隕石が降るその前に、大好きな幼馴染のお兄さんに想いを伝えたい
僕は、隣の家に住む5歳年上のゲンちゃんのことが小さい頃からずっと好きだった。正義感が強くて、優しくて、強くて、大きいゲンちゃん。僕が大人になったら、想いを伝えようって決めていた。
ゲンちゃんの仕事が終わってから、今夜は近所の公園で待ち合わせて晩御飯を一緒に食べに行く約束をしていたんだ。今日、18歳の成人のお祝いをしてくれるんだって。その公園で告白しようって思っていた。
でも、お昼のニュースで、今晩この国に隕石が降ってきて、この国が滅んでしまうんだって言ってた。隕石が降ってくるのは大分前から分かっていた。隕石をシールドする設備で破壊出来るって聞いていたのに、その設備が今日急に爆破されて壊れたんだって。そんなことってある?
絶対に隕石が落ちるまでに告白してしまわないと、って思って公園に向かって走っている。こんな大事な日になんと僕は待ち合わせに遅刻してしまったのだ。
公園に入るとジャングルジムにもたれかかるように立っている、大きな姿が見えた。ゲンちゃんだ!もう隕石が落ちてきているみたいで、燃える隕石で空に沢山の光の線が見える。ゲンちゃんは警備隊員だし、隕石が落ちる対応もあるだろうから、もしかしたら公園にはいないかもしれないって思っていたけど、居てくれてよかった。
『ゲンちゃん!』と心の中で呼んで駆け寄っていく。僕は、喋れないのだ。僕の一族には、時折、時戻しの力のある子が生まれる。時戻しの発動条件は、よく分かっていない。でも、話すと時戻しのための力が漏れて貯められないっていうことは分っていて、話すことが禁じられている。そして、時戻しの力を使えるのは人生で一回だけ。喋れないけど、僕の心の中はいつも、ゲンちゃんへの想いを伝える言葉で溢れている。
ゲンちゃんはいつも僕が近くに寄ると気づいてくれる。ゲンちゃんは、急いで駆け寄ってきて、僕の肩を痛いほど掴んで引き寄せる。
「トモ、どこに行っていたんだ。何度も電話をしたのに。もう他国に逃げる時間も無くなってしまった」と、悲しそうにしている。ゲンちゃんは、逃げずに僕を探してくれて、待ち合わせ場所に会いに来てくれたんだ、と嬉しい気持ちを申し訳ない気持ちになる。
僕は、隕石が落ちるまでにと、何とか告白しようとする。でも、声を出そうと思っても、今まで喋っていないので、中々かすれて声が出ない。声が出そうなその時に、ゲンちゃんの大きな手が僕の口を塞いだ。ゲンちゃんが僕を見つめながら泣いている。ああ、間に合わない!!悲しい気持ちでいっぱいになったときに、僕の意識は真っ白になった。
気づいたら、交差点で赤信号を眺めていた。時計を見ると、午前9時である。
あ、時が戻ったんだ。時戻しの発動条件は何だったのだろう。自分が死にそうなとき?それとも、大事な人が死にそうなとき?分からないけど、僕にはもう一度ゲンちゃんに告白出来るチャンスがある!
しかも、時戻しの力をもう使ってしまったから、いくらでも話すことが出来る。僕は、「あー、あー」と大きく声を出して、自分の声がどんなものかを確かめてみる。隣に立っている犬を連れたおばさんが、ぎょっとして僕を見て、犬を抱き上げて離れて行ってしまった。でも、声は中々良いもので、僕は上機嫌になる。
ふと思い出す。今日は、この交差点を渡ったところで、ひょろりと細い、金髪の外国人の青年に会ってしまって、そのせいで、ゲンちゃんとの約束に遅れてしまったのだ。
外国人の青年は、車の運転席から、「道ニ迷ッテ困ッテイマス」って言って来て、病気のお母さんに会いに行くって言ったので助手席に乗って、道案内をしたのだ。それが、妙に遠い場所で隣の県との県境にある山の中の施設であった。
この山の中には色々な研究施設があるのだけど、普通の人は知らない。何故僕がその場所を知っているかというと、僕の血筋に時折現れる時戻しの力も研究対象になっていたからだ。その研究施設に居るということは、外国人の青年のお母さんも、とても珍しい特殊な病気かもしれない。と僕は思った。
行くのに5時間もかかってしまった。いつもはもっと早く着くのに。外国人の青年は土地勘がないし、僕もいつもは助手席にただ乗って連れて行って貰っているだけで行き方がバッチリ分っているわけではないのだ。
そこに案内したから、ゲンちゃんとの待ち合わせに遅れてしまって、告白が間に合わなかった。間に合わないかもしれない!って思ったから、山の中の研究施設に着いてすぐに、僕は外国人の青年の車から降りた。そして、急いで帰るべく、知り合いを探しに走り出した。
外国人の青年が何か御礼の言葉を熱烈に叫んでいたから、僕は片手を振って、御礼に応えた。街に連れて行ってくれる知り合いを探して走っていると、調度、街に戻る施設のスタッフの車が偶々通ったので、乗せてもらった。事情を説明したら、急いで街に戻ってくれたけど、それでも告白が間に合わなかった。だから、今回は、外人の青年に道を聞かれても、絶対に案内しない!と固く決意をする。
やはり、信号を渡って交差点を過ぎると、運転席から外国人の青年に声を掛けられた。何だか、本当に困ってます、といった表情をしていて心が痛んだけど、僕は謝って慌てて走り出した。青年は何故か追いかけてきたけれど、僕は小柄で細い分、身軽で足が速いので、逃げ切った!
