勝手を言うなら全部貰う
魔王を倒す勇者として、俺は十五歳で旅に出た。
真っ白い翼を持つ有翼人族の少女と共に旅を続け、俺は魔王城に辿り着いたんだ。
カクヨムで「お題で執筆!! 短編創作フェス:お題「羽」」で書いたものです。
「私が死んだら、この翼をあげるね」
玉座に座ってにこりと笑い真っ白な翼をひと撫でしてお前が言うから、その腕を掴み引き玉座からひきずり下ろしてそのまま押し倒した。
床に敷かれた深紅の絨毯の上に広がった白、視界の端に見えたのは禍々しいという言葉を具現化したような、真っ黒な玉座の脚だ。
こんなものに、優しいお前が座っていた理由が分からないまま俺はお前の細い肩を両手で押さえつける。
「何を言っている」
細すぎて、力を込めたら折れそうな両肩を力の限り押さえつけてるのに、痛がる様子も、動揺する素振りも無い。
それが怖った。
目の前で、こうして触れているのに、幻ではないかとただ怖くなった。
「私達有翼人族の翼はね、とても高値で売買されているらしいの。あなたにはとても良くしてもらったけれど何にもあげられるものがないから、私が死んだらこの翼をあげる。白い羽が貴重なのよ、普通の有翼人族の羽は茶色なんだから」
今日は晴れているね。とでも言うような何でもない顔で言って、普段はしまい込んでいる翼を地面に広げ俺の手の力がギリギリと肩に掛かっているのに、痛みを感じないとでも言うように微笑んでいる。
「いつ死ぬんだ」
有翼人族の寿命は人よりとても長いのだと、村の占い婆に幼い頃教えられた。
占いで、俺が魔王を殺す勇者だと言ったのも、この婆だ。
婆の占いのせいで、しがない農民の五男で、畑を耕し一生を終えるのだと思っていた俺は、十五歳で勇者として王と謁見することになった。
白き羽を持つ者が、勇者を導く。
俺を勇者だと告げた占いは、俺を導く者を教えてくれた。
魔王が生まれる少し前、勇者がこの世に現れて魔王を殺す旅に出る。
魔王の所へ勇者を導くのは、白き羽を持つ者ただ一人。
それはこの国が出来る時から伝わる伝説だという。
辺境の村に生まれた、学のない俺でも知っている伝説だ。
一人で王城から旅立った俺は、占い通り白い羽を持つ有翼人族の女性に出会いそこからは二人で旅をすることになった。
二人で、長い長い旅をした。
魔王を倒す、ただそれだけの為の旅。
途中に立ち塞がる魔物を殺し続け、俺は剣の腕を磨いた。
雨の日も風の日も雪の日も歩き続け、魔王が住むという城を目指し続けた。
「私はね、あなたに殺されるんだよ。これからこの剣でね」
にこりと笑い、細い手を伸ばし俺の腰の剣に触れる。
それは旅の途中で手に入れた、聖なる力を持つ勇者の剣だ。
これがお前を殺すのか? 俺がお前を?
