第8話 過去は交錯する。
フィーリアは納得がいかないのか、左手で頭を掻きながら話を続けた。
「でもそれが違うならお前たちが一緒に居る理由は何なんだい?まさか依頼遂行中に何か問題でもあったのか?」
「実は、探偵くん…いや、シュンの異能でも私の記憶を読むことは出来なかったんです。記憶喪失というのが少し特殊らしくて…。」
フィーリアはそれを聞いて少し眉をひそめた。
「それはシュンが言ったのかい?」
「あぁ、そうだ。記憶喪失で失われた記憶は読み取れないのかもしれない、という仮説を立てたんだ。」
質問に答えたというのにフィーリアの顔は一層曇るばかりだった。
「なるほどねぇ…。それで、冒険者ギルドに来たのは何か他に理由があるんだろ?」
「それについてはシュンに聞いた方が早いかも知れません…。私もよくは聞いてませんから。」
フィーリアは腕を組みながら俺を凝視した。
それはどこか俺に対して疑念を覚えているような視線だった。
俺はまた何かしてしまったのだろうか。
「森で起きた大爆発、あれに関する依頼が来ているんじゃないのか?それを俺たちで受注したいんだ。リルアの記憶に関係があるかもしれない。」
「大爆発…。確かに依頼は来てるね、だがあれは高難度依頼に属する。リルアくんはAランクだから受注可能だが、シュンはCランクだろう?実力や経歴だけで見れば問題は無い、何せアイツと旅をしていたんだからな。だが…。」
申し訳なさそうにフィーリアは俺にそう伝えた。
だがこれも想定内だ。
高難度クエストはAまたはSランク冒険者しか受注できないが、Aランク以上が同行しているパーティならば、Bランクでも受注可能なのだ。
「今から俺がBランク昇格の試験を受ける。Cランクになったきり依頼ポイントは見てなかったが、Sランクに同行してたんだ。それなりには溜まっているだろ?」
「やはりそう来たか!そう言うと思って既に確認済みさ。ポイントは十分に溜まっているし、許可しよう!」
コイツ、最初から受けると分かっていたのに申し訳なさそうな演出をしていたのか。
確かに冒険者はBランクから貴重戦力に換算される。
その人員がギルドに増えるというのは、さぞかし嬉しいのだろう。
「じゃあ早速準備をしようじゃないか!ということで、すまないがリルアくんは少し席を外してくれないか?」
「わかりました。探偵くん…頑張ってね!」
そう言うとリルアは少し不安そうな顔をして、部屋を後にした。
――ガタンッと扉が閉まる。
「で、俺と話がしたいんだろ、フィーリア。」
明るく振る舞おうとしていたが、終始俺に対して苛立ちを見せていた。
それはまるで、義憤に駆られた戦士の顔つきのようだった。
フィーリアをおもむろに口を開いた。
「シュン、お前はなんであんな嘘をついた?」
「嘘…?」
「どうやら知らないらしいな…。無理もない。私の記憶を読め、その方が早い。」
――俺には意味が分からなかったが、仕方なく能力を行使した。
この記憶は…フィーリアとセルシアの会話か…?
「にしても聞いてくれないかフィーリア!シュンの能力は私が思っていた以上にとてつもない物だったんだよ!」
「また大袈裟だねぇ、セルシアは。で、何があったんだい?」
フィーリアは酒を口に運びながらセルシアの話を聞いていた。
酒飲みと言ったらドワーフと相場が決まっているのに、コイツはエルフのくせにドワーフ以上の酒豪だったな。
そんなことを思い出している間も記憶の中の2人は話を続ける。
「シュンの能力はね?武器に宿った使用者の思念を読み取ることで、自分の体でその技術を体現できるのさ!しかも本人が意識していなかった、記憶していなかった技術でさえも読み取ることが出来るんだよ!?」
「ほう?それはとんでもない能力じゃないか!つまりお前の剣とかを持たせれば、実質Sランク冒険者がギルドに2人居ることになる、という訳か? 」
これにはフィーリアも驚いたのか、目を見開いてセルシアを問い詰めていた。
それにしてもセルシアはこんなことまで話していたのか。
相変わらずお喋りだな。
俺が懐かしさに浸っていた、次の瞬間セルシアはこう言い放った。
「あぁ、そうなるね!だが使用者の意識してない技術や記憶を読むのは一苦労らしいんだ。この前、記憶喪失?の子の記憶を読んだときなんてずっと疲れたって言ってたんだよ?なのに生意気にも「読めない記憶は無い」なんて言ってさ!」
「なるほどなぁ…。万能という訳でもないのか。だがアイツはまだ異能を使いこなせてないだろう?これからの成長を楽しみにしとくとするか!!」
――そこで記憶は途切れた。どうやら見せたかった記憶はこれで全てらしい。
「そういう事か…。セルシアはあの記憶喪失の子の話をフィーリアに伝えていたんだな。」
そう言うと同時にフィーリアは俺に詰め寄った。
「この話はお前らが旅に出る前に飲み交わした時のものだ。つまり2年前の話だよ。セルシアと旅をしていたお前が腕を落とす訳が無いだろう!?記憶喪失特有の問題?記憶喪失は初めての経験?君は以前に記憶喪失の子の記憶を取り戻すことに成功しているじゃないか!」
フィーリアはドンッと机に手を叩きつけた。そして続けた。
「シュン…。お前は知らないかもしれないが、エルフは風の精霊との親和性が高い種族だ。さっきから、お前からは嘘の風が吹いているよ。何を隠してるんだい?セルシアの所在にも関係があるのか?」
別にずっと隠したままでいるつもりは無い。
俺だって伝えたいし、嘘なんてつきたくない。
だが、彼女に本当の過去なんて伝えられない。
「フィーリア。あんたの思ってる通り、俺はリルアの記憶を見た。それに、どんな過去だったとしても彼女はそれを求めているのも知ってる。」
「だったらなぜそれをリルアくんに伝えない――」
それを遮るように俺は声を発した。
これだけは、俺のためにもフィーリアのためにも聞いておかなきゃならない。
「じゃあ1つ、俺からも質問しよう。さっきお前の記憶を見たとき、セルシアの顔にはモヤが掛かっていたんだ。これはお前の記憶からセルシアの記憶が抜け落ち始めていることを表してる…。お前は今、セルシアについて何を覚えている?」
俺がそう言ったと同時にフィーリアは明らかに動揺した。
恐らく分かっていたんだ。
人間の記憶とは希薄で、それはいつか消えていく物だと。
長命種のエルフなら尚更、それを痛いほど理解していたはずだ。
「そ、それは勿論全て覚えているさ!!だってまだ居なくなって1年も――」
「俺に風の精霊との親和性なんてものないが、少なくともお前が嘘をついていることくらい分かるさ…。俺がギルドに来てから絶えずセルシアのことを話すのも、彼女を忘れたくないからだろう?だが、俺はお前を責めない。俺にも責める権利なんてないんだよ。」
酷く、冷たい空気が部屋に流れた。
「試験の準備の件、よろしく頼む。俺は下で待ってるよ。」
扉が閉じると同時に、部屋からは何かが倒れる音と共に泣き声のような声が小さく聴こえた。
悲壮感に満ちたそれを見ているほど俺にも心の余裕は無かった。
俺は唇を強く噛み締め、一歩、また一歩と階段を降りた。