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序幕:伯爵家ご令嬢は人知れず行方をくらました

 伯爵家のご令嬢は人知れず行方をくらました。


 初めに気が付いたのは使用人だった。ご令嬢の朝はいつも早いのに、その日は遅くなっても姿を見せない事を不審に思い部屋を覗いたところ、どこにも姿が見えなかったそうだ。


 使用人は言う。

 あのご令嬢が寝巻のままどこかに行くとは思えない。着替えた様子も無く、寝台から身体だけが消えてしまったようだ。



 ご令嬢が溢れんばかりの魔力を持つ事を知る者は言う。

 強すぎる魔力を見込まれ、あの年齢ながら魔術院に連れて行かれたと。



 別の者は言う。

 ゴドブゥールの森の魔獣に魅せられて、引き込まれてしまったに違いない。傷心のご令嬢は、魔力が満ちたあの地で魔獣と一緒に暮らす事にしたのだと。


 ご令嬢は行方をくらます少し前に婚約者と破局を迎えていた。ほとんど準備が終わっていた結婚が白紙に戻り、婚約も解消された。その事で世を儚んだと噂する者もいる。



 彼女の元の婚約者が言う。

 彼女がこれほど思い詰めるのであれば、婚約解消についてもう一度考え直してやれば良かった。泣いてすがる彼女を受け入れてやれば良かった。


 心優しい彼は、結婚を白紙に戻して婚約を破棄した理由を誰にも言わない。決して口にしないが、王都から来ていた来客とご令嬢の間に不貞があったという心無い噂との関係を疑う者は多い。


 この元の婚約者はご令嬢の身の上を深く案じ、最近では街で酒を飲む姿を見る事も無くなり、心を落ち着ける為に日々歴史書を紐解いていると言われている。その様子は聞く者の哀れを誘っていた。



 ご令嬢の義母となるはずだった奥方は言う。

 由緒あるグーデルト伯爵家の家風には沿わない所もあったけれど、ご令嬢なりに努力をしていた。とても可愛がっていたので、自分に何の相談もなく行方をくらますとは思えない。


 息子との婚約解消についても、折を見て取りなしてやろうと思っていた。せめて早まった真似をしないでくれれば良いのにと。


 奥方は、はらはらと涙を流して義理の娘になるはずだったご令嬢の身を案じた。



 同じようにご令嬢の身を案じる者は多い。なぜなら、こんな事を言う者もいた。


 ご令嬢が行方をくらまして数日後のこと。月明かりの中で散歩をする傷心の元婚約者の近くに、ご令嬢の亡霊を見たと。魂となっても尚、愛する男から離れられないその姿は、とても哀れで美しかったと。


 凍てつく冬の花と称されたご令嬢は、冷たい美貌の中にも人を愛する心を持っていたようだ。


 ご令嬢の義妹になるはずだった、城の警備隊長を務める女性に尋ねた者は深く後悔した。

 既にグーデルト家とは縁が切れた人間になど関わる気は無い。お節介にも彼女の行方を探し求めるような者がいたら、自分に叩き切られる覚悟をする事だと。

 兄を苦しめるご令嬢の事を良く思っていなかったと噂する者も多い。


 多くの噂はあるものの、リリイナ・フィルハム伯爵令嬢の行方は杳として知れない。

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