩き続けなければいけない。
目標にたどり着けるのは、そうやってひたすら歩き続けた人間だけだ。
だから、たとえ歩み遅くとも進もうとしている黒川さんには期待している。
あの子はきっと、今はまだ幻想でしかない“黒ユリ”になれる。
でもそのためには、乗り越えないといけない試練がたくさんある。
その最も大きな試練は……きっともうすぐ訪れる。