「楽しかったなあ、あなたと旅するの」
「言うな」
「死ぬのは怖いけれど、あなたに殺されるならいいよ」
綺麗な綺麗な顔で、笑う。
その笑顔には感情が見えない、笑っているのに笑顔だと分かるだけ。
そんな不思議な顔で、お前は俺を見つめている。
「俺が殺すのはお前じゃない、魔王だ。だってお前は魔王じゃない、有翼人族で……」
ここは魔王の城の、謁見の間。
ずっと二人で旅をしていたのに、魔王の城目前でお前の姿が見えなくなった。
瞬きひとつの僅かな時間、あまりにも迫力がありすぎる魔王の城を見上げ俺がこれから魔王との対決が始まるんだと心を決めて、ふと横を見たらそこにいるはずのお前が消えていたんだ。
魔王の手下に攫われたんだと、慌てて魔王城の中に入るも、魔族は誰も襲ってこずに俺は真っ直ぐに魔王城の謁見の間にたどり着いてしまった。
「この城で生まれた世界でたった一人の白い羽の有翼人族が魔王なの。この翼を作っていた、真っ白だった羽すべてが真っ黒に染まった時に魔王になるんだよ。羽の一枚一枚が人の恨み、妬み、悪意で染まって、黒く黒くなるの。そしてぜーんぶの羽が黒く染まったらその瞬間魔王になる」
言われて翼に目をやると、真っ白な筈の羽の色が変わりつつあった。
「魔王が死ぬとね、この城の最奥に新たな有翼人の卵が現れるの。それが次の魔王の卵だよ。卵が現れた直後に、卵を守る役目の有翼人族もこの城の中に現れるのよ。彼らは卵からは生まれない。茶色の羽の有翼人族は卵を守るためだけに存在するの、卵が孵った瞬間有翼人族はすべて命を落とす」
魔王の城、その最奥に現れる卵を長い時を掛けて有翼人族が守り、魔王の誕生を見届けて有翼人族は死ぬのだと、呟いた。
魔王が世界に現れるのは、数百年に一度だと言われている。
その長い時間を、有翼人族は卵を守り生き続けるのか。
「卵から生まれた瞬間白い翼の有翼人は、この城から勇者の前に飛ばされる。そして勇者と一緒に自分を殺すための旅をして、この世界の悪いものを体に集めていくの」
「でも、お前の翼はずっと白いままだった。白くて綺麗なままだった」
説明されても納得できない。
朝日に照らされながら、人気のない道を飛ぶお前の姿を思い出す。
真っ白な翼をはためかせて、飛ぶ綺麗な姿を。
「体に受けた悪いものは、この城に残った卵の殻に黒い液体になって溜まっていくの。私はさっきそれを飲んだのよ。大きな大きな卵の殻に溜まった黒い液体全部ぜぇんぶ飲み干したのよ」
「なんだ、それ」
人の恨み、妬み、悪意だと言わなかったか? 卵の殻に溜まったそんな悪い物を凝縮したようなものを飲み干したというのか。
「勇者はね無駄に世界を歩くの、悪いものを集めるために世界を巡るの。そうして卵の殻が溜めておける限界まで集めたら後は二人でこの城に来て、卵の殻に溜まった悪い物を飲んで羽の一枚一枚すべてが黒に染った有翼人を、勇者が殺せばそこで勇者の旅は終わり」
淡々と告げる話が信じられなくて、俺は目の前の綺麗な顔を見つめるしか出来ない。
「生まれた時は白い羽なの、降ったばかりの雪のように白くて綺麗な羽、それなのに私がこの城に戻っただけで羽は黒く染まり始めた、私は魔王になんてなりたくないのに、私の体はもう私の意志で動かせなくて、黒く染まり始めた羽を見ながら卵の殻に溜まったものを飲み干すしかなかった」
自分の意志で動かせない? それなら誰がお前の体を動かした。
お前の体の自由を奪って、人の恨み、妬み、悪意をお前に飲ませたというんだ。
「もう止められないの。ねえ、魔王になる前にあなたの手で私を殺してよ、そしたらこの翼をあげるから。羽がまだ白いうちに、魔王になる前に」
白い肌、青い瞳、髪も翼も白い、真っ白い。
唇は赤くて、舌も赤い。
そこに黒が加わっていく、白い羽の一枚一枚が黒く染まっていく。
「私が魔王になって勇者に殺されないといけないのは分かってるの、それが私がこの世に生まれた理由だから、この世界の悪いものを私が吸い込んで、勇者の聖なる力を持つ剣で殺されることで世界は浄化される。それは、この世界が始まった時から、神様が決めた定めなの。私の体を操りこの世界の悪いものを飲ませたのも神様なのよ」
「定め」
「それでも、魔王になりたくないの。綺麗な白い羽のまま死にたいの、だから私を、どうか殺し……」
俺がお前を殺すなんて戯言を聞きたくはなくて、強引に唇を重ね、赤い舌に、自分の舌を絡める。
