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【短編】死はふたりを分つかな?

作者: オトカヨル

「ローザ、君との婚約は破棄する!」

 貴族の子女が通う学園の卒業を祝うパーティで、激励の言葉を贈る。

 その予定の壇上で、ディアス王子は高らかに宣言した。

 

「何をおっしゃって……」


 彼の言葉を受けて、私、ローザ・カティスは呆れていた。 


 国内の有力者も集まるこの卒業パーティにおいて、わざわざそんな事を声高に言うディアス王子の思惑が全くわからなかったからだ。

 貴族・王族の結婚は契約だ。契約の破棄を望むのならきちんと別に場を設けるべきあり、そもそも王が決めた婚約なので、ここで宣言しただけで終わる話でも無い。


「君には失望したよローザ。ララに嫉妬し、俺の見ていない所で随分とひどい真似をしていたと聞いた」

 砂糖菓子の様なふわふわのピンクブロンドを揺らし、ディアス王子の傍にすっと現れたララを見て、私は思い出した。


 これは、『悪役令嬢』ローザの断罪シーンだ、と。

 

 女神の力を宿し世界を守る『神子』ララをヒロインとして書かれたファンタジー小説『女神の愛子(いとしご)は世界を歌う』。

 ヒロインであるララとディアス王子が世界を救い、愛溢れるハッピーエンドを迎える、その為の布石となるのがこのシーンだった。

 ここで処刑を言い渡されたローザが逆上してララに魔法で襲い掛かり、それをきっかけにララが『神子』として目覚めるんだった。


 なるほど、私は『悪役令嬢』ローザとして小説の世界に転生した、と。


 『女神の愛子は世界を歌う』は、そこまで熱心に読んでいた作品ではなかったせいか、二年も同じ学園に通いララの姿を何度かは見ていたのに今の今までまったく思い出せなかった。


 しかしまあ、王族であるディアスは学園に通っていないのに、ララとどこで出会っていたのか。

 小説だとお忍びで街に行った時に……とか、そんな話だったかなとぼんやり思い出したものの、ローザである私がそれを知る手段はなかったので嫉妬も何もあったものではない。

 だけど、物語の強制力というものなのか、周りの皆はディアス王子の言葉にざわめき、私を冷たい目で見ている。

 

 このタイミングで前の世界の記憶が戻るとは。


「女神の愛子、『神子』候補でもあるララに対する暴行については、このように調べがついて……」


 私は罪状を読み上げるディアス王子の居る壇上へ、スカートを両手で少し持ち上げツカツカと上がっていく。

 何をする気なのかと警戒し背中にララを庇うディアス王子に、私は静かに問いかけた。


「それで殿下、私は処刑という事でよろしいのですね?」

「えっ、あ、処刑?」

「そう、処刑です」


 私の言葉にディアス王子は固まり、隣のララが慌てたように私の前に躍り出てきた。

「お、落ち着いてください、ローザ様! 処刑なんて! この後、国外追放の流れに」

「それでは間に合わないのです」


 ここのタイミングで前の世界の記憶が戻るとは『幸運』だった。


 私は微笑んでララを押し退ける。


「婚約者であった私を哀れに思うなら『黄金の宝玉』を賜る慈悲を」

「待て!」

 慌てるディアス王子の腰に提げられた宝剣に、私は手をかける。柄に嵌った宝石に軽く魔力を流すと台座から外れポロリと手に落ちてきた。


 私はそれを口に含み、噛み砕いた。


「ローザ!」

「ローザ様!」


 二人の声が重なる。『黄金の宝玉』とは王家に伝わる宝剣に仕込まれた毒物の事。

 飲めば間も無く、命が刈り取られる。ぐらりと倒れる体をディアスでもララでもない誰かの手が受け止めた。


「あーあ、間に合わなかった」

 第三者の声。私は唇の端を持ち上げて笑った。

「今度は逃げ切ったわ」

 最期の声は、きっと貴方に届いたでしょう。さようなら今度こそ。


 次は思い出しません様に。



◇◇◇



 『日本』に生きていた時、私は恋愛小説にハマっていた。読んでいる間は現実の全てを忘れさせてくれたから。

 結局、現実の私は仕事漬けの毎日に忙殺され、最終的に倒れて……そこから先の記憶はない。

 

 だから自分が『転生者』だと気づき、生きているココが、自分が大好きだった異世界を舞台にした小説の世界だと知った時は嬉しかった。

 ヒロインではなくて、ただの平民のモブだったけど時々ヒロインやヒーローの姿を見かけるだけでも眼福、幸せ、だと思っていた。


 モブの私にもその世界で私なりの人生があって、ストーリーにほんの少し出てきていた町の魔法使いと仲良くなって、恋をした。

 彼はいつでもあまり自信がない、少しおどおどとした目をしていて、それでも穏やかで優しくて、大好きだった。

 