ゲンちゃんに告白するには、プレゼントがあった方がいいかもしれない。ゲンちゃんは黄色い花が好きだ。喋れないし、成人前はあまり事由に外に出かけられなかった僕のところに、ゲンちゃんは良く会いに来てくれて、色々な話をしてくれた。ゲンちゃんが好きなものを僕はよく知っているし、僕が好きなものもゲンちゃんはよく知っている。
フラワーショップに行って、黄色い薔薇の花束を買う。薔薇を渡して告白って憧れるよね。ちょっと肌寒くなってきたので、ゲンちゃんに似合うマフラーと手袋を買った。僕のも色違いを買ってお揃いにした。
何となく、ゲンちゃんも僕のことが好きなんじゃないかなって思っている。よく会いに来てくれたし。きっと振られないからお揃いのものを買っても大丈夫!沢山ゲンちゃんへのプレゼントを買って、両手いっぱいに持って公園に行く。
ジャングルジムにもたれて、ゲンちゃんが立っている。「ゲンちゃん!!」と大きな声で呼んで駆け寄っていく。
ゲンちゃんは何だか疲れて萎れている様子だけど、ゆっくりと歩いで近寄って来て、僕を強く抱きしめてくれる。
「トモ。。知らない人の車に乗っちゃダメだ」
何故か、ゲンちゃんにも時戻し前の記憶があるみたいだ。僕は、そう考えながら、ゲンちゃんの腕の中でぶるぶるっと身体を振るわせて、ゲンちゃんの腕を振りほどく。そして、ゲンちゃんから少し離れる。
ゲンちゃんを見上げて、プレゼントを渡しながら、言う。
「ゲンちゃん、僕はずっとゲンちゃんが大好き!付き合って下さい!」
言えた!やっと想いを伝えられた!と嬉しい気持ちでいっぱいになって、満面の笑顔でゲンちゃんを見つめる。ゲンちゃんは、プレゼントを受け取ってくれて、近くのベンチに置きに行った後、また、僕を強く抱きしめてくれた。
「トモ。。俺もトモのことが大好きだ。もちろん付き合いたいと思っている」と言って、ゲンちゃんは大きなため息を吐いた。
「今回は、隕石をシールドする設備のある研究施設に、テロリストを連れて行かないでくれて助かったよ」とゲンちゃんは細い切れ長の目でじっと僕を見つめる。
「トモに時戻しの力が無くなったから、やっと任務もなくなって、一人の男としてトモと向き合えるよ。必ず幸せにするから」とゲンちゃんは言って優しい笑顔でほほ笑んだ。
どうやら、僕は隣国のテロリストを隕石のシールド設備のある研究施設に連れて行ってしまい、それで、装置が爆破されてしまったようだ。それで、僕が時戻しの力を持っているので、僕も狙われていたんだって!なるほど、時戻しの力を使うと、テロもなかったことになるもんね。
今回は、テロリストが研究施設に辿りつけなかったから、隕石も落ちて来ないみたい。ゲンちゃんは、警備隊員だし、時戻し前の記憶で誰がテトリストか分っていたのでテロリストを捕まえに行ってたんだって。テロリストの道案内をしてしまったのかと、自己嫌悪の気持ちでいっぱいになる。
時戻しをしたときに、術者の身体に触れていた人は、時戻し前の記憶を持ったまま、時戻しがされるっていうことも分かったから、研究施設に報告しなくては!
「僕は本当にダメで落ち込むけど、ゲンちゃんに告白出来て嬉しい」とゲンちゃんを見つめる。ゲンちゃんは物凄く疲れた表情をしたけれど、僕の頭を大きな手で撫でて、僕のおでこにキスをしてくれた。僕も、ゲンちゃんの口に小鳥のようにキスをした。
空には、シールドされて燃え尽きる隕石が沢山光っていて、時戻し前の空よりずっと明るくて、とてもロマンチックだった。大きなゲンちゃんの影と小さな僕の影が、溶け合って地面に移っていた。