ぽたぽたと涙が落ちていく、ずっとずっと一緒に旅をしてきたのに俺は何も知らずに強くなることだけを考えていたんだ。
『泣かないで、あなたは勇者でしょ』
唇を重ねているのに、声が頭の中に響く。
『楽しい旅だった。初めは運命に逆らい、自分を殺す勇者を旅の途中で殺してやろうって思っていたのに。あなたは馬鹿正直に私を信用するし、好きだとか言うし』
『好きだ、好きだ、お前を殺すくらいなら世界を捨てる』
頭に響く声に、応える。
唇も舌も離せなかった。
思いのまま、ただ唇を貪り続ける。
『世界なんてどうでもいい、世界を救ってもお前がいなきゃ意味がないんだ』
絶対に離さない。
お前を殺すのが俺の運命なら、お前が俺に殺されるのが神が決めた定めだというなら、最初からお前の全部は俺のものだ。
現実を見ないように、黒くなっていく羽に気が付かなくて済むように、目を閉じて夢中で唇を押し付けて、舌を吸い口の中を味わう。歯茎に舌先で触れ、喉の奥まで舌先で触れる。
『死ぬのは解放なのよ。魔王になる恐怖から逃れられる唯一の方法。魔王になって殺される運命だけど、恐ろしい魔王になる前に死なせて欲しいの。解放してその手で、私の大好きな人の手で』
頭に響く声を無視していたのに、舌先に穢れを感じて目を開けてしまった。
穢れで痺れる舌先、苦い味に眉をしかめていると、白い羽だったものが黒く変わっていた。
ばさりと床に広がった羽が、闇のように黒く染まっていて、辛うじて幾つか残っている数枚の白い羽が、儚い希望の様に見えた。
「嫌だ」
抱き上げて、膝の上に軽すぎる体を持ち上げて座らせる。
「あぁ、もうこんなに黒い。こうなる前に殺して欲しかったのに。私全部が悪になり、あなたと出会ってからの記憶が無くなり、ただの魔物になってから殺されるのは嫌だったのに」
肩越しに自分の羽を見ているお前は、どこか他人事で、恨めしくなる。
「黒でもいい、魔王でもいい、生きていてくれるならそれで十分だ。殺せなんて酷いこと言うなら、死ぬのが解放だなんて勝手なこというならお前の全部俺が貰う。この黒く染まった羽まで全部」
言いながら、背中に手を回し翼の付け根を掴む。まだ数本残っている白い羽、それが染まらずに残るのがお前の善の心なら、まだすべてが魔に奪われる前ならきっとまだ道はある。
思いついた希望に掛けようと決めた。
それが駄目なら、俺は……。
「魔王の力はこの羽に集まるんだな?」
「そうだよ、この翼の黒く染まった羽一本一本が魔王の力になる。人の恨みや妬みや憎しみがこの羽に集まり黒くなってそれが力になる」
「力」
「そうなったら、魔物の心で勇者と戦うしかなくなるの、戦って血を流して、魔王の死を持ってこの世を浄化するの。そうしなきゃいけないのに、私は魔王になりたくないのっ!」
「なら、これを奪う」
俺の剣は聖なる力を持っている。
その剣で、翼の根元を断ち切った。
力を入れなくても、熱したナイフでバターを切るように、それは簡単に切れてそして抜け落ちた羽は床に落ちる前に力を失い消えて行く。
「うわぁぁっ」
剣で翼を断ち切られる衝撃と痛みに、体を仰け反らせもがき苦しむのを、ギュッと抱きしめて神に祈る。
俺を勇者と決めたのなら、その力でこいつの命を救ってくれ。
そうでなければ、俺が次の魔王になりこの世界を滅ぼしてやる。
魔王を倒す勇者がいない世界を、俺が魔王になって滅ぼしてやる。
祈りと言いながらの脅しに、遠い空の向こうで笑う気配がして、その刹那俺達の体は光に包まれた。
『白い羽を持つ神に近き者は、それを失い人に成り果てた。黒き羽と聖なる剣を対価にこの世界を浄化したお前達二人に、幸いを約束しよう。これから人は己の力で悪しきものと戦う、神はそこに関わらずただ見守るのみ』
その言葉を最後に光は消えて、魔王城も姿を消してしまった。
禍々しい玉座が消えて、深紅の絨毯も消えて、色とりどりの花が咲く場所で俺達は抱き合っていた。
「魔王にならない? ずっと一緒?」
「あぁ、ずっと一緒だ。愛してる」
あの声が何故助けてくれたのか、その理由は分からない。
俺の祈りと言う名の脅しに応えたのが、神なのかどうかも分からない。
何もわからないまま、俺は、俺達は笑顔でただ抱き合っていた。
※※※※※※※
神様、最初から魔王なんて不要なんじゃ?
勇者の愛が世界を救ったということで……。
三十分クオリティですので、ツッコミはご容赦頂けると助かります。