 生活に使うささやかな魔法を魔法道具に込めて売る彼の店へ私は足繁く通い、いつかは夫婦になりその店に一緒に立てるといいなとぼんやり考えていた。

 前の世界の事は段々と忘れて行って、ヒロイン達の事もすっかり気にしなくなった頃、私は乗合馬車で事故に遭った。


 怪我は大した事無かった。だけど、現場にかけつけてきた彼は私を抱え上げて大袈裟に泣いて。


「ローザ、痛かったね、怖かったね」

 私より苦しそうに、痛そうに、そう繰り返す彼をなぜか私が宥めて。

 一緒に店に帰って。

 

 それからその世界において、私は外を見ることが無かった。



◇◇◇



「監禁モノとかあんまり好きじゃ無いんだけど!?」


 前々世、日本人だった私が前世での最期を思い出しての第一声がそれだった。

 前世では事故の後に、『外に出すのは心配』と彼の店の奥に監禁されて一生が終わった。


 今度の世界も好きな小説の世界だったのは、前世が散々だった分の神様からのお詫びなのか。

 今世は、今日までの記憶を振り返ると、モブからちょっと役が上がった、名前のあるモブキャラ(ネームドモブ)という立ち位置のようだった。


 魔法学園にいる、高飛車な悪役令嬢の取り巻き。


 といっても学園生活はとっくに終わっていて、『悪役』令嬢のはずだったその方は、上品で教養ある素敵な女性で、問題を起こす事なく無事に婚約者である王子と結婚が決まっている。私はといえば、次期王妃でもある彼女の侍女として春から城に上がる予定で……。


「今度は恋なんかしない。最期まで普通に生活できればそれでいい」


 私はそう決意した。仕事に生きようと。


 それから数年後、城へやってきた他国の王子が連れていた魔法使いと顔を合わせた瞬間、私は失敗を知る。


「見つけたよ、ローザ」


 彼だ。


 すぐにそう分かった。

 彼もまたこの世界に居た。

 恋を避けた所で、意味はなかった。

 彼の目は、前世で私を閉じ込め続けた彼と同じ目をしていた。



◇◇◇


 前々々々……世、日本人だった私がこれまでの過去生での最後を思い出して分かった事が二つ。


 ひとつ、私の記憶が戻ると、同時に彼の記憶も戻る。

 ひとつ、どうあっても彼は私を見つけ出し、監禁ルートへ。


 世界が変わる度に、見つかるまでのスピードが上がっていく。

 何度でも私を見つけて、何度でも私を仕舞い込んでしまう。


 それなら私は思い出したら最速で逃げる手を打たないといけない。

 そしてローザ・カティスである私は、今度こそ逃げ切った。


 はずだった。



◇◇◇



「そういうの、ほんっと、良く無いと思います!」

「いや、でも僕は彼女の事、愛してるから」

「相手の気持ちを無視なんて最低です!」


 ぼんやりと意識が浮上していく。

 可愛らしい声が耳に届く。でも内容はと言えば、思い切り誰かを叱りつけているようだった。

「ディアス様もディアス様です! もっと伝え方があったでしょう!」

「ララと少しでも早く、婚約したくて……」

「考えなしの方と婚約なんて、ぜーったい嫌です!」

「そんな……」


 薄ーく目を開けてみると、床に座らせられた男性二名の背中と、彼らの前に立ち、腰に手を当て見下ろしているララの姿が見えた。

 叱りつけているのは彼女、それに対して男性陣は圧されているように見えた。


 座っている内の一人はディアス王子で、もう一人は多分『彼』だ。


 なんだか状況がわからないけれど、私は死ねなかったらしい。

 それなら、こちらに目が向いていない今のうちに逃げ出さないとと、周りを見回す。

 私は質素な寝台の上に寝かされていた。

 部屋の様子から、ここは学園の卒業パーティが行われていた講堂の控室だと思われる。


 出口まで走るとして、追いつかれないというのは難しいだろう。

 目を瞑り、どうしたものか悩んでいると、いつの間にか叱咤の声は止んでいた。


「あれ? もしかしてローザ様、起きていらっしゃいます?」

 ララの声。私は肩をびくりと揺らし、そーっと目を開けた。


「ひっ!」

 思ったより近くにララの顔があって、私は思わず小さな悲鳴をあげる。

「やっぱり起きてた! 体、痛いところとかないですか? 一応、浄化の魔法で毒は消したんですけど……」

「それは、その、ありがとう。助かったわ」


 死ねなかったのは『女神の愛子』であるララの持つ、規格外の魔法のせい。でもそれを責めるのは筋違いなので、私はお礼を言って体を起こした。

「それにしても、大変だったんですね、ローザ様」

 私の肩に手を添え、しみじみとそう言うローザ。そこに声が飛んできた。


「ローザ、僕だよ! 君だって僕の事愛してるよね、ずっと一緒にいたいって言ってたんだから! 今度はね、僕は隣国の王子なんだよ、安心して僕と一緒に……」

「もう! うるさいですよ!」


 ララがそう一喝し、びくりと肩を揺らした私の背中を宥める様にさすってくれる。

「心配しなくて大丈夫です。あの二人は拘束魔法で動けなくしておきましたから、うるさいだけで何も怖い事ないですからねー」

「相手は王族よ、そんな事をして大丈夫なの?」

「神子の地位は王族に並びますから全然平気です! ローザ様を癒したい一心で、さっき神子の力に目覚めちゃいましたからね。たくさん居る王族より世界にたった一人の神子の方が上まであります」


 ララはそう言うと胸を張って、手の甲をこちらに見せてくれた。

 手の甲にある印。……神子候補の印は蕾だが、神子として覚醒すると印は大輪の華になる。印はそこにしっかりと咲いていた。


 それで、なぜ私に良くしてくれるのかはわからないけれどようやく安心できて、ほろりと涙が溢れる。

「怖かったですね」

 私はこくこくと頷く。背中をさするララの手が温かくて、もっとほろほろ涙が出た。


「事情は吐かせました。あいつ、とんでもない変質者じゃないですか」

 ララは小さな拳をぱしりと掌に叩きつけた。それから私に手を差し出す。


「立てますか? ララがついてるので、言いたい事を言っちゃっていいんですよ」

 ララの手に少しだけ力が入る。支えられていると感じられて、私は寝台から立ち上がった。

 ゆっくり一歩一歩、『彼』へと近づく。

 そうして、大きく息を吸った。

「もう、貴方のことなんか、全然好きじゃ無いのよ!」

 全力の声を、彼に叩きつけた。


「最初は好きだし一緒に居たいと思ってた。二回目の時くらいまでは、そこまで好いてくれるなんて、少し嬉しいとも思ってたわ。でも三回目から後はもう全然、ぜんっぜんそんな気持ちなかった! 私の言葉なんて聞いてくれないし、最低で最悪の毎日だった!」

「そんな……だって、ローザ、嬉しそうにしてたじゃないか」

「そうしないと貴方が何をするか、わからなかったからよ! フィリスなんて大っ嫌い!」

 私は肺の中の空気を全部吐き出し、肩で息をしながら『彼』、フィリスを睨みつけた。

 フィリスはぽかんと口を開けたまま私を見て固まってしまう。 


「ディアス殿下、貴方の事もそうです。結婚は貴族にとって責務で、そこに愛を求めたりしてません。当然、嫉妬なんかするはずがない。……ララと一緒に居たいなら、いくらでも方法があったというのに、馬鹿な事を!」

 『馬鹿』呼ばわりされた事でカチンと来たのか、言い返そうとしたディアス王子は、隣のララを見て口を噤んだ。


 意識が戻るまでの間の何があったのか気になったけど、なんだか聞いてはいけない気がした。


「もう、言いたい事は全部言えました?」

 ララに優しく聞かれ、私は頷いた。

「ええ、満足よ。後は国外追放でも何でも受け入れるわ」

「それなら、私と一緒に旅に出ませんか?」

 私の顔を覗き込み、にこりと笑うララ。


「え? あなた殿下と婚約するのではないの?」

「それは神殿からの指令で、次の王になるはずのディアス様をたらしこんで傀儡にするのが目的なんですよー。落ちこぼれ神子候補のララにはそのくらいしか利用価値がないって言われてたんですけど、もう本当の神子になりましたからねー。あいつらの言う事聞く必要無くなりました!」

 小説にそんな設定あったかなと首を傾げる。結婚式でハッピーエンドだった気がするけれど、確かにその先の物語はなかったから、書かれていないその後で明るみに出る事だったのかもしれない。


「ラ、ララ?」

 ディアス王子が絶望しきった顔でこちらを見るが、ララはちらりともそちらを向かず私だけを見ている。大きな瞳には、困惑した顔の私が映っていた。


「で、神子になったララは『世界を歌う』浄化の旅に出るんですけど、よかったら一緒に行きませんか? いろんな国を巡って、綺麗な景色を見て、美味しいものを食べる旅です。なんといっても神子ですからね、すごい接待してもらえますよ!」

「それは、私でいいの?」

「はい! せっかくなのでお友達と楽しく旅したいですし」


 いつの間に『お友達』になったのかと不思議に思うものの、そんなに悪い気はしない。

 ディアス王子との婚約の話は今回の事で無くなってしまうだろうし、我が家にとっても王族と縁付くのもいいけれど、『神子』と縁付くのも悪くは無いだろう。


「それなら、ぜひ」

「嬉しいです! じゃあ、こんな邪魔なのがいない所でゆっくり今後の話をしましょう」

 ララは嬉しそうに私の手を取る。


「俺達はどうすれば……?」

 去ろうとする私達に、床に座った状態で動けないままのディアス王子が問う。目を向けるとフィリスの方は、放心してまったく動かない。


 そんな二人に満面の笑みを向けるララ。

「明日になれば拘束魔法も解けますし、それまでには誰かが助けに来ると思いますよ……多分」

 最後の『多分』だけ随分と低く、野太い声で告げるララ。

 意味ありげに目を細め、神子候補の印が刻まれたチョーカーを指先で撫でた。


「待って、ローザ!」

「待って! 待ってくれ、ララ!」


 追い縋る声を断ち切る様に、控室のドアがぱたんと閉まる。

 そこに施された『人払い』『防音』の魔法を横目に、私とララは顔を見合わせて笑い合った。


END

